第161話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉚「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅶ～『深読み ライフ・オブ・パイ＆読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
でもなぜ「月に照らされて踊る音楽」が４つのコーラスグループなの？
ザ・ペンギンズ、ザ・ムーングロウズ、ジ・オリオールズ、そしてザ・ファイブ・サテンズ…
この４つは決してポール・サイモンが適当に選んだものではなく…
しかも名前が出される順番にも重要な意味がある…
いったいどういうことなのかしら？
そう。この４つのグループでなければならないし、この順番でなければならない。
これは非常に重要なことだ。
４つあって、順番が決まっているものといえば…
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ？
それじゃあ「１つのグループ」になっちゃうよね？ ４人で一組だから…
それにイエスは福音書でダンスは踊れない。
なぜなら、四福音書はイエスの死後、ずいぶん経ってから書かれたものだから…
あ、そっか… じゃあ何だろ…
よく考えてごらん？
大事なものを忘れているから…
大事なもの？
もしも「これらのグループ」が無ければ…
イエスは「キリストの歌」を踊ることは出来なかった…
え？
思い出してほしい。
「イエス・キリストの物語」とは、ヘブライ聖書「Tanakh（タナハ）」の著者である偉大な預言者たちの残した言葉が「神の子、ナザレのイエス」によって成就され、旧約の時代が終わり、新約の時代が始まるという構成になっていた…
うんうん。そうね。
そして、数ある預言者たちの中でも、最も偉大で重要とされるのがモーセ…
そのモーセが書いたとされる「モーセ五書」は「Torah（トーラー）」と呼ばれ、他の書とはケタ違いの別格扱いとされる…
だから「イエス・キリストの物語」は、旧約聖書の中でも、この「モーセ五書」を重点的に再現する内容になっていた…
『ヨハネによる福音書』では、イエス自身がこう明言しているからね…
5:46 もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである。
5:47 しかし、モーセの書いたものを信じないならば、どうしてわたしの言葉を信じるだろうか。
そして、続く第６章で…
イエスはガリラヤの海を歩いて渡る奇跡を行う…
まさにモーセのように…
イエスは「モーセ五書」に合わせて「キリストの歌」を踊った…
つまり…
ルネ＆ジョルジェットのマグリット夫妻が踊った「４つのコーラスグループ」とは…
「モーセ五書」のこと？
その通り。
４つのコーラスグループは…
Penguins（ペンギンズ）
Moonglows（ムーングロウズ）
Orioles（オリオールズ）
Five Satins（ファイブ・サテンズ）
そしてモーセ五書は…
Genesis（ジェネシス）創世記
Exodus（エクソダス）出エジプト記
Leviticus（レビティカス）レビ記
Numbers（ナンバーズ）民数記
Deuteronomy（デュートローノミー）申命記
確かに最後が「ｓ」で終わるから、グループ名っぽいわ…
でも数が合いません…
最後の Deuteronomy（デュートローノミー）は？
なぜポール・サイモンは「モーセ五書」を「４つのコーラスグループ」にしてしまったのでしょう？
そういえばそうね…
しかも最後が「ｓ」で終われば、順番なんてどうでもよくない？
何度も言うけど、「４つ」であることにも「順番」にも、ちゃんと意味があるんだよ。
ホントに？
では順番に解説していこう。
まずは、Genesis（ジェネシス）『創世記』から。
なぜモーセ五書の第一巻『創世記』が「The Penguins」なのでしょうか？
もしかして駄洒落？
「ファースト・ペンギン」だから一番最初とか？
それも面白いけど、違うと思うな。
『創世記』はヘブライ語では「בראשית（ベレシート）」と呼ばれ、英語では「Genesis（ジェネシス）」と呼ばれる。
どちらも「In the beginning」という意味だから…
もしや…
Penguin と Beginning の駄洒落…
うむ。おそらく。
駄洒落を言うのは誰じゃ？
そういうノリなのね。
日本語訳ではわからないけど、ヘブライ語の聖書は言葉遊びの宝庫だ。
本来は声に出して詠唱するものだから、ほとんど駄洒落にも近いような韻が数多く踏まれている。
