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震える弱いアンテナが隠されている きっと……

茨木のり子さんの詩集に惹かれ、ここ最近じっくりと味わっています。



今日はそのうちのひとつ、「汲む-Y・Yに-」という詩を紹介します。
こちらは「おんなのことば」という詩集に掲載されています。


この詩の中で、わたしがグッときたのがこの一節。

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

仕事のこと、その中にある大切な思いに触れるような一節が気になり、この詩のことを書いてみたくなりました。



汲むーY・Yに-

大人になるというのは
すれっからしになるということだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女の人と会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

茨木のり子詩集より「汲むーY・Yに-」


茨木さんは少女のころ、「大人とはすれっからしになること」と捉えていたようです。
すれっからしとは、様々な経験をして悪賢い、人柄が悪い様子を表す言葉。
どこか大人は擦れて悪い面があると見えていたようです。

そんなあるとき素敵な女性に出会います。その女性はこう言いました。

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

茨木少女はこの言葉を、こう受け止めました。

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人だから大人らしく振舞わなければならない・・・そうではないんだ。
初々しさがあっていいんだ。うまくできなくてもいいんだ。

まさにものの見方が変わる瞬間です。


そして、世の中で働くあらゆる大人たちに対して、こう考えます。

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

きっと大人たちは、人を想い、人を大切にし、世の中をよくしたいという志を抱いて仕事をしているんだろう。
心の奥底からわずかに発せられる相手の願いや気持ちを、つぶさに感じ取る「震える弱いアンテナ」を大人たちは持っているんだ。
それが「人を人として思う」ということなのだろう・・・と。


この詩はこう締めくくられています。

わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

ご自身が大人になったとき、少女時代に悟った言葉の意味を今でも「ひっそりと汲むことがある」と茨木さんは語ります。
それは、自分がどんな大人でありたいかを節目節目で再確認しているということだと、わたしは捉えています。




キャリアカウンセラーとしてだけでなく、教員として、大人として、心に響くものがありました。

「震える弱いアンテナが隠されている きっと……」という言葉は、わたしが相談者に相対する際に心がけていることです。

本当に話したいことは、伝えたいことは、わかってほしいことはなんだろうと、全身全霊でキャッチする姿勢をまさに言いえていると感じました。

だからこそ、わたしがこの詩に惹かれたのかもしれません。

あなたにはどう映りましたか?





明日も佳き日でありますように

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