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「カール・シュミット」蔭山宏(著)

 名前は聞いたことはあるけど「どんな人かは知らない」という人なんかたくさんいると思うが、私にとって本書で取り上げている「カール・シュミット」もその一人だった。

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私が知っていたのはドイツ人で思想家だったということだけ。しかし、本書を通して紡がれるカール・シュミットという学者は難解だが大変興味深い。

帝政、WW1、ワイマール、WW2、戦後共和政、激しく移ろった20世紀ドイツの多くを体験した思想家が何を考え、何を著述して、何を後世に残したのか。

本書カール・シュミットを入門する目的で書かれたと著者があとがきに記していたがその目的はまちがいなく果たされている。なぜなら私が本書を読み終わった直後にカール・シュミットの著作をいくつかamazonで買ってしまったからだ。

・独裁を容認した男

 ナチの桂冠法学者としてナチを容認した学者でもある彼のナチ擁護の意見の一部には恐ろしくて若干引いてしまうような言葉もちらほらあったわけだが、それも彼という思想家の興味深さでもある。

 彼は移ろったドイツ社会において政治における「決断」を重視し、議会主義の問題点を非難し、独裁についての興味深い著作を生み出した。「独裁」という言葉への印象はあまり良いものではないだろうが、政治思想家には時々、強いリーダーや独裁の優位性について論じる人がいる(例えばプラトン)。

独裁者の持つ強いリーダーシップや指導力は彼が重視した「決断」と合致する部分も多い。今回、コロナという有事において強いリーダーを求めた人がいればそれは通じるものを感じてもいいと思う。

 民主主義において独裁を創造することも可能なことはナチス政権の誕生からもわかる。権力をどのようにして振るうのか。それはどのような過程を経たのか。政治を構成するものは絶えず興味深い。

・I(We) love German

 カール・シュミットも含め、ドイツの歴史を見ていて感じることだが、ドイツ人によるドイツの栄光に対する意識は高いような気がする。あくまで私の偏見にすぎないのかもしれないが、ドイツの歴史的向上心には感心する。

ローマ・カトリックの権威の笠を着た神聖ローマ帝国(第一帝国)、宗教戦争を経てプロイセンを中心に欧州大陸での影響力を高め、フランスを普仏戦争で打倒してドイツ帝国を建国(第二帝国)、ビスマルクによる外交を経て大英帝国覇権へチャレンジできるほどの実力に自らを高め、WW1で敗戦、混乱のワイマール共和国を経てナチスの台頭から第三帝国へ、WW2で敗戦し現在は欧州統合(EU)の中で影響力を高めて経済大国になった。

 このような歴史を辿れる理由はやはり優秀な人材もそうだが、国民の愛国心があるからではないだろうか。本書を読んでいてもシュミットの欧州文明への信頼の厚さは何度も感じる。世界の中でも欧州、欧州の中でもドイツ。この高い意識を私はシュミットに限らず感じるわけだ。

またシュミットも含めドイツ人は長期政権に対する慣れがあり、安定した政権を求めているようにも感じる。日本で7年も首相をやると長期政権とヤジが飛ぶが、戦後だけで見てもドイツは基本長期政権が続いている。今年の9月の総選挙で政界引退となるメルケル首相もその統治は約16年に及ぶ。

シュミットもまたドイツ政治を観察しながら、ドイツの政局に翻弄されたようにも感じるそんな節がいくつもあった。

 シュミットの著作で他におもしろそうなものを紹介するとしたら「パルチザンの理論」だ。今、アフガン情勢で欧州を中心に対応で紆余曲折あるようだが、なんであれ事実としてアメリカはタリバンというゲリラに負けてしまったわけだ。ベトナム戦争もゲリラに敗北したアメリカ。そんなことからでもパルチザンという戦い方に着目した「パルチザンの理論」は興味深い一冊だと思う。

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 ドイツの大物思想家というと何人も出てくるが、カール・シュミットは幅広い学問を横断して著作を多く残しており、社会科学の分野に関心がある人ならきっと刺激的な内容に出会えることと思う。そんなカール・シュミットの入り口として本書は道しるべになってくれるだろう。

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