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戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑨ 幸せ


幸せ

 

研対2のハミングが聞こえてくる。

ゆっくりと明かりがつく。

夕方。

研対2、舞台下手よりに座っている。

上手からミヤタ。

研対2、ミヤタに気付いて、
 


研対2 あ、あの、今のはここで教わった歌で……。

ミヤタ あ、いいんだいいんだ……あの、ごめんね何か邪魔ばっかりしちゃって。

研対2 いえ、邪魔だなんてそんな……。

ミヤタ 厩舎を探してたら、君が見えたから。

研対2 厩舎をですか?

ミヤタ うん。

研対2 厩舎なら(下手を指し)こっちにまっすぐ歩いて行けば……あ、ご案内します!

ミヤタ あ、いいんだ。……あの、ちょっと、いいかな?

研対2 ……?……あ。
 


研対2膝をつき、ミヤタのベルトに手をかける。


 
ミヤタ あ、違う違う違う。違うんだ。あ、ごめんごめん。そうか。あの、話がしたいんだ。

研対2 あ、はい!

ミヤタ うん。あ、座ろうか。

研対2 はい!
 


二人、腰を下ろす。

しばし、間。

風に草葉の揺れる音。


 
ミヤタ 風、気持ちいいね。

研対2 はい。とても。

ミヤタ あの、みんなでいるときと、一人のときと、雰囲気違うね。

研対2 そうですか?

ミヤタ うん。

研対2 そうですか。
 


遠くでカラスの鳴き声。


 
ミヤタ 何か、お腹減ったな。

研対2 あ、(腕を差出し)食べますか?

ミヤタ いや食べないよ。

研対2 そうですか。

ミヤタ え、そのまま食べられることとかあるの?

研対2 うーん、食べられたことがないので、食べられるときのことはわかりません。

ミヤタ ……そうだよね。わからないよね。

研対2 はい!

ミヤタ あ、君たちは何を食べるの?

研対2 何を食べる。

ミヤタ お腹が減ったときは。

研対2 うーん、お水をたくさん飲みます。

ミヤタ 水?

研対2 はい。

ミヤタ そんなんでもつの?

研対2 栄養のたくさん入った水です。

ミヤタ あ、なるほど。そこはやっぱり植物っぽいんだね。

研対2 はい!そして太陽をたくさん浴びます。

ミヤタ あ、そうなんだ。へー!

研対2 そして野菜を食べます!

ミヤタ あ、野菜は食べるんだね!

研対2 はい!

ミヤタ そっかそっか。まぁでもそうだよね。

研対2 あとは犬を食べます。

ミヤタ 犬!?

研対2 はい!犬を食べます。

ミヤタ 犬食べるの!?

研対2 はい。あと猫も食べます!

ミヤタ 猫も?

研対2 はい!犬も猫も貴重なタンパク源です。

ミヤタ ああ。……え、その犬や猫はどうやって調達するの?

研対2 人間がいらなくなった犬や猫が外の世界からたくさん送られてきます。

ミヤタ あ……そういうことか。

研対2 はい!命の有効利用です!

ミヤタ 確かに、ただ殺してしまうよりはいくらかマシなのかもしれないね。

研対2 はい!

ミヤタ 何様なんだろうね。僕たちは。

研対2 人間様ですよ。ミヤタさんたちは偉大な偉大な人間様です!


 
間。

先ほどよりさらに遠くでカラスの声。


 
ミヤタ あの……何て、呼べばいいのかな?

研対2 え?

ミヤタ 君のこと。

研対2 あ、ベジタブルマンです。

ミヤタ あ、うん。そうなんだけどさ。その、例えばベジタブルマンが大勢いる中で特に君のことを呼ぶときは何て呼べばいいかな?

研対2 特に呼んでいただかなくても、想っていただければ何となくわかります。

ミヤタ え、ホントに?

研対2 はい!


 え、それってテレパシーみたいなことなの?


研対2 ん~、よくわかりません。

ミヤタ あの、昼間さ。僕とムラカミさんと三人で歩いてる時に、君、他のみんなもこっちに向かってるんでって言ったよね?

研対2 はい。

ミヤタ あれってもしかしてそういうことなの?

研対2 そういうこと?

ミヤタ 君が心で念じてみんなに伝えたんじゃないの?こっちに向かって来てくれって。

研対2 はい!みんなにはあの辺りに来てほしいって伝えました。

ミヤタ やっぱりそうだったんだ!すごいねぇ君たち!え、じゃあ僕心で呼びかけてみるから、僕が呼んだらすぐ返事してみてよ!

