「ボンサイ・マスター(あなたのことしか考えられない)」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
なんでパイのセリフを訳さないの?
「1トン近くあった」でしょ?
そうじゃないんだよね…
え?
実験によってバナナが水に浮くことが分かったので、オカモトの頭には次なる疑問がわいてきた…
オランウータンが乗っていたという、バナナの塊のサイズだ…
それが「オランウータンが乗っていたとなると、相当なバナナになる」という発言…
そしてパイは、オカモトの疑問に対して、こう答えた。
「It does. There was close to a ton.」
これは、ここから《2本のバナナ》の役割が変わるというサインになっている…
《イエスの両足》から《別のもの》に…
そのための駄洒落なんだ。
ダジャレ?
これまでも何度も出て来たよね…
英文学で「close」は「cross」の駄洒落として使われる…
つまり十字架のこと…
あっ、そっか!
「BAR が CLOSE(CROSS)する」という十字架のダジャレでイエス最期の時を歌にしたフランク・シナトラ『ONE FOR MAY BABY(AND ONE MORE FOR THE ROAD)』と、トム・ウェイツのデビューアルバム『CLOSING TIME』!
その通り。
『CLOSING TIME』は聖書を元ネタにしたコンセプト・アルバムだ。
最大のヒット曲『OL' 55』は、メシアを預言した旧約聖書『イザヤ書』の第55章を歌にしたものだったね。
サビで繰り返される「フリーウェイ、CARS&トラック」とは、第55章で預言される「高いところにある道、悪しき者(CURSE)&主の道」のことだった…
そして「a ton」は「すっごく重い」という意味…
ですから「There was close to a ton」は…
「すっごく重い十字架があった」というダジャレ…
こ、これね…
『十字架を背負うキリスト』
ソドマ
そしてパイは、こう話を続ける…
パイ「僕はあの時のことを思い出すと、いまだに気分が悪くなるんです。バナナは漂流し、最後は廃棄された。僕の刈り入れの時だったのに…」
オランウータンが乗っていたバナナを《収穫》しておけばよかった、という意味でしょ?
《オランウータン》は《イエス・キリスト》の喩え…
そして《オランウータンをHOLD UPしていたバナナ》とは《十字架》の喩え…
つまり《オランウータンのバナナが漂流した》とは…
イエスが重い十字架を背負ってエルサレム旧市街地の中を《漂流》したことの喩え…
いわゆる VIA DOLOROSA(ヴィア・ドロローサ:苦難の道)のことね。
さっきの『OL'55』を歌ってた二人も、この道を再現してたでしょ?
「パイの物語」は『ヨハネによる福音書』の再現になっていた。
福音書の中で語られる重要なことが、物語の中で何度も再現されるんだ。
ちなみにこの部分では第4章の「刈り入れ問答」が再現されている。
まずオカモトとチバが町の警察署で話を聴いた後、郊外にあるパイの入院する医療所へ向かった…
4:30 人々は町を出て、ぞくぞくとイエスのところへ行った。
そしてオカモトとチバは、パイにクッキーをすすめた…
4:31 その間に弟子たちはイエスに、「先生、召しあがってください」とすすめた。
そのクッキーを、パイは最後の晩餐のパンに喩えた…
『ヨハネによる福音書』では、イエスが自分の肉体のことを「あなたがたの知らない食べもの」と喩える…
そして、人類救済のために自分の肉体を犠牲にする十字架刑のことを「刈り入れ時」と喩えるんだよね…
4:32 ところが、イエスは言われた、「わたしには、あなたがたの知らない食物がある」
4:33 そこで、弟子たちが互に言った、「だれかが、何か食べるものを持ってきてさしあげたのであろうか」
4:34 イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである。
4:35 あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。
「パイの物語」は、登場人物の全ての言動が、聖書を再現するためのものなのですね…
ここからの言動も興味深いよ。
オカモト「その件に関しては同情します。しかしあの件に関しては…」
パイ「僕のバナナを返してもらえませんか? お願いします」
チバ「私が取りに行きますよ」
(奥で)チバ「うわ!マジで浮いてる!」
は?
オカモトは奥のシンクで実験した後、バナナをそのまま置いてきたわけ?
その通り。
そんで今度はチバが取りに行ったわけ?
その通り。松坂桃李。
あんたもオカモトもチバも