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#ジオパークで生きる人04|必要なものがある知夫村で。ゆっくり確かに牛飼いとしても生きていく。

#「#ジオパークで生きる人」「ジオパークの実践者」として主に第一次産業と食に関わる島民を主に取り上げる本特集。彼らが語る言葉にある今の隠岐そして彼らから見るジオパークを実直に、映し出します。

右側でお話されているのが、川本息生(かわもと いぶき)さんです。

はじめに
  今回お話を伺ったのは、知夫村に住みながら牛飼い業を営む 川本息生(かわもと いぶき)さんです。知夫村が位置するのは隠岐諸島の中で一番面積が小さい知夫里島。人口も約620人(2022年12月現在)ほどのアットホームな雰囲気。息生さんもインタビュー中も行き交う人ほとんどに「おう!」と声をかける姿が印象的でした。そんな ”見守り” が溢れるこの島で見つけた息生さんの「牛飼い」の形とはどんなものなのでしょうか。

古くから共に生きてきた牛と人。
 "俺はこの隠岐で生まれ育ちました。知夫は島の大部分が放牧地として牛や馬が自由に移動できるようになっていて、うちの家でもじいちゃんの代から「畜産」としての牛飼いは始まったみたい。だからこの仕事はちっちゃい頃から身近なものだったんすよね。今自分が面倒みてる牛は大体25頭くらい。一般的に牛の畜産農家っていうのは、牛を育てる「繫殖農家」とその牛をより肥育してお肉として出荷する「肥育農家」の二つに分かれるんです。どっちもやっているところもあるようだけど、知夫の牛飼いさんはみんな「繁殖農家」の方に分類されます。"

放牧場の他に山の中腹にある牛舎。
ここでは子牛が主に飼育されており、大きくなれば放牧場に出されます。

  "さっき ‟「畜産」としての牛飼い ”っていったのは、もともと農耕用に田んぼを耕す目的で古くから牛は飼われていたからなんです。これは知夫村だけじゃなくて、他の地域でもそうだと思います。特に知夫村は痩せてる土地が多いために「牧畑(まきはた)」っていう農法が使われてたんです。3種類の作物(アワ・ヒエ、麦、豆類)と放牧を組み合わせることで連作障害とか土地が栄養不足になるのを防ぐっていうやり方です。あと米も昔は作っていたんだけど台風とかの自然災害でもうやれんくなって、じいちゃんは米の収穫が全部なくなった年に仕方なく牛を売ったらしんすよね。そしたらちょうどその時期って牛を食べる文化が一般的に浸透していってた時期だったから、結構高く売れたらしくて。そっから「これはいけるぞ」ってなり、シフトチェンジしたんだと聞いてます。"

繫殖農家なので基本的に母牛になるメスしか長く飼育はせず、オスもある程度は大きくしますが早い段階でセリに出します。

色んな牛飼いがいて、色んな牛がいる。
 "知夫の牛飼いでいえば、俺の家みたいなタイプもいるし移住者で新しく始める人もいてみんな様々です。牛を放牧する区域のことを「牧(まき)」って呼ぶんだけど、知夫の放牧エリアは4つの牧に分かれていて今は全体で500頭くらいいます。それぞれ自分の家の牧エリアが決まっていて、牧の中でもその家の牛が居る場所とか好みの移動ルートは大体決まっているんです。だから様子を見る時はそれを頼りにこっちが移動する感じです。あとは鼻についてるロープがみんな違うからそれが目印で、でも時々「なんでお前がこんなところに?」っていうやつも混ざってたりします。そういうとんでもないところにいる時は発情してる時が多いですね。"

息生さんの牛は白いロープの方。
真ん中の青いロープの牛は別の牛飼いさんの牛だと分かります。

 "それから俺は繫殖農家なので肥育農家さんが高く買ってくれるような健康な仔牛を育てる必要があります。そのためにメス牛の発情期もよく観察しながら人工授精を行って種付けをします。でも牛によって種付けが良い悪いも差があるし、種付けは悪いけど一度成功すればむっちゃ良い牛を生むっていう牛もいるんです。あと牛は人間とほぼ同じ妊娠期間で仔牛を生むので約10カ月の間状態を見ながら、親牛が健康な仔牛を産めるように健康観察します。"

牛も社会で生きる動物だから、
 "そうはいってもうちの場合は放牧場で自分のいいところを選んでもらって勝手に生むことがほとんど。流産したり、不慮のケースで崖から落ちて死んだりすることもないことはないけど慣れてる牛ならあんまりないかな。子供がいよいよ産まれるって時は大体分かります。こっちでは「おづちがきれる」っていうんだけど、一週間前くらいから骨盤の形が変わってくる。あとは一日前になると草を食べる量が極端に減るし、陣痛が始まるからイライラしてる。それでお産が始まったら周りには必ず数頭の仲間がいて、タヌキ・カラスとかの外敵に襲われないように守ってくれるんです。"

