第165話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉞「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅺ~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
『L'Assassin menacé』
Rene Magritte
この絵の中に「暗殺者」は、いない…
だけど「L'Assassin menacé(アサシン・メナス)」は、いる…
同じじゃないですか!
ぜんぜん違うよ。言葉はもっと大切にしたほうがいい。
で、どこにいるの? その「L'Assassin menacé」は?
窓の外から覗いている、新しい地図風の三人組のセンター…
草彅クン似の彼こそが「L'Assassin menacé」だ…
ええっ!?
ていうか…
みんな草彅くんに見えるんだけど…
あ、なるほど。確かに…
紛らわしいことを言ってしまったようだ。
「草彅クン似」というのは忘れてくれ。
うん、わかった…
「草彅クン似」は関係ないのね…
重要なのは、あの三人組の真ん中の人物が、この絵のタイトルになった「L'Assassin menacé」であること…
それが、この絵に隠された最大の秘密なんだ…
真ん中の男が「アサシン・メナス」であることが最大の秘密?
全然関係無いかもしれませんが…
「アサシン・メナス」って「ファントム・メナス」みたいですよね。
「ファントム・メナス」って、どういう意味だったっけ?
「ファントム」はわかるんだけど「メナス」って何かしら?
確か「ファントム・メナス」で「見えざる脅威」とか、そういう感じだったような…
「phantom」は「まぼろし・幻影」、そして「menace」は「差し迫る危険・困難・重荷」とか「突出した人物」という意味だ。
確かに「menace」という言葉は耳慣れないかもしれない。
だけどフランス語の聖書を読むと「menace」という言葉はたくさん出てくる。
英語版だと「menace」はほとんど使われず、「burden」などに置き換えられているけどね。
「降りかかった困難」とか「背負った重荷」ってことか…
「Assassin」は「暗殺者」ですよね?
それは「偏見」によって定着した意味…
アラビア語での本来の意味は「原理や信条を最も大事にする人」だ…
つまり「ある目的のために命を捧げる者」ということだね。
ん?
じゃあ「アサシン・メナス」って…
「重荷を背負い、命を捧げる者」ってこと?
直訳すると、そうなるね。
イエス・キリスト?
その通り。
ちなみに「L'Assassin menacé」という題名の中にも「キリスト」は隠されている。
「Messie」はフランス語の「メシア」だね。
ええ~!
この三人組の真ん中の男がイエス・キリスト?!
そうだよ。
だから最初に言ったじゃないか…
「彼らは死にかけていた」と。
彼ら?
なんで「彼」じゃなくて「彼ら」なの?
もしや…
この「横に並んだ三人」とは…
ゴルゴダの丘の…
そう。
この三人の名は…
左からディスマス、イエス、ゲスタス…
うわあ…
よく見れば「柵」には「十字架」が描かれているじゃないですか…
おっぱい…
はい?
あの女の「おっぱい」よ…
マンテーニャの絵の中にも、あるじゃん…
マンテーニャの『磔刑図』の中に「おっぱい」が?
まさか(笑)
よく見て…
小高い山の上に描かれたエルサレムを…
ああーーーっ!
見える!見えます!
あ、あれは… ち、ち、ち…
ちくーび。
そう… 乳首です…
美しい「お椀型」をしたエルサレム…
そしてその頭頂部に立つタワー…
マグリットが仰向けになった裸の女を描いた意味がわかったじゃろ?
偉大な芸術家は、意味もなくモデルの服なんぞ脱がさんのじゃ…
マグリットは「むき出しになった女の乳房」で、マンテーニャが描いた「エルサレム」を表現した…
なぜなら「エルサレム」は「乳と蜜の流れる場所」であり、「乙女・処女」に喩えられるから…
ちなみに「おいしい生活」でお馴染みの西武百貨店でも、「ご飯と梅干」で再現しとったな「おっぱい」を…
なぜなら、どちらも見とると唾が溜まってくるから(笑)
うふふ。美味しそう…
西武百貨店はさておき…
これはいったいどういうことなの?
