第324話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.23「銀河鉄道の夜⑥二、活版所」
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
なんてことなの…
賢治にとっての「カラスウリの実の中の青いあかり」とは…
あの「宝塔の中の日蓮上人」だったんだよ…
しかし、いったい何のために『ヨハネによる福音書』と『法華経』を共存させようと…
それは、物語を読み進めて行けばわかります。
ちなみに「宝塔」は重要なシンボルとしてまた登場しますので、覚えておいてください。
では「二、活版所」の続きを見ていきましょう…
午後の授業が終わり、放課後の時間…
校庭の桜の木の下で「カラスウリの相談」をしているカムパネルラと級友たちを横目に、ジョバンニは活版所へ急ぎます。
けれどもジョバンニは手を大きく振ってどしどし学校の門を出て来ました。すると町の家々ではこんやの銀河の祭りにいちいの葉の玉をつるしたりひのきの枝にあかりをつけたりいろいろ仕度をしているのでした。
「いちいの葉の玉」って何のことかしら?
ていうか「いちいの葉」って、どんな葉?
「イチイ」の葉は、小さなトゲトゲの葉。
モミの木とかスギっぽい。
このトゲトゲの葉を球状にして飾る風習があったの?
おそらく宮沢賢治は「杉玉」のことを言っている。
ススワタリ?
違うでしょ。古いお店とかの軒先に吊るしてあるやつよ。
杉の葉の大きな塊。
巨大なボール状の盆栽ですか?
何のために軒先にあのようなものを?
元々は、酒の神様を祀る大神神社の風習から始まったものです。
大蛇の姿をしたオオモノヌシノオオカミの住む三輪山の杉の葉で作られていました。
それが日本各地の造り酒屋へ普及し、杉玉の葉の色の変化が「酒の熟成度合い」を知らせる目安になると酒好きの間で言われるようになったんです。
2~3月頃に造り酒屋の軒先に吊るされる青々とした杉玉は、今年も新酒が出来ましたという合図。
だけど杉玉が青いうちは、ボジョレーヌーヴォーのように、味に深みが無い…
そして杉玉から青さが消え、茶色になって来る秋頃には、いい感じに熟成して酒は飲み頃になる…
知らなかった…
あの玉に、お酒の熟成度を知らせる役割もあったなんて…
他にも、杉の葉に殺菌作用があることから…
酒が酸っぱくなるのを防ぐとも言われていたとか…
それにしてもなぜ賢治は「杉玉」ではなく「いちいの葉の玉」と書いたのでしょう?
「杉玉」と書くとバレてしまう可能性があるからだろう。
バレる?
「杉玉」と聞けば昔の人は、この一休宗純の有名な句を思い浮かべた。
極楽を いづくの程と 思ひしに
杉葉立てたる 又六が門
どういう意味?
いったい極楽浄土とは、どれほど遠い場所なのか?
そんなことを考えていたら、又六の杉玉の前にいた
又六というのは、一休が住んでいた大徳寺の門前にあった酒屋…
つまり、一休にとっての極楽は、すぐ近くにあったということ(笑)
見た目も中身も、ただのアル中オヤジじゃん…
あの純真で可愛かった一休さんに、いったい何があったの?
さよちゃんがお嫁に行くことになった時…
仏に仕える身である一休は、引き止めることが出来なかった…
そこから酒に溺れるようになったのじゃ。
そんな…
だけど、それならわかる気もする…
そういえば『銀河鉄道の夜』も「極楽」を目指す物語だ…
「本当の幸せ」を求めて長い旅をしますが、気が付いたら丘の上の「天気輪(てんきりん)」の下でした…
「天気輪」って何なのかしら?
ジョバンニが求めていた「本当の幸せ」と何か関係あるの?
それは「五、天気輪の柱」で詳しく解説する。
午後の授業が終わって学校を出たジョバンニは、まずアルバイト先の活版印刷所へ向かった。
家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴をぬいで上りますと、突き当りの大きな扉をあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居おりました。
これが当時の輪転機だそうですが…
あんな小さな田舎町の印刷所に、こんな大きなものがたくさんあったのですか?
その輪転機は蒸気の力で動く大掛かりなものだ。
そんなものは都会の新聞社とか大きな印刷所しか持っていない。
賢治が『銀河鉄道の夜』を書いた頃、20世紀初頭の日本の田舎町にもあった「輪転機」とは…
日本に大量輸入された手動タイプの「ゴードン印刷機」だよ。
なるほど…
足踏みペダルも付いていて、昔の機織り機みたいですね…
これなら田舎の印刷所にも、たくさんありそうだ…
うふふ。何か気付かない?
何かとは?
あの輪転機のハンドル…
スポーク(支柱)が、流線型でしょ?
それが何か?
釜爺のハンドルも、そうだった(笑)
あっ!た、確かにそうです!