そしてその影響は、旧約の詩が数多く引用される福音書にも、残っているんだよ…
なるほど。
よーし、次は第二の書 Exodus（エクソダス）ね。
なぜ『出エジプト記』が「The Moonglows」なのか？
『出エジプト記』はヘブライ語で「שמות（シェモース）」、これは「names」という意味…
そして「moonglow」は月光…
残念ながら何の共通点も見出せません…
そんなあっさり諦めちゃダメよ。もっと一生懸命考えなきゃ。
そうですね。
うーん… うーん…
なんじゃその声は。便所で力んどるのか？（笑）
考えてるんです！真剣に！
お主は冗談が通じんからのう…
「エクソダス」と言えば… 十かい…
は？ エクソダスを１０回言うんですか？
エクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダスエクソダス…
誰が「１０回言え」と言った？
さっき月夜さんが言ったじゃないですか！
わしはそんなこと言っとらんぞ。
「エクソダスといえば、十戒」と言ったんじゃ。
モーセの十戒を知らんのか？
『十戒の石板を振り上げるモーセ』
レンブラント
は？
第二の書『出エジプト記』と「ザ・ムーングロウズ」の関係は簡単だ。
難しく考える必要はない。
どうしてですか？
ある一定以上の年齢の人… もしくは、オールディーズや黒人音楽の好きな人が「The Moonglows」の名前を聞けば、誰もがこの曲を思い浮かべる…
彼らの最大のヒット曲『The Ten Commandments of Love』…
愛の… 十戒…？
そう。
この歌は、『出エジプト記』でモーセが神から授かる「十戒」を、恋愛バージョンに替え歌したもの…
ザ・ムーングロウズといえば、この『愛の十戒』…
だからポール・サイモンは、２番目にこのグループを置いたというわけ。
なるほど…
コーラスグループの代表曲という手もあるわけですね。
芸術家というものは、「何か」を表現するために、ありとあらゆる手段を駆使する…
僕たち深読み探偵は、常にそれを肝に銘じておかなければならない。
はい。
次は第３の書 Leviticus（レビティカス）『レビ記』だわ…
なぜポール・サイモンは「ジ・オリオールズ」に置き換えたのか…
タイトルの「Leviticus」とは、祭祀を司るレビ族のこと…
イスラエルの民の中でも特別な一族で、モーセやアロンもレビ族の出身…
ヘブライ語のタイトルは「ויקרא（ワイクラー）」、「And He called（神は呼ばれた）」という意味です…
そして「オリオール」とは、ムクドリモドキのこと…
この中には答えは無さそうね…
ということはまた、代表曲…
そう。
彼らの代名詞ともいえる最大のヒット曲といえば『Crying in the Chapel』…
エルビス・プレスリーが歌ったことでも知られる曲だ…
これがなぜ『レビ記』に？
『レビ記』とは、モーセが神から与えられた「律法」を記した書…
「十戒」は人としての基本的な原則だけど、「律法」は神に選ばれし民が守るべき礼拝や供え物の決まりから、生活のあらゆる局面における事細かなルールが網羅されている…
つまり「神に向き合うための準備・心構え・作法」といったところだね。
その中心は「幕屋（会見の天幕）」と呼ばれる移動式の簡易神殿で、それを管理・運搬するのがレビ族の仕事だった…
でも「チャペル」とは大分違いますね。
そうかな？
「chapel」の語源って何だか知ってる？
語源ですか？ さあ…
ラテン語の「cappella」や「cappa」…
つまり「大切なものを覆い隠す布」という意味だ。
え？
そして『Crying in the Chapel』は、こんな感じの歌詞になっている…
君は僕の姿を見た
「覆い隠す布」の中で泣く僕を
その涙は喜びの涙
僕の心は満ち足りている
今、主と共にある僕は幸せだ
「覆い隠す布」は純粋で簡素な造り
神を畏怖する者たちが祈る場所
僕は主に願った、もっと強さが欲しいと
探しても探しても見つからなかった
この地上に心の安息が得られる場所は
だけど僕は今、幸福に包まれる
ここは人々がひとつになる場所
「覆い隠す布」の中に集い
ただひたすらに主を称える歌を歌う
すべての人間は罪深く
誰もが心の安息を求めている
だけど真実の答えはただひとつ
ここに来て、ひざまずくんだ
同胞たちが集う「覆い隠す布」で
喜びの涙を共に流そう
そこには心の充足と幸福がある
あなたは主と共にあるのだから
・・・・・
向き合ってますね、主に…
『チャペルで泣いている』だから、てっきり恋人が他の人と結婚するのを見て悲しんでる歌だと思ってたわ。