生後5か月ほどの子牛です。無事に産まれたらオスは漢字で、
メスはひらがなでみんな名前をつけるんだと仰っていました。

 "牛は草食動物なので団体行動はするんすけど、基本的に弱肉強食の社会です。強い弱いっていうのは身体つきもあるけど、性格というか喧嘩っ早いとかもあるかな。弱い子や優しい子はエサあげても周りに取られちゃったりするんすよ。あと飼育している牛飼いの性格でそこの牛たちがどんなタイプか決まったりするんです。俺のところは優しいのと喧嘩っ早いのと半分半分くらいかな(笑)
 「牛飼い」って一口に言っても牛との関わり方は人それぞれで、可愛がる人の牛は「なるい」ってこっちではいうんですけど人慣れしてて触らしてくれることが多い。出産後は仔牛を守るために気性が荒くなるんだけど、その威嚇も少なかったりする。言葉は話さないけど影響を受けるもんなんだなって思いますよね。"

「ほら、こいこいこい!」と呼びかけると、遠く離れた牛でも息生さんの元へ集まってきます。

知夫村の雄大な自然に守られ、鍛えられ、大きくなる。
 "牛ってすぐ育つもんじゃないからお金になるまでに少なくとも2. 3年かかるし、その間もエサ代・検査代…って健康に育てるためのお金もかかります。それでも本土より経費が安く抑えられてるのは湧き水がある自然豊かな山で放牧できるから。島前地域は湧き水が色んなところで湧くので、その湧き水で牛の飲み水をカバーできてるのはすごく大きいです。
 それにこの自然環境で育つからやっぱ鍛えられるんすよ。元々牛っていうのは山を登る生きものなので、この切り立った厳しい斜面でも二本爪がある前脚を使って器用に登ったり下ったりするんすよね。それに自然に生えてる青草を食べて大きくなるので臓器が丈夫になるんすよ。もちろん突然雨降ったり夏場はめっちゃ暑かったりする環境で生き抜くので、そのストレスはあるんでしょうけどむしろ鍛えられているとも言えます。
 その甲斐あってか肥育農家さんから「肥育しても最後までエサの量が落ちないんだ」「山で育った牛って珍しいし、病気もしにくいよ」っていう声をもらえる時もあり、嬉しく思ってますね。"

この日もあいにくの雨模様でしたが、牛たちはどこ吹く風。
牛は毛についている油分が雨を弾き飛ばし、発熱が行われる胃も冷たい雨に当たらないので雨による寒さには強くできています。

子供の頃から憧れていた「喫茶店」。
 "人口も少ないので島中みんな知り合いみたいなもんだし、牛飼いやってる人だったらみんな知ってます。他の家の牛や馬でも「どっか脚ケガしたんじゃないか」って思ったら、電話かけて教えることもよくあるような距離の近さです。でもみんな牛飼い専門でやってるというよりかは他の仕事をやりながら牛飼いもやるっていう人が多い気がします。俺自身も奥さんと協力して「のらり珈琲」っていう喫茶店を始めたんすよ。"

放牧場がある山のふもとにある喫茶店、「のらり珈琲」。

 "もともと農耕用に飼っていたので昔の家だと牛舎が家の横にあることも多いんです。俺のひい祖母の家もそうだったけれど、農耕用から畜産へ目的が変わったことによって使われてなかったんです。子供の頃から「喫茶店」には憧れがあっていつかは自分のお店作れたら、って考えてました。色んな物件を見てる時に奥さんが「ここがいいな」ってその牛舎をみて言ったんです。「じゃあここにしよう」と決めたものの、壁も全部トタンだったし、まずは軽トラ20杯分の片付けから始まりました。せっかくだからこだわりを詰めた場所にしようと改修工事に結局4年かかりましたね。でも地元の方も予想より訪れてくれているし、観光客の方も来てくれていて良い場所になっってきているのではないかと感じてます。"

二階建てとなっており、一階部分はまだ「coming soon…」です。
牛舎だった面影を少し感じられる内観ではないでしょうか。
木を基調とした内装にアンティーク調の家具が並び、落ち着いた時間が流れます。

牛飼いとしても生きていこう。
 "実は俺はずっとこの島に居たわけではなくて、大学は関東の方に進学しまてるんです。内定ももらっていたのでそのまま島に残らず都会で生きる選択もしようと思えばできました。でもなんか、あんまそれって面白くないなって思ったんです。会社員になって誰かの下で働くよりは多少不安定な収入かもしれんけど、ここでは自分がしたいことや自分が好きなことを出来る。島にあるものって必要だから残ってるし、全部に意味があるって思えるから良いんです。牛飼いもその一つなんですよね。
 でも社会情勢や経済状態によって大きく左右される職業です。例えば今年は小麦や原油の高騰でエサの値段が去年と比べて倍になってるんです。コロナで消費が落ち込んだ時は牛も高く売れない。けど2. 3年前の自分にそこまで予想しろなんてむりな話なんすよ。牛も動物なので計画通りに行くことの方が少ない。
 でもよっぽど下手なことしなければ儲けは今のところ出てる。だからそこまで気負わずに、「牛飼い」っていう多分負けないであろう賭けを、これからも試行錯誤しながら楽しんでやっていきたいですね。"

筆者からのひとこと
 取材での待ち合わせでは「すみません、ぼーっと釣りしてたら時間忘れちゃって!」と開口一番。正直で飾らない人柄が人にも動物にも信頼される由縁なんだろうなと感じたインタビュー。そしてここまで読んでくれた皆さん、知夫に行かれた際には是非「のらり珈琲」を訪れてみてくださいね。