(一社)隠岐ジオパーク推進機構

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隠岐ジオパークの情報をお届けします。 島根県沖50kmに浮かぶ隠岐諸島。4つの有人島と180以上の無人島からなる隠岐ユネスコ世界ジオパーク 「ジオパークで生きる人を知る」が本アカウントのコンセプト。 隠岐を支える全ての人達が巻き起こす物語を"ジオパークの目線から"取り上げます。

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#ジオログ03|"ジオパーク"を通して隠岐を世界へ届ける。事務局長・野邉一寛の挑戦はこれからも続く。

はじめに  今回取り上げるのは隠岐ジオパーク推進機構の事務局長である野邉一寛(のべ かずひろ)さんです。今でこそ隠岐の子どもたちは「ジオパーク」について、「隠岐」について学校教育でよく学びますが、隠岐の島町出身の野邉さんの幼少期はほとんど行われていませんでした。隠岐を知らず出ていく若者たちと次第に過疎化が進む自分の故郷への危機感は募るばかり。 「これではダメだ。隠岐を元気にしたい!」 その一心で動いた先にみえた「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」。 現在に至るまでの険しくも温かい道

    • 「漂う水族館」を開催します。

      海には、クラゲや海藻などの生きものも漂っていれば、残念なことに、海洋ゴミも漂っています。 海には様々なものが漂っており、漂っているものたちはなにもしていないわけではありません。 人の生活にとっても、大切な海ですが、そこには神秘すら感じる”不思議”と同時に”問題”も漂っていることになります。これは隠岐の海でも同じ状況です。 そこで今回、海洋と気候問題にアクションを起こすことを呼びかけるWorld Ocean Day(世界海洋デー)にあわせ、「漂う水族館」を開催いたします。

      • 今までの経験も糧に、地に足をつけて「知夫」を伝えていきたい。

        はじめに  今回お話を伺ったのは、人口約600人の知夫里島で暮らす日野 昇(ひの のぼる)さんです。島根県安来市のご出身ですが、社会人になった後はずっと東京で暮らしてきた日野さん。しかし「不便でもいいから、自分の感性を大事にして暮らしてみたい!」と移住を決断し、引っ越してきたのが知夫村でした。  そして今は「不便じゃない。豊かな場所だよ」と形容する島の自然にどっぷり浸かりながら、守って引き継ぐ大事さも体感しています。牛舎や放牧場を訪問しながら、その思いに耳を傾けました。 不

        • 国際海洋シンポジウム in 隠岐~世界の大きな問題を小さく地域から考える。~

          「世界の大きな問題を小さく地域から考える。」をテーマに、令和5年3月10日(金)-12日(日)にかけて国際海洋シンポジウムが島根県・隠岐諸島で開かれました。2021年より始まった「国連海洋科学の10年」の実現にむけて、海一面に囲まれたこの隠岐で「海洋ゴミ」という地球全体の問題を考え、繋がり、実現していくことが本シンポジウムのテーマです。概要については以下の通りです。更に子ども向けのプログラムも同時に開催されました。その様子はこちらからご覧ください! 【実施日】令和5年3月1

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          ないものはない 海士町公式 note 他
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          海洋ゴミ調査隊 in 隠岐(2023年海洋シンポジウム 子どもプログラム)②

           「世界の大きな問題を小さく地域から考える。」をテーマに、令和5年3月10日(金)-12日(日)にかけて国際海洋ゴミシンポジウムが島根県・隠岐諸島で開かれました。そして大人向けシンポジウムの開催に伴い、環境教育の一環として子ども向けのプログラムも開かれました。概要については以下の通りです。1日目のプログラムについては、こちらからご覧ください! 【実施日】令和5年3月11日(土)~12日(日) 【開催場所】隠岐の島町・海士町 【対象】小学5年生~中学2年生 今回の参加者は隠岐

          海洋ゴミ調査隊 in 隠岐(2023年海洋シンポジウム 子どもプログラム)②

          海洋ゴミ調査隊 in 隠岐(2023年海洋シンポジウム 子どもプログラム)①

           「世界の大きな問題を小さく地域から考える。」をテーマに、令和5年3月10日(金)-12日(日)にかけて国際海洋ゴミシンポジウムが島根県・隠岐諸島で開かれました。そして大人向けシンポジウムの開催に伴い、環境教育の一環として子ども向けのプログラムも開かれました。概要については以下の通りです。大人向けのプログラムについては、こちらからご覧ください! 【実施日】令和5年3月11日(土)~12日(日) 【開催場所】隠岐の島町・海士町 【対象】小学5年生~中学2年生 今回の参加者は隠