研対2 はい!

ミヤタ いくよ!



二人、向き合って座り、しばし見合う。

ここでミヤタは本当にあるタイミングで心の中で呼びかけ、研対2はそれを
感じたら返事をする。


 
研対2 ……はい!

ミヤタ うわー!すげぇ!

研対2 伝わりました!

ミヤタ うわー!もう一回もう一回!

研対2 はい!

ミヤタ いくよ。


 
再び見合う二人。


 
研対2 ……はい!

ミヤタ うおー!すっげぇ!え~!え、じゃあさ、今度は僕が考えてること当ててみて!

研対2 そこまではどうでしょうか。

ミヤタ 一回ちょっと挑戦してみてよ!

研対2 はい!

ミヤタ いくよ!


 
長い間。


 
研対2 ……わかりました!

ミヤタ 本当?

研対2 はい!


 
研対2、ミヤタのズボンを脱がせようとする。


 
ミヤタ ちょっと待ってちょっと待って!違う違う違う違う!ちょっと待って!

研対2 今思ってましたよね?

ミヤタ 違う違う!え?こんな心の奥底まで伝わっちゃうの?


抵抗するミヤタ。


 
研対2 合ってますよね?合ってますよね?

ミヤタ いや、違うんだ!ちょっと待とう!ね!

研対2 え、でも合ってますよね?合ってますよね?

ミヤタ うん確かに心の奥の奥にちょっともったいないことしたかなって気持ちがないわけじゃないけど違うんだ!もっと他に伝えたいことが(研対2、ベルトを抜き取る)何この手際!一回手放して一回手放して!手を放し……何でこんな力が強いの君!

研対2 これでいいんですよね?これでいいんですよね?

ミヤタ いや違う違うちょっと待って!(半分寝そべりながら何とか逃れようとする)

研対2 え、でもこれでいいんですよね?いいんですよね?

ミヤタ いや確かに!心の奥にダメだって言ってるのに強引にされたい願望がないわけじゃないけど違うんだ!今は違うんだよ!一回落ち着こ!(ズボンを少しずらされそうになり)ダメだって!ホントダメだって!

研対2 それも込みこみでこれでいいんですよね!

ミヤタ 違う違う!それは絶対違う!一回落ち着こ!一回落ち着こ!ね!一回落ち着こ!ね!ね!
 


ミヤタ、研対2に腕ひしぎ逆十字を決める。


 
研対2 う……ぐ、ぐ……。(決められていない方の腕でさらにズボンをずらしにかかる)

ミヤタ 何で腕決められてまでズボンずらすの!

研対2 ご……ほー……し……。

ミヤタ 何がそこまでさせるんだよ!もうやめよ!折れちゃうよ!?このままだと腕折れちゃうよ!?ねぇ!ちょ、ちょ、おお?ちょ、何何?おおお?ちょっと何何何おおーーー!?


 
研対2、足を振り勢いをつけ体を回転させて技を逃れる。

勢いでミヤタ四つん這いに。

その周りを技をかける隙をうかがうレスラーの様に俊敏に動く研対2。

ミヤタ亀のように身を固くする。


 
ミヤタ 何何何何何何!?恐い恐い恐い恐い!何何?恐い恐い!そのスキルはどこで身につけたの!ちょ、何すんの!何すんの!ちょっと待って!ちょっと待って!

研対2 フン!(強引にミヤタをひっくり返す)

ミヤタ おお~!ほほほ~!
 


研対2、そのまま素早くミヤタの足を取り自由を奪い、ズボンをずらす。


 
ミヤタ ちょっと待って!ちょっと待って!ダメだって!ホントに!ホントに待って!マジで!マジで!ちょっと待って!ダメダメダメダメ!何かスースーする!割れ目がスースーする!ちょっと待って!ホントに!ホントに!ダメだって!わかった!わかった!ご奉仕してもらう!

研対2 はい!

ミヤタ いや、その前に話しよ!ね!

研対2 話ですか?

ミヤタ そう!話してからにしよう!ね!

研対2 話をしてから。

ミヤタ そう!だから一回放して。ね!割れ目がスースーするから!

研対2 はい!
 


