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[絵本]『あしなが』感想note -ものの見方が変わる瞬間

以前から気になっていた絵本「あしなが」。
ようやく手に入れたので、いまは何度も読み返して味わっています。


あらすじはこんな感じ。

物語の紹介より引用


主人公のケンは、仲間たちのうわさ話から「あしなが」と呼んでいる犬に対して悪いイメージを膨らませていきます。「きっと○○に違いない」といった思い込みです。

あるとき、その「あしなが」に偶然出会います。
身構えるケン。
でも「あしなが」は自分だけの秘密のえさ場に案内してくれました。
実は「あしなが」も同じ野良犬。
しかも親がいない小さな小さな子犬の面倒まで見てあげていたんです。

思い描いていた「あしなが」のイメージとはかけ離れた優しさに触れ、ケンは一晩中もやもやした気持ちで過ごします。

物語では語られていませんが、ケンの中には自分の生い立ちを恨んだり、他人を妬んだりする嫌な部分を抱えていたのだと思います。
その負の感情をぶつける相手が、かっこよくてすごい家に住んでいると噂される「あしなが」だったのでしょう。

でも実は同じ境遇であり、しかも一人として友だちがいなくて孤独で、子犬の面倒まで見るような優しさを持っていて・・・

自らの目で見た「あしなが」の姿は、奇しくも「見たくなかった自分」と「ありたい自分」に気づくきっかけとなりました。
ふてくされるわけでもなく、誰かを責めるわけでもなく、自分が置かれた環境でひたむきに生き、そして自分にできることをするーーー本当はケン自身もそうありたかったのかもしれません。

ただ……「境遇のせい」とか「あいつが悪い」などと他責にした方が楽なんですよね。自分と向き合わなくて済むから。
逆に言えばそうやって自分を守っているわけです。本能的な自己防衛機能(=防衛機制)なので、誰しも自然に行うことで、悪いことではありません。

一方で、本当にありたい姿に近づくために最適な手段かと問われると……
自分と向き合うことは痛みを伴います。ですが自分の嫌な部分に目を向け、弱さを認め、自分を許し、そして自分の一部として受け容れていくーーーそんな成長の過程があるのも事実です。


主人公ケンは、自分が目の当たりにした「あしなが」の姿に、自分が間違っていたことを認め、悔い改めています。その証拠にケンの行動はガラッと変わりました。
仲間がいつも通り悪口を言う様子に、「それは誰か見たのかい?」と尋ね、「あしなが」がごちそうしてくれた場所へと仲間を連れていきます。そこにはいくつものハンバーグが……
「あしなががとっておいてくれたんだ」
そう言ってケンは涙を流し、仲間に自分が見たことを伝えます。

自分がしてきたことを未だに仲間が続けていることに、きっとモヤモヤやイライラを感じたのでしょう。心がざわつき、自分が見たことを仲間にもきちんと伝えなければという思いに駆られています。その思いの丈が、涙とともに溢れ出てきたわけです。

このできごとをふりかえったら、ケンは自分の行動に驚くかもしれません。それくらい大きくものの見方が変わったわけですから。



ものの見方が変わるのは、自分にとってショックなできごとに出会ったときです。
「あれ?どうしてなんだ?」
「○○なはずじゃなかったの?」
「なんで○○なの?」
そんな風に自分の信じてきたものが間違いかもしれないと感じた瞬間、自分のものの見方を強く意識します。
そして「これまでの自分の見方は正しかったのか?」と疑問を持ち、「別の見方もあるのかもしれない」と考えるようになります。
これがものの見方が変わる瞬間でもあり、新たなものの見方を身につける瞬間とも言えます。

わたしたちCDA・キャリアカウンセラーの間では「自己概念の成長」と呼んでいますが、これまでの自分のものの見方が変化して成長していくことが、自分らしく生きていくためには欠かせないと考えています。


今回の物語でも、「あしなが」は悪いヤツではないと主人公ケンは見方が変わり、仲間に対して涙ながらに訴えるほどの変化がありました。これは紛れもなく「自己概念の成長」です。

絵本も大人が読むとまた違った見方ができるのは面白いですね。

これからも「絵本」シリーズとして、いくつか紹介していきたいと思います。気になった方はぜひ、一度読んでみてください! おススメですよ♪




明日も佳き日でありますように

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