これはいったい…
『千と千尋の神隠し』の「釜爺のボイラー室」は、『銀河鉄道の夜』の「印刷処」がモデルなんだよ。
しかし、江戸東京たてもの園の「武居三省堂」がモデルだと…
宮崎駿監督は、『銀河鉄道の夜』の「活版処」を再現するにあたり、「武居三省堂」のイメージを利用した
なぜなら、賢治が使った元ネタに、よく似ていたから…
賢治の元ネタ?
賢治は「活版処」の場面を描くにあたり、2つの絵をモデルにしている。
まず1つが、ドイツで発明された「活版印刷」を描いた、この有名な絵…
『活版印刷』
ダニエル・ニクラウス・ホドヴィエツキ
ああっ!「活版処」の内部の様子にそっくりです!
ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子(テーブル)に座った人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚をさがしてから、
「これだけ拾って行けるかね。」と云いながら、一枚の紙切れを渡しました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函(はこ)をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込こむと小さなピンセットでまるで粟粒(あわつぶ)ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。
テーブルの男から指示を受け、棚に並べられた小さな活字をひとつひとつ拾い、文章を組み立てる…
まさにこの絵の通りじゃ。
様々な文字が入れられた小さなパーテーション…
様々な生薬が入れられた引き出しが並ぶ釜爺のボイラー室に、よく似てる…
印刷する文章の活字を選ぶ「文選」という作業は、とても根気がいる仕事です…
しかも、文字の種類が少ないアルファベットと違い、日本には平仮名があって片仮名があって、さらに数千種類の漢字がある…
日本の職人は、他のどの国の職人よりも、技術と根気が必要だったのです…
釜爺が「人の仕事を奪うな!」と怒っていたのは、このアナログ的な活版印刷のこともあるような気がします…
人々が便利や効率ばかりを求め、何でもかんでもデジタル化されていき、美しい職人技術が蔑ろにされていく風潮に警鐘を鳴らしていたのでは…
確かに宮崎駿なら考えてそう。
そして賢治が元ネタにした、もう1枚の絵…
先程の活版印刷の絵では、まだまだ足りない部分があった。
「活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人」や…
「きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居りました」…
ん? よく考えたら 「何か歌うように」って、変な表現ですよね…
歌うように働いていたって、どういうことでしょう?
そうだよね。普通はそんな表現はしない。
そして「高い卓子(テーブル)に座った人」も…
賢治は「高いテーブルに座った人」と書いた。
「活版処」の現場監督さんは、「イス」ではなく「高いテーブル」に座っているの。
釜爺みたいにね(笑)
それは言葉の「あや」ってやつでしょ?
席に着くことを「卓に座る」って言わない?
賢治は意図的に言葉を選んでいるんだよ。
なぜなら、元ネタになったもう1枚の絵にも…
「高いテーブルに座った人」が描かれているから…
何これ?
なんであの人は、あんなところに座っているの?
あの人は、このパーティーの進行役…
場の流れに合わせて、あの場所でバグパイプを演奏しているんだよ。
しかしこの絵は、賢治の書いたことが、すべて当てはまります…
「高い卓子(テーブル)に座った人」…
「活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人」…
「きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居りました」…
あの柱の上にいる「白い宇宙服を着た小さい人」は何?
まるでアーチの向こう側からワームホールを通り抜けてるみたいじゃん…
あれはクリストファー・ノーランが『インターステラー』に転用したネタだから、ここでは深追いしないほうがいいんじゃない?(笑)
ええっ!?
今はあの「ワームホールを通る白い宇宙服の人」の謎には触れないでおこう。
話が長くなるので。
「ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込こむと小さなピンセットでまるで粟粒(あわつぶ)ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました」
賢治は、絵の中央部分で働いているひとりの子供を、ジョバンニに置き換えておる。
大きな白いテーブルを「たてかけてある壁」に見立て、卓上に並べられておる様々なものを「粟粒ぐらいの活字」に見立てて…
なるほど…
確かに「子供が手に箱を持って何かを拾い集めている」ように見えます…
それにしてもこの絵…
見れば見るほど『千と千尋の神隠し』に、よく似ているわよね(笑)
「高いテーブルに座った人」は釜爺そっくりだし…
こ、これは…
どうしたの?
似てるどころの騒ぎじゃないですよ…
釜爺の使っている道具は、あのバグパイプそっくりですし…
そして釜爺の右横にある、長い杖と白いどんぶりと皿は…
柱の上に立つ、白い宇宙服の小人を表したもの…
ええっーーー!?
こ、これはいったい…
宮崎駿は、見抜いていたんだよ…
宮沢賢治がこの絵を元ネタにして、『銀河鉄道の夜』の「活版処」を描いていたことに…
天才は、天才を知る。
どういうことなの?
岡江クン、詳しく教えてよ!
いいだろう。では解説しよう。
『銀河鉄道の夜』の第二章「活版所」の、本当の意味について…
つづく
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