簡単なことだよ。
ルネ・マグリットの『アサシン・メナス』は、アンドレア・マンテーニャの『磔刑図』をもとにして描かれたんだ。
つまり『アサシン・メナス』は、マグリット版『磔刑図』ということ…
『Crucifixion』
Andrea Mantegna
ええっ!?またこの絵!?
だから「三人組の真ん中の男」の上には「高い山の頂」がある…
イエスの十字架の上には「INRI(ナザレのイエス、ユダヤの王)」というプレートがつけられていたからね…
そして、男の真下に描かれた「流れる血」で「足に打たれた釘で流れ出す血」を再現し…
「ベッドの脚」で「馬脚」を再現し…
床に置かれた「カバン」で、十字架の根元に置かれた「岩のブロック」を再現し…
椅子に掛けられたコートと帽子と影で、暗い穴から出てくるローマ兵ロンギヌスを再現した…
ホントだ…
なんてこった…
これまで何度もこの話をしてきたと思うけど、改めて言っておく…
マンテーニャの『磔刑図』は、数多くのアーティストにインスピレーションを与えた…
つまり、この絵を元ネタにして、多くの芸術作品が産まれたんだ…
挙げたらキリがないほど…
マーティン・マクドナーの『THREE BILLBOARDS(スリー・ビルボード)』も、そうだったわね…
「3つの立て看板」とは「3本の十字架」…
削られて岩が剥き出しになった山肌は、エルサレム…
そして看板があった道の名前は「DRINK WATER ROAD」…
つまり「喉が渇く」と言った「LORD」のことだった…
そして、マーティン・マクドナーの師匠ともいえるコーエン兄弟は、彼らの出世作『BARTON FINK』で、マンテーニャの『磔刑図』を再現していた…
ジョン・タトゥーロ演じる主人公バートン・フィンクにこんなポーズを取らせたり…
ホテルの玄関ドアと二人の刑事で再現したり…
スティーヴ・ブシェミ演じるホテル・ボーイを、こんなふうに地下室から登場させてみたり…
そういえば…
バートンの部屋のベッドで女が血を流して死んでいて…
バートンには、それがなぜだかわかりませんでしたよね…
そう。
バートンと「裸の女の死」は無関係…
これはマグリットの『アサシン・メナス』が元ネタだね…
つまりコーエン兄弟は、マンテーニャの『磔刑図』をもとにしてマグリットの『アサシン・メナス』が描かれたことに、おそらく気付いていた…
蓄音機がタイプライターに置き換わったのね…
壁の裏に隠れて男を捕まえようとしている二人の男は、あの二人の刑事だ…
そういうこと。
最近では、Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)が、この絵をもとに『bad guy』という曲を書き、グラミー賞など音楽賞を総なめにした…
話題になったミュージックビデオにも、絵の中のモチーフがたくさん使われている…
時計の時刻は、イエスが十字架で絶命した「3時半ちょっと前」で…
意味有り気に何度も映る不思議な模様の床は…
絵の中でローマ兵がサイコロ遊びをしていたボード…
あれ?
マグリットの絵の中にも、ぐるぐる回る円盤があるじゃない…
え?
そう。蓄音機の上のレコード盤だ。
男が興味深げに覗き込んでいた「蓄音機」とは「ローマ兵のサイコロ遊び」の再現…
マグリットが描いた「丸いレコード盤」と「ホーン状のスピーカー」は…
マンテーニャの描いた「丸いゲーム盤」と「ホーン状になったイエスの上着」に他ならない…
げえっ!
そしてマグリットが絵の両端に描いた二人の男とは…
マンテーニャが絵の両端に描いた二人の男の再現…
使徒ヨハネと馬上のローマ兵が?
その隣に描かれている、馬上で棒を持つローマ兵じゃなくて?
マグリットは、どこから「棍棒」と「網」を持ち出したの?
そういえば、あの「棍棒」って、なんだか変ですよね…
まるで原始人の棍棒みたいな形で…
確かにあんな棍棒は、今時なかなかお目にかかれないわよね…
なぜマグリットは、あんな時代錯誤な棍棒を持たせたのかしら?
どう見ても『はじめ人間ギャートルズ』とかに出てくる棍棒にしか見えない…
その答えもマグリットの絵の中にある。
マグリットは左右反対に二人の男を配置したんだよ。
左右反対?