研対2、ミヤタを解放する。


 
ミヤタ ハァハァ……(衣服を整えながら)違うんだよ。そういう願望があるっていうのと、そうしたいっていう気持ちは違うんだよ。

研対2 わたし、間違いましたか?すごく伝わってきたと思ったんですけど。

ミヤタ 僕が君に伝えたかったのは、ハァハァ……いや、間違ってないよ。結局は僕も他の連中と同じなんだよね。ハァ……僕も、人間なんだから。

研対2 はい!ミヤタさんは偉大な偉大な人間です!

ミヤタ ……。
 


ミヤタ座る。


 
研対2 でも、わたし、人間の方とあんなに深くつながれたの、初めてです。

ミヤタ そう。……それにしてもすごい能力だね。心が伝わっちゃうなんて。

研対2 人間の方がすごいです。

ミヤタ え?

研対2 人間の方がもっとはっきりつながります。

ミヤタ 人間の方が?

研対2 携帯電話。

ミヤタ いや、携帯はそういう物であって僕たちに能力が備わってるわけじゃないから……。

研対2 でも人間が創った物です。科学の力で。わたしたち植物は、動物も、科学の力がないので、想いでつながります。自然界の中で人間だけが、科学の力でつながります。人間は偉大です。

ミヤタ そうなのかなぁ。

研対2 そうです。

ミヤタ そうかな?

研対2 そうです。


 
さらに遠くでカラスの声。

風の音。

研対2、あくびをする。


 
ミヤタ 想いが伝わるっていうのもすごいけど、さっきの君の体さばきもすごっかたね。

研対2 そうですか?

ミヤタ すごかったよ。どうやって身につけたの?

研対2 この施設の外にいたころ、強引にご奉仕されたいという方が多かったので。数を重ねるうちに……。

ミヤタ ……そうなんだ。


 
研対2、あくびをする。

間。


 
ミヤタ ……あのさ。……ご奉仕っていうのは断っちゃダメなのかな?……その、僕はファームの中のこと、よくわからないけど。……断ったらひどい目にあわされたりするの?もし、そうじゃないなら、もうあんな――
 


研対2、ミヤタが話している間に眠っている。


 
ミヤタ 寝てる。早。……あ、ねぇ、こんなところで寝て大丈夫なの?厩舎で寝た方がいいんじゃないの?ねぇ?

研対2 ……。


 
研対2、ミヤタの方に体がくずれそうになっては持ち直しを繰り返す。

ミヤタ、一度辺りを見て研対2のすぐ隣に座り直し、研対2の頭を少し持ち上げ自分の肩にのせる。

音楽。

照明、ゆっくりと、時間をかけて夕方から夜へ。

しばし間。

――突然、音楽が止むと同時に草木の揺れる音。

 
研対2 牛か!?(素早く立ち上がり辺りをうかがう)

ミヤタ ええ?牛?

研対2 ……風か。

ミヤタ よかったぁ!

研対2 あ、もうこんな時間。すみませんミヤタさん。わたしもう行かなければなりません。

ミヤタ あ、ごめんね、長い時間。

研対2 いえ。お話できてすごく幸せでした。

ミヤタ 本当に?

研対2 はい!

ミヤタ また、話せるかな?

研対2 是非!

ミヤタ みんなには内緒にするから、今度は歌も聴きたいな。

研対2 ……はい!

ミヤタ 約束だよ!

研対2 (うなづいて)では。
 


研対2、上手へ向かって歩き出す。


 
ミヤタ あ……君は厩舎へは戻らないの?

研対2 わたしは、まだ戻りません。

ミヤタ そうなんだ。

研対2 はい。失礼します。

ミヤタ うん。


 
研対2、少し歩いて立ち止まり、


 
研対2 ミヤタさん。

ミヤタ なに?

研対2 わたしたちは幸せですよ。だから、あんな風に、思わないでくださいね。

ミヤタ え?

研対2 ……さっき。……では。


 
研対2、上手へはける。


 
ミヤタ ……伝わってたんだ!(立ち上がり)あ……。
 


ミヤタ、研対2の背中に声をかけようとして思いとどまる。

しばし思いを巡らし、下手へはける。

音楽。

舞台奥下手から研対2。

何かに気付き立ち止まり、下を向く。

上手から鞄を持ったゴトウダ、研対2の肩に腕を回し、上手へ連れてゆく。

舞台手前、上手から、別の場所を厩舎へと向かうミヤタ。

舞台上でゴトウダと研対2、ミヤタがすれ違う。

溶暗。
 
 



戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑩につづく


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