第347話 深読み『千と千尋の神隠し』vol.47「銀河鉄道の夜㉘」
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
うふふ。
人は「あらゆる透明な幽霊の複合体」って言うでしょ?
何でしたっけ、それ?
もうすぐわかるわ。
ねえ、深読み探偵さん(笑)
ええ…
それでは話を進めましょう。
ノヴァーリスは「ゾフィー体験」を考察し、宇宙の真理につながる手がかりを導き出した…
ちょうどその頃、ノヴァーリスのもとへ親友フリードリヒ・シュレーゲルから手紙が届く…
一緒に同人誌を立ち上げようという誘いの手紙が…
秀才の学友シュレーゲルの存在、すっかり忘れてたわ。
この計画に大興奮したノヴァーリスは、学業・仕事の面でも、そして創作の面でも、これまで以上に精力的に活動した。
様々な学問を研究して思索を重ね、土壌・地質調査のフィールドワークを行い、各地の岩塩鉱山・製塩所を廻り、詩や小説の構想を練る生活を送ったんだ。
あまりに熱中しすぎて心身共にキャパを超え、ドクターストップがかかり、療養施設に強制収容させられるほどに。
療養施設に強制収容? なぜそこまでハードワークしたのでしょう?
元々持病があったからよ。
ノヴァーリスは自分の命があまり長くはないとわかっていたの。
だから、時間を惜しむように、自分を追い込むように、いつも全力疾走していた。
やっぱりノヴァーリスって宮沢賢治に似てるわよね。
いろんな背景だけじゃなく、生き様も。
この間ノヴァーリスは、シュレーゲルと膨大な量の手紙をやり取りしている。
特に、「ゾフィー体験」をめぐる考察から辿り着いた「確信」について、ノヴァーリスは熱く語っていた。
こんなふうに…
「僕はある観念を見出した。それは非常に大きな、非常に実りある観念で、フィヒテの観念論を超え、世界に最高の強度の光を投げかけるもの―――実践的な観念の無限乗―――です」
「実践的な観念の無限乗です」って、言い回しが宮沢賢治っぽいなあ…
フィヒテって誰?
ドイツ観念論と呼ばれる哲学の代表的な人物だよ。
カントに影響を受け、ヘーゲルやシェリングに影響を与えた。
だけど、ノヴァーリスとシュレーゲルの同人誌が出版された後に起きた「無神論論争」によって、フィヒテの言説は神への不敬・無神論と非難され、哲学教授を務めていたイェーナ大学を辞めることになる…
このフィヒテの観念論を超えるものが「魔術的観念論」じゃ。
科学や哲学が超えられない壁を超えるのは、「新しい詩」である「超越論的ポエジー」だとノヴァーリスは確信した。
ノヴァーリスは、シュレーゲルへの手紙で、こう宣言している。
「世界はロマン化されなければならない。そうすれば、人類は世界の根源的な意味をもう一度見出すことができるだろう。ロマン化するとは、質を累乗するということ。そうすることによって、低次の自我は、より高次の自我と同化される」
「質を累乗する」ってどういうこと?
ノヴァーリスは、こう説明している。
「ありきたりなものには高次な意味を、普通のものに神秘に満ちた外観を、既知のものには未知なる尊厳を、有限のものには無限の仮象を与えること」
そして、そうではないものに対するアプローチも。
「そして逆に、高次のもの、神秘のもの、未知のもの、無限のものを扱う場合は、やさしく馴染みのある表現で」
まさに井上あさひの「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」じゃな。
「あさひ」じゃなくて「ひさし」でしょ。
そして療養明けにノヴァーリスは1枚の絵と出会う。
ザクセン選帝侯が購入し、イタリアからドイツに運ばれ、ザクセン侯国の首都ドレスデンで公開されていた1枚の絵に。
この絵を見たノヴァーリスは、天啓ともいえるようなインスピレーションを得た。
絵画と詩の融合というアイデアだ…
1枚の絵?