シュガーの『ウェディング・ベル』みたいに。
だいぶ違いますね。というか根本的に違う。
さて、モーセ五書の第四書は、Numbers（ナンバーズ）『民数記』…
そして４番目のコーラスグループは、The Five Satins（ザ・ファイブ・サテンズ）だ。
「民の数」だから The Five Satins…
５人の艶やかな男たち…
そのまんまじゃん。
そう。ここはわかりやすい。
ちなみに彼らの代表曲といえば、この『In the Still of the Night』が真っ先に挙げられる。
マーティン・スコセッシの『The Irishman（アイリッシュマン）』で使われた曲ね。
しかしなぜポール・サイモンは、ドゥーワップグループの名前を４つしか挙げなかったのでしょうか？
モーセ五書の第五巻、Deuteronomy（デュートローノミー）『申命記』は？
他の四書「ジェネシス、エクソダス、レビティカス、ナンバーズ」と違って最後に「ｓ」がつかないから省いたんじゃない？
グループ名っぽくないから。
そんな安易な理由で？
だったら何なの？ ポール・サイモンが第五書『申命記』だけ省いた理由は…
うーん… そう言われても…
これは「著者問題」だと思うよ。
著者問題？
『ヨハネによる福音書』でイエスはこう言っていた。
「モーセは、わたしについて書いたのである」
そして第五書『申命記』には…
モーセの死と埋葬の様子が描かれている…
よく考えると、何か変だと思わない？
モーセが自分の最期と葬儀の様子を自分自身で書いた？
そんな馬鹿な…
だから『申命記』は、古来から議論の的になった…
モーセ五書はすべてモーセによって書かれたと考える人たちは、モーセが未来を見て書いたか、天国で下界の様子を見ながら書いたと解釈した…
もしくは、モーセの死に関する部分だけ、後継者のヨシュアが代理で書いたと…
だけど文章を学術的に分析すると、この『申命記』だけは他の四書と明らかに記述方式や使われる言葉が異なっていることがわかる…
どうやら数百年ほど後の時代に書かれたものらしいと…
これが『申命記』の著者問題だ。
だから『申命記』だけ「Deuteronomy」なんて名前なんですかね？
他の「ｓ」で終わる四書と違って…
そこは関係ない。「Deuteronomy」というタイトルは、ただの誤訳だ。
誤訳？
ラテン語翻訳者が誤って名付けてしまったものが定着してしまい、他言語にそのまま再翻訳されてしまったんだよね。
ここまで世界中に広まってしまったものだから、今さらタイトルは変えられない。
映画や音楽でもあるわよね。定着してしまったからそのままにされている誤訳って。
まあ、そもそも聖書自体が「正確に翻訳できるもの」ではないから、仕方ない部分もある。
ヘブライ語は一度失われてしまった言語で「当時の正確な読み方」は誰にもわからない。
しかも母音が省略されていることが多いので、言葉の意味の断定が難しく、時制も曖昧だから文章が様々に解釈できる。
中国語の漢詩みたいなものですね。
まさに。
だからラビと呼ばれる「聖書を解釈する先生たち」が必要だった。
普通に読み書きができる人でも、補助や注釈がないと、それが何を言わんとしているのか、よくわからないんだよね。
さまざまな知識が無いと完璧には理解できない漢詩を徹底的に勉強する科挙と同じだ。
前漢の時代、民間の歌謡を収集する楽府（がふ）という役所が設けられ、専門的に訓練された者が日夜そこで分析にあたった…
まるで我々のことみたいです…
そうだね。
それでは次に、２番の歌詞の中のミステリーを解き明かすとしようか。
ニューヨークのクリストファー通りを歩いていたマグリット夫妻が…
メンズ・ストアで立ち止まり、そこに飾られていたマネキンを見て涙を流す…
そのマネキンの外見は、４つのコーラスグループのようだった…
そして突如、笑い声が空にこだまして…
最後はなぜかフランス語で締め括られる…
ああ…
素晴らしいの一言だね。
僕には、その情景が、ありありと目に浮かぶ。
え？ この意味不明の歌詞の情景がですか？
そうだよ。
一見不可解にも思える２番の歌詞は、マグリットの「絵」をもとにして書かれている…
２番の歌詞の謎は、その「絵」を読み解くことで、全て説明がつくんだ…
その絵を読み解けば、歌詞のすべてが説明つく？
いったい、その絵とは？
誰もが知っているルネ・マグリットの代表作だよ…
まるで空から降る雨粒のように…
男たちが宙に描かれた絵…
『Golconda』…
『Golconde』
Rene Magritte
つづく
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