使徒ヨハネの上着が「網」になり…
馬上のローマ兵の腕、もしくは馬の尻尾が、あの「棍棒」になった…
うわあ…
使徒ヨハネの頭の後ろに描かれている「後光」も再現されてるじゃないですか…
細かいところまで、ちゃんとこだわっているよね、マグリットは…
まさにプロの仕事だ…
次から次へと驚きの連続だわ…
もうこれでおしまい?
いや。大事なことが残っている。
マグリットの絵の中に描かれている女が「死んでいない」というトリック…
あの女が、ただ「気を失っているだけ」であることの理由が…
そうだったわ。
あんなに血の気が引いた真っ青な顔色なのに、死んではいないって…
いったいどういうこと?
もちろんマンテーニャの『磔刑図』を忠実に再現したんだよ…
え?
あの絵の中には「顔面蒼白で気を失っている女」が、ひとりだけ描かれている…
その女の首元には「白くて長いもの」があり、全身をぐったりとさせて、背後の「赤くて柔らかいもの」にもたれかかっているんだ…
それをマグリットは左右に反転させ、その「赤くて柔らかいもの」を「ベッド」として再現した…
こんなふうに…
うそ…
あれって… イエスの母マリアですよね…
黒い上着は未亡人の象徴だから、おそらくそうだろう…
そして、後ろから抱きかかえてる赤い上着の女は、マグダラのマリア…
うそみたい…
何なの、ルネ・マグリットの絵って…
しかしなぜポール・サイモンは、この絵から「パワーエリート」なんて言葉を導きだしたのでしょう?
この絵のどこに「パワーエリート」の要素が?
あるよ、ちゃんと…
もう一度、歌詞をよく見てみよう。
Rene and Georgette Magritte
With their dog after the war
Were dining with the power elite
And they looked in their bedroom drawer
「Rene and Georgette Magritte with their God after the war」
つまり… 神と共に試練を闘い抜いたイエス・キリストは…
「were dying with the power elite」
だったということ…
え?
「elite」という単語は、カタカナでは「エリート」と書く…
だけどネイティブ・スピーカーの発音は、そうじゃない…
ポール・サイモンは、どう歌ってた?
ほぼ「エリ」もしくは「エリー」です…
その通り。
つまり、こういうことなんだ。
「were dying with the power エリ」
エリの力によって、死を迎えつつあった…
エリって誰?
いとしの?
違いますよ…
エリとは「わが神」という意味…
ポール・サイモンは、死の間際にイエスが言った言葉のことを歌っているんです…
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」
わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか…
あ、そのエリか…
ふぉーっふぉっふぉ。
そしてその後に、寝室のドローワーを見に行ったのよね…
キャビネットの中には「4つのコーラスグループ」…
つまり「イエス・キリスト」が入っていた…
あれ? それってオカシクないですか?
なんで?
墓の中は空っぽだったはずです。
マグダラのマリアが見に行ったら、イエスの遺体が納められていた石棺は、もぬけの殻だったんですよ。
あ、そうだったわ…
墓の中から消えたイエスが、再び姿を現したのは墓の外…
「ドローワー」や「キャビネット」の中に、イエス・キリストが入ってるわけがない…
最後の最後で間違ってるじゃん、ポール・サイモンは…
天才詩人ポール・サイモンともあろう人が…
まさに「弘法も筆の誤り」ですね。
いや。ポール・サイモンは間違ってはいない。
え?
ポール・サイモンは、マグリットの『アサシン・メナス』をもとに3番の歌詞を書いた…
そしてその『アサシン・メナス』は、アンドレア・マンテーニャの『磔刑図』を再現したものだった…
だからポール・サイモンは、あんなオチにしたんだよ…
どういうこと?
マンテーニャの『磔刑図』には、続きがある…
え? 続き?
あの『磔刑図』は…
「三枚組の絵」のセンターなんだ…
三枚組の絵のセンター?
新しい地図の草彅クンみたいに?
そう。
三枚組の左が『ゲッセマネの祈り』で…
センターが『磔刑図』…
そして右には、その後の出来事「復活」が描かれている…
絵が小さすぎて見えなぁぁぁい!