幼子のキリストを抱く聖母マリアの絵…
ルネサンスの巨匠ラファエロ最後の作品とされる『システィーナのマドンナ』だよ。
『システィーナの聖母(サン・シストの聖母)』
ラファエロ・サンティ
この絵、知ってる。
窓枠や舞台の端みたいに見えるところで何か言いたそうにしてる二人の天使で有名な絵ね。
天使が「第四の壁」を無視しているようにも見えるわよね。
演者と観客の間にある「見えない壁」を、破ってしまっているように…
確かに二人の天使はタブーを破ってしまっているように見えます…
そして、そんな二人の天使に気付いて視線を向ける女性…
彼女は誰なのでしょうか?
彼女の名は St. Barbara…
千と婆婆ら?
「千と」「ばぁば等」じゃなくて、セント・バーバラ。
ニコメディアのバルバラとも、聖女バルバラとも呼ばれる。
3世紀頃、世にも奇妙な経験をしたといわれる、伝説の少女だ。
『聖女バルバラ』
ヤン・ファン・エイク
世にも奇妙な経験をした少女バルバラ? 何それ?
奥に見える建物は何でしょうか?
何だか『千と千尋の神隠し』の「油屋」みたいですけど。
あれはバルバラが幽閉されていた建物…
可哀想なことにバルバラは、あの建物の中で暮らすことを強いられた…
強制的に?なぜですか?
バルバラは、お金持ちの家の一人娘だった…
両親はとても欲深い人物で、財産を一文たりとも他人に渡したくないから、娘に誰も近づけないようにしようと考えた…
だからバルバラは、まだ幼い少女だったにもかかわらず、人里離れた丘の上の、要塞のような建物で暮らすことになったんだ…
娘を人から遠ざけようとする欲深い親…
田舎の丘の上の建物に幽閉される娘…
何だか『千と千尋の神隠し』っぽい…
あの建物の前でバルバラは何をしてるの?
大きな羽根ペンで何かを書いてるようにも見えるけど…
バルバラは「設計図」を描いているんだよ。
設計図? 『紅の豚』のフィオみたいに?
設計図って、いったい何の?
あの建物の中の「大浴場」だ。
大浴場?
油屋みたいな大きいお風呂ってこと?
いったいどういうことなのでしょうか…
しかもなぜバルバラが大浴場の設計を?
或日、遠くへ旅することになった父親は、職人たちに大浴場を作るよう指示した。
ギリシャ神話やローマ神話の神々が彫刻され、大きな窓が2つある大浴場だ。
『テルマエ・ロマエ』みたい。
しかしバルバラは、父の設計した浴場に納得がいかなかった。
ギリシャ神話やローマ神話の神々よりも、キリスト教の神を表現するべきだと考えたんだ。
は?
実は、親と離れてあの建物の中で暮らしているうちに、バルバラは「神」について考えるようになっていた。
そして、父親が毛嫌いしていたキリスト教に惹かれるようになり、密かに信仰するようになった。
バルバラはキリスト教の神を祀りたいと思ったが、キリスト教では偶像崇拝は禁止されている。
そこでバルバラは考えた。
そして大浴場の設計図を描き直したんだ。
どうやって表現するのでしょう?
しかもキリスト教嫌いの父にバレないようにですよね?
「窓」だよ。
窓?
当初は2つで設計されていた窓を3つにしたんだ。
キリスト教の神髄「父と子と聖霊の三位一体」を「3つの窓」で表現しようと考えたんだね。
そんなの言わなきゃ気付かないでしょ…
しかし旅から戻った父親は、浴場が当初の設計と違うことに気付いた。
そして、なぜ窓が3つあるのか問い詰めたんだ。
覚悟を決めたバルバラは、3つの窓が「三位一体」を表していることを説明し、イエス・キリストを信じていると告白する。
それを聞いた父親は激怒し、バルバラを自らの手で処刑しようとした…
我が子を処刑!?なんて父親なの!?
父親がバルバラを剣で切り殺そうとした瞬間、不思議なことが起きた。
バルバラは神隠しに遭い、気が付いたら、見知らぬ丘陵地帯にいたんだ。
神隠し?
