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西巻真さん歌集『ダスビダーニャ』を読む

未来短歌会の西巻真さんが、クラウドファンディングを使って第一歌集を出版しました。なぜその選択に至ったのか、どれほどの勢いで支援が集まったのかは実際のサイトが一番詳しいと思います。

私もささやかながらサポートをお送りして、先日歌集が届きました。

西巻さんと知り合ったのは2005年頃、インターネット短歌が流行りだして私も参加していました。まだハンドルネームで投稿していたのでお互いに本名を知ったのはしばらく経ってから。そのあと西巻さんは未来短歌会に入会して、あれよあれよという間に「未来年間賞」「未来賞」「未来評論・エッセイ賞」を受賞していきました。

「第一歌集はいつ出すのだろう」という期待はずいぶん前からあったのではないでしょうか。でもご本人の状況からなかなか難しく、満を持して出版が叶ったのが今回の『ダスビダーニャ』です。

2007年〜2018年の歌を収録

今回は歴史的仮名遣いの試みを始めた2007年から、その使用をやめる決断をした2018年までの歌が収録されています。

私が持っていた西巻さんの歌のイメージは「透明で、どこか薄い水色をたたえていて、とても鋭く、自分の身をも傷つけそうな切れ味を持った日本語」でした。たぶん2005年からのネット短歌の印象が強烈に残っています。

今回歌集を読み通してみて「これは変えなきゃ」と思いました。

確かに歌集の初め1/3ほどまでは、悲壮感や死と親和性を持った「ひかり」や「こゑ」のようなモチーフが何度も出てきます。隔たり・異質などの違和感も詠み込まれていて、言葉の美しさと相まって「あのイメージ」がよみがえってきました。

ただし「弘田ちゑ子の題に応へて」(p.61)辺りから変換点があって、「さびしさ」を詠んでもどこか明るさのある「さびしさ」に変わってくる。今まで実生活を1枚覆っていたレイヤーの奥のほう、1枚深いところで苦悩していたものが、突き抜けて再生し、開放される清々しさを感じました。

これは私にとって歌や連作だけを見ていたら出合うのが難しく、歌集として編まれたものをたどったからこそ見えた「再生」。歌集後半は「あした」や「風」などのモチーフ、熱の感覚が登場するのも印象深いです。

気になる15首を選んでみました

気になった歌に付箋をつけていったら29首になりました。その中から15首。

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生きること、つまり死を延期すること永遠に渡れない河がある p.18
なべてしづかに喪となる夜の病棟の管理室から漏れゐるひかり p.23
新しきシーツ纏えるわが肌にひび割れし磁器のごとき涼しさ p.30

「ひかり」が出てきても冷たい。包まれていても涼しさを感じる。

カーテンをひらくと朝だけがそこにあつてぼくにさびしい文字を書かせた p.90
ああ主義よ滅びし主義よ空想の沃野に旗を立てかけてゐよ p.99
仏像のほほゑみをみてゐるやうな、あなたの銀の笑顔、寂しい p.105

さびしいけれど、さびしくない。「花の手紙」(p.90)が一番好きかもしれません。

生ききった桜で埋まる街道はあしたのためのしづかな運河 p.134
天気予報が日ごと気になるはつなつよ明日は種が撒けるかどうか p.143
病名を告げられし日のとほのきて土の上では人として在る p.146

前半には出てこなかった視界の広がり。「土」を踏みしめたときの安心感は分かる気がします。

あぢさゐは地にくづれつつ咲きゐたり日陰に青を留めむとして p.159
ハムスターもときに逐電したきことあらむ夜な夜な檻かじる音 p.161
サーカスをひとりで見てたなつかしさもうひとりでは見ないさびしさ p.165

ちょっとクスッと笑ってしまう歌も増えてくる。前半に見た「かなしさ」は少なくなっている。

港北といふこの町に船はなく思ひ思ひに窓開きをり p.171
今さつき確かにひとつの詩であつた春のパスタをフォークで巻いた p.184

生活にある「詩」にもっと意識的になろうと思いました。そして開放感。

9月下旬からオンラインで一般発売

鮮やかな花が印象的な表紙は、奥様である西巻真実さんの作品とのこと。カバーを取った本体にも赤基調のこのイラストがあしらわれています。

歌の中にも真実さんの存在がたくさん出てきます。個人的に「へええ」と思ったのはp.119のツイキャスにまつわる歌でした。そうなのか! そういう感覚もあるのか。頻繁にリアル配信している人の理由が垣間見えたように思います。そうなのかー。

今はまだクラウドファンディング支援者にのみ届いている歌集ですが、9月下旬にはオンラインストアで一般発売されるそうです。

西巻さんは出版記念エッセイも書かれていて、これも後日発売されるかもしれません。出版の経緯や事務的な手続き、逡巡、試行錯誤が記録されているので今後歌集を出したい方にはとても参考になると思います。

気になる方はオンラインストアをぜひチェックしてみてください。

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改めて、出版おめでとうございます! なるべく多くの方にこの歌集が届きますように。

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