はい。ハズキルーペ。
きゃっ!
キャビネットからイエスが!?
『Resurrection』
Andrea Mantegna
ベッドルームのドローワーのキャビネットの中からイエス・キリストが…
3番の歌詞通りです…
しかも復活したイエスは「聖ジョージ・クロス」の旗を手にしている…
つまりマンテーニャは、Rene(復活)と Georgette(聖ジョージ)を描いた…
なんてこった…
ポール・サイモンは、この絵のことを歌っていたわけだ。
マグリットの『アサシン・メナス』から連想してね。
信じられない…
これは真実だ。
本当に?
もしかして全部… 偶然なんじゃない?
岡江クンの語り口が巧妙だから、そういうふうに見えるだけで…
深代ママ… なんてことを…
まあ、疑うのも無理はない。
僕も最初に発見した時は、そう思ったから。
たまたまじゃないかって…
たまたまじゃないの?
これは、たまたまではない。
ポールはマグリットの絵の中にマンテーニャの『磔刑図』を見た…
そして激しく心を動かされ、この歌を書いた…
若き日のマグリットのように…
若き日のマグリット?
まだ駆け出しの画家だった頃にマグリットは、知人の家で1枚の絵を見た…
その時マグリットは、感動のあまり、涙が止まらなかったという…
マグリットの絵描きとしての原点は、マンテーニャの『磔刑図』なんだ…
あの絵があったからこそ、絵描きとしての道を本格的に歩み始めたんだよね…
『アサシン・メナス』を描いたのは、その運命の日から3~4年後のこと…
そうだったんだ…
疑ってゴメンね、岡江クン…
いいんだよ。気にしないでくれ。
うん…
さ、次に行こうか次に。
ところで次は何の話じゃったかのう?
えーと… この歌の「もう1つの読み方」ですね。
そうじゃった、そうじゃった。
まだまだこの歌の話が続くんじゃな。
ええ。もうしばらく。
何なのかしら、もうひとつの読み方って…
気になるわ。
ちょ、ちょっと待ってください…
どしたの?
嘘ですよ…
教官のさっきの話は…
は?
若き日のマグリットが感動して涙を流したのは…
アンドレア・マンテーニャの絵ではなく…
ジョルジョ・デ・キリコの絵です…
へ? そうなの?
はい。間違いありません。
ウィキペディアにも書いてありますし、いろんな美術サイトでもそう紹介されています。
・・・・・
岡江クン、これはいったいどういうこと?
あたしたちに嘘を言ったの?
・・・・・
なんで黙ってるのよ…
・・・・・
てことは、今までの話もやっぱり嘘…
マグリットの『アサシン・メナス』はマンテーニャの『磔刑図』とは何も関係ないのね…
都合のいいところだけを選んで、あたかも真実かのように見せていただけ…
・・・・・
なんで黙ってるの?
図星すぎて、言い返す言葉もないってこと?
フフフフフ…
え?
ははははは!
きょ、教官…?
ど、どうしたのよ急に… 笑い声なんかあげて…
誰が嘘をついたって?
だ、だれって、あなたでしょ!
マグリットが涙を流したのはマンテーニャの『磔刑図』だなんて…
本当はオランジュ・デ・キドルの絵なんでしょ!?
ぽえーん。
深代ママ…
ジョルジュ・デ・キリコです…
あらやだ、あたしったら。年がバレちゃうわね…
ハァ… やれやれ…
な、何よ…
ちょっと言いまつがいしただけじゃない…
そうじゃなくて…
僕の話したことを信じてもらえないなんてね…
だって、ウィキにもアート系サイトにも「若き日のマグリットはキリコの絵を見て、涙が止まらなくなった」と書いてあるのよ…
巷にあふれる情報と、僕の深読み…
どちらを信じる?
そ、それは…
教官…
講釈師、見てきたような嘘をつき…
これじゃこれじゃ。わしは37年間、これを求めておったのじゃ。
ふぉーっふぉっふぉ。
(これを求めていた?37年間?)
・・・・・
それじゃあ、詳しく話さないといけないな…
若き日のマグリットが知人宅で「何を見た」のか…
そしてなぜ、涙が止まらなくなったのかを…
つづく
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