          海洋ゴミ調査隊 in 隠岐(2023年海洋シンポジウム 子どもプログラム)①

          #ジオパークで生きる人06|四季の恵みを島食に。島食の寺子屋としてその営みを紡ぐ。

          はじめに  隠岐諸島にある中之島・海士町の一番南の地区、崎地区に校舎を構える"島食の寺子屋"さん。ここは和食の料理人を育てる場所であり、生徒は離島の海と山と里の恵みをふんだんに受けながら一年間学びます。今回はこちらのコーディネーターを務める 恒光 一将(つねみつ かずまさ)さんからお話を伺いました。恒光さんが"島食の寺子屋 コーディネーター"という職に就いた道のりから、「食」という立場から考えるこの島の一次産業とその未来まで。どうぞお楽しみください。 島食の寺子屋 について

          #ジオパークで生きる人06|四季の恵みを島食に。島食の寺子屋としてその営みを紡ぐ。

          #ジオログ05|飽くなき探求心を隠岐から世界へ。環境と人の架け橋となる。

          はじめに  今回取り上げるのはNPO法人隠岐しぜんむらの福田 貴之(ふくだ たかゆき)さんです。2023年で移住9年目を迎える福田さんは「ふっくん」の愛称で親しまれ、島を歩けばあちこち声をかけられます。それは環境教育のインストラクターやネイチャーガイドとして日々忙しく活動し、子供から大人まで幅広く隠岐の自然のこと・保全のことを伝える活動に貢献してきたからこそ。  隠岐の自然を「むっちゃ面白い!」と評する福田さんの目線で、「自然と生きること」をもう一度考えてみませんか。  学

          #ジオログ05|飽くなき探求心を隠岐から世界へ。環境と人の架け橋となる。

          #ジオログ04|自然保全の実践者。島の自然を知り尽くし、その美しさを守る。

          はじめに  今回取り上げるのはNPO法人隠岐しぜんむらの理事長を務める 深谷 治(ふかや はじめ)さんです。1998年に隠岐・海士町に移住。NPO法人隠岐しぜんむらは2006年に任意団体として設立し、2012年にNPO法人化しています。隠岐有数のネイチャーガイドであり、隠岐がユネスコ世界ジオパークとして活動していく上で欠かせない人物のお一人です。  運営する森のようちえん「お山の教室」の子供達からは「そんちょう」というニックネームで慕われているお茶目な一面も。自然保全の第一線

          #ジオログ04|自然保全の実践者。島の自然を知り尽くし、その美しさを守る。

          サステナビリティ体感型研修「AJINOMOTO GROUP Dialogue for the Future(ADF)」in 海士町(隠岐諸島)②

           味の素株式会社が11月10日(木)から11月12日(土)にかけて行った企業研修において15名の参加者が海士町に来島しました。隠岐ジオパーク推進機構も運営スタッフの一員として、プログラム作成から当日の運営を担当しました。( プログラムの概要を説明した前半記事はコチラから! ↓ ) 後半記事では参加者の様子と具体的なアクティビティについてお伝えします! Day1-11月10日(木) 12:40 来島(七類港から海士町・菱浦港)  普段は研究室・本社など全国各地、配属も活動場

          サステナビリティ体感型研修「AJINOMOTO GROUP Dialogue for the Future(ADF)」in 海士町(隠岐諸島)②

          サステナビリティ体感型研修「AJINOMOTO GROUP Dialogue for the Future(ADF)」in 海士町(隠岐諸島)①

            味の素株式会社が11月10日(木)から11月12日(土)にかけて行った企業研修において15名の参加者が海士町に来島しました。隠岐ジオパーク推進機構も運営スタッフの一員として、プログラム作成から当日の運営を担当しました。今回は2記事に分けてその様子をお伝えします。前半記事では「なぜ企業研修で海士町に?」「どんなプログラム目的なの?」といった概要をお伝えします! 自分のことばで「サステナビリティ」を話せるように。  2022年10月から始まったこちらの取り組み。"体感型研

