米津K師殺人事件 第1楽章『アイネクライネ』第4節
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2019年4月某日
熱海サンビーチ
なんのためにこの海岸に来た?
なぜここにいる?
それは…
会いに来たんだろ、クリ…
自分の中の…
黒髪の少女に…
どうして…
どうしてそれを…
Kクン…
心像放映。
え?
クリの心の中の有象無象が、像を結んで俺に丸見えだ。
おまけにそれがいちいち歌になって聞こえてきやがる。
あなた《深詠み》できるの!?
ふかよみ?
なんだそれ?
隠されているものだとか、未来のことだとか…
とにかく、未知なるものに関するイメージが心の奥底から湧き上がって来て、歌や映像という形になってアウトプットされるもの…
ある種の予言や予知夢みたいなものよ…
心像放映じゃんか、それ。
人によって呼び方が違うのね…
っていうか…
私以外にも、この能力をもってる人間がいたなんて…
スーパーナチュラル(超自然)な存在が…
そんなカッコイイもんじゃねーよ。
どっちかってーと、アンナチュラル(不自然)だわな。
確かにね…
私もずっと「不気味」とか「気持ち悪い」とか「キツネ憑き」って言われてたから…
おっと。回想シーンにはBGMがつきもの。
私はみんなから不気味がられていた…
だけど一番私の歌を嫌っていたのは、他でもない、両親だったの…
私が歌ってると「不吉だからやめなさい」って…
ほら…
私が《深詠み》した歌詞って、現実に起きちゃうでしょ…
だから気味悪がられて、家では歌うことが禁止されたの…
歌えねーって、切ねーな。
で、奉公先で解禁か。
そう。
旅館の宿泊客の紛失物とかを、まだ幼い私が歌いながら次々と見つけ出すもんだから、みんな面白がってくれてね…
「神童だ!」って、ちょっとした温泉街の名物になったの。
仕事は辛かったけど、私の歌でみんなが笑顔になることが、それだけで私、幸せだった…
白い御飯もお腹いっぱい食べられたし、小学校にも行かせてもらえたし。
そして私の噂を聞きつけてやって来た東京の学校関係者にスカウトされて、9歳の時に故郷を離れて上京することになったんだ…
その年で親元離れるとかキツいな。
うん…
でも私にとっては、思う存分《深詠み》できることが何よりも嬉しかった…
私をスカウトしてくれた学校の学長さんの家でお世話になりながら中学高校を卒業し、晴れて憧れの深読み探偵学校に…
そして、少女時代から私をずっと支え続けてくれた大切な人のもとで、深読みの研鑽に励んだの…
とても厳しい人だったけど、私にとっては、かけがえのない恩人…
あの頃が私の人生で、もっとも充実した日々だった…
12年前の満月の夜、この海で抱き合ってたのを見られて大問題になった相手が、その「恩人」か。
そう…
でも、あの人は悪くなかった…
ホントは全部、私のせい。
私が真夜中にひとりで海へ入って行くのを、あの人は止めようとしただけだったの…
その夜の月齢は十五・二であります…
月の出が六時三十分。十一時四十七分が月の南中する時刻と本暦には記載されています…
私はクリが海へ歩み入ったのはこの時刻の前後ではないかと思うのです…
え?
なぜ…Kクンがそれを…
別に驚くとこじゃねーだろ。
同じ目的でここに来てんだからよ。
じゃあ…Kクンも…
明日の夜…
クリとは若干目的がちげーけどな。
若干違う?どういうこと?
俺の胸には、黒髪の少女も白髪の老人も誰もいねえ。
空っぽ。
ドーナツみたいに穴がポッカリ空いてんだ…
どうして?
どうしてそんなことに?
話すと長くなる。
俺は明日、消えちまった穴の主を取り戻すつもりだ。
奴はきっと俺の前に姿を現してくれるはず。
煌々とした満月の下…
静かな水面に揺られて…
Kクン…
ところでさ。
あの黒髪の少女はクリの何なのさ?
妄想の産物?仮面を脱いだ本当の自分?
ううん…
彼女はね…
私の双子の妹…
生まれてすぐに死んだ、私の双子の妹なの…
・・・・・
うちは山形の雪深い山村にある極貧の家だったって話したでしょ?
ただでさえ貧しいのに毎年のように子供ができて…
だから双子の赤ん坊が生まれた時、両親は片方を「口減らし」したってわけ…
口減らし…
仕方ないの…
東北の貧しい地域では、昔よくあったことなのよ…
それに双子には色んな迷信があって、あまり喜ばれない存在だったらしい…
「双星が育てば天がふたつに割れる」か…
なにそれ?
何でもねー。続けて。
それがいつからだったのかは私もわからないんだけど…
両親や兄弟の話では、私って言葉を話し始めた時から「誰かと会話をしてるかのように」ひとりで喋っていたんだって…
他に誰もいないのに会話してたり、突然歌を歌い出して、それが予知夢みたいな内容だったり…
私が自分を「他の子とは違う」って気付いたのは、ずいぶん後のこと…
つまり、妹は死んですぐクリの心の中に…
たぶんね。
私が《深詠み》出来るのは、全部彼女のおかげ…
本当に歌ってるのは、私じゃなくて、彼女だから…
彼女の力があったから、これまで難事件をいくつも解決して来れたの…
でも、なんで…
12年前に…そして明日…
だってさ…
私、ずっと彼女のこと、暗くて狭い部屋の中に閉じ込めたままで…
私が《深詠み》で彼女を利用してるばっかで…
彼女に何ひとつしてあげられていない…
だから…
・・・・・
彼女だって、普通の女の子なの。
年頃の女の子みたいに、普通に恋だってしたいはず。
私、そういう彼女の想いを感じることがあるのよね…
・・・・・
ホントのこと言うとね…
あなたと出逢った時から、彼女、なんだかいつもと様子が違うんだ…
え?
今日ここに来ることで気持ちが高ぶってたのもあるんだけど…
なんか、それだけじゃないような気がして…
マジで?
ねえ、Kクン…
お願いがあるんだけどさ…
彼女の名前、呼んであげてくれないかな?
たぶん何か反応があると思うんだ…
ん...まあ….別にいいけど。
名前は?
リン。
リンちゃんっていうの。
そっか。わかった。
ん~
コホン
え~と
もしかして…
緊張してる?
するかってーの。
よし!
リン?
俺の声、聞こえるか?
・・・・・
反応ナシ?
もいっ回?
大丈夫!来た!
ガタガタガタガタ…
オオ!
ガタガタガタガタガタガタガタ…
来てる…来てるわ…
あなたには見えて?
ああ。
心像放映で鮮やかに見えてきた!
リン、聴こえるか?
……………
リン!
……………
アタシ…
つづく
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