見知らぬ丘陵地帯で羊飼いの少年に見つかってしまったバルバラは、この地方を治める領主のもとへ連行され、厳しい拷問によって棄教を迫られた。
しかしバルバラは信仰の力で試練を乗り越えていく。
怒った領主はバルバラを燃えさかる炉の中へ放り込むが、なぜかバルバラは火傷を負わない。
棄教させることを諦めた領主は、処刑を求めるバルバラの父親の言う通り、バルバラを八つ裂きにした…
なんと壮絶な最期…
この聖女バルバラ伝説は、キリスト教の布教と共に、ヨーロッパ各地に広まった。
「炎で身体が焼けなかった」つまり「火から守られた」とされるバルバラは、鉱山労働者や燃えやすい危険物を扱う職業の守護聖人として信仰されるようになり、炭鉱・岩塩鉱山・石炭庫・火薬庫・ボイラー室などには聖女バルバラ像が祀られた。
ノヴァーリスが学んだフライベルク鉱山学校(現・フライベルク工科大学)でも、聖女バルバラの祝祭は行われていたという。
『システィーナのマドンナ』の話はこれくらいにして、ノヴァーリスの話に戻りましょ。
ノヴァーリスと親友シュレーゲルが中心になって立ち上げた、彼らの雑誌『Athenaeum』の話に。
『Athenaeum』って、どういう意味?
「Athenaeum」とは、知恵・芸術の女神アテーナーを祀った「アテナ(アテネ)神殿」のことで、ここから転じて「図書館」とか「学術サークル」とか「文芸クラブ」という意味にも使われるようになった。
日本語では「アテナイオン」もしくは「アテネウム」と呼ばれる。
そういえば、宮沢賢治も学生時代に同人誌を立ち上げていましたね。
盛岡高等農林学校(現・盛岡大学農学部)で出会った親友らと。
賢治と親友の保阪嘉内、そして小菅健吉、河本緑石の4人が中心になって刊行された『アザリア』じゃ。
賢治の隣の人、なんで一人だけ違う方を向いてるの?
ビートルズ『LET IT BE』のポール・マッカートニーじゃないんだから。
ひとりだけ向きが違う彼が、賢治の親友 保阪嘉内だ。
保阪はメンバーと写真を撮る際、いつも皆とは違うことをしていた。
確かにポールのようです…
ポールは『アビーロード』でも、ひとりだけ裸足でした…
最初にグループから「脱退」することになるのも一緒。
えっ?
その件に関しては、また後程ゆっくりと…
そういえば、雑誌名の「アザリア」って花の名前?
「つつじ」の西洋名「アザレア(アゼリア)」のこと?
そうだね。
春に赤・ピンク・白の花を咲かせる「Azalea」のこと。
JAZZのスタンダードナンバーのタイトルにもなっていて、ルイ・アームストロングとデューク・エリントンの名演でも知られる。
保阪や賢治は、なぜ誌名を「アザリア」にしたのでしょう?
武者小路実篤と志賀直哉らの同人誌「白樺」にあやかって植物名にしたとか?
バカラシい。そんな単純な理由のわけないでしょ。
同人誌を立ち上げるような若者たちなんだから、絶対に何か深い意味が隠されてるはず。
深い意味ですか?
ちなみに「アザリア」の花言葉は「節制・禁酒・青春の喜び」です…
「青春の喜び」はわかるけど「節制」と「禁酒」って?
というか、花言葉に「禁酒」ってどういうこと?
「アザリア」は、ラテン語で「乾燥」を意味する「azaleos (アザロス)」が語源と言われている…
そして、英語で「乾燥」を意味する「dry」には「禁酒」という意味もある…
だから「アザリア」の花言葉が「禁酒」になったとか…
乾燥は英語でドライだから禁酒?
アサヒSUPERDRYの「極度乾燥(しなさい)」じゃないんだから…
うふふ。
ラテン語を英語経由で誤訳させるなんて、ちょっと強引よね。
アザリアの花言葉が「禁酒」なのは、たぶん違う理由があるんじゃないかしら…
違う理由?
そして、保阪や賢治ら4人が「アザリア」という名前を選んだのも…
それに気付いていたから…
え?
そうでしょ?深読み探偵さん…
ええ。おそらく。
いったいどういうことなの?
違う理由って何?
では解説しよう…
つづく
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