          サステナビリティ体感型研修「AJINOMOTO GROUP Dialogue for the Future(ADF)」in 海士町(隠岐諸島)①

          #ジオパークで生きる人05|変化していく海の環境を、変わらぬ情熱で「食の恵み」に。

          はじめに 今回お話を伺ったのは、西ノ島町で「鮨あいら」を営む 扇谷 博志(おおぎたに ひろし)さんです。隠岐は暖かい対馬暖流が北上する場所に位置しているため、豊かな漁場に恵まれています。古くからも海産物の産地として重宝されてきた隠岐の海。その幸を活かしながら鮨屋を営む博志さんが今感じている変化とは、一体どんなことがあるのでしょうか。 一度、島を離れた少年時代。  俺は西ノ島の出身だけど親の事情で小学二年生の頃か、一回この島を出てるんだ。そこからは何度か住む場所を変えて、神戸

          #ジオパークで生きる人05|変化していく海の環境を、変わらぬ情熱で「食の恵み」に。

          #イベントレポート01 |「隠岐をつくった石のふしぎ」

          12月10日(土)に開催した、イベント「隠岐をつくった石のふしぎ」。 15人の子どもたちとその親御さんがEntôジオラウンジに集まり、賑やかな時間となりました。 イベントテーマ:地質多様性突然ですが、みなさんは『地質多様性』という言葉をご存知でしょうか? 摩天崖や赤壁など荒々しい断崖が観光スポットとしても人気が高い隠岐ですが、これらを成り立たせている地質にも多様性があります。 地質多様性とは、下記のように定義されている言葉です。 つまり、生き物が数千万種存在していると言

          #イベントレポート01 |「隠岐をつくった石のふしぎ」

          #ジオパークで生きる人04|必要なものがある知夫村で。ゆっくり確かに牛飼いとしても生きていく。

          はじめに   今回お話を伺ったのは、知夫村に住みながら牛飼い業を営む 川本息生(かわもと いぶき)さんです。知夫村が位置するのは隠岐諸島の中で一番面積が小さい知夫里島。人口も約620人(2022年12月現在)ほどのアットホームな雰囲気。息生さんもインタビュー中も行き交う人ほとんどに「おう!」と声をかける姿が印象的でした。そんな ”見守り” が溢れるこの島で見つけた息生さんの「牛飼い」の形とはどんなものなのでしょうか。 古くから共に生きてきた牛と人。  "俺はこの隠岐で生まれ

          #ジオパークで生きる人04|必要なものがある知夫村で。ゆっくり確かに牛飼いとしても生きていく。

          #ジオパークで生きる人03|島の社会で複数の役割を持って生きる。その中の「田んぼ」でどう楽しむか。

           今回お話を伺ったのは海士町(島前地域中之島)の企業で働きつつ、兼業でお米作りを行う 浅井峰光さん。「島らしさ」の土台としてお米づくりをコミュニケーションツールと捉え、自身の田んぼに関わる人を増やしています。例えば、子どもが田んぼで泥んこになって遊べる機会を作ったり、高校生・インターン生・大人までごちゃまぜになって田植えから収穫までを共に取り組みます。田んぼが次の世代にとっても島の価値ある資産であるための挑戦についてお話をいただきました。 牧草地か耕作放棄地になっていたかも

          #ジオパークで生きる人03|島の社会で複数の役割を持って生きる。その中の「田んぼ」でどう楽しむか。

          #ジオパークで生きる人02 |真っ直ぐな思いと確かな技術があるからこそ、"海士"を繋げる。

          今回お話を伺ったのは中之島・海士町の農事組合法人サンライズうづかの代表、向山剛之(むこやま たかゆき)さん。戦後間もない1947年に海士町で生まれ、そこからずっと島で育ち暮らしてきました。食べ物も十分になかった青年時代から離島ブームの高度成長期そして人口減少・高齢化に悩まされる今。その80年近い人生で見てきた海士町と米作りの変遷。向山さんから、私達は何を学べるでしょうか。 戦後の島前地域で暮らす。  "ここらへんの風景も随分変わった。今は牛の放牧地帯になっとるけど昔はだんだ

          #ジオパークで生きる人02 |真っ直ぐな思いと確かな技術があるからこそ、"海士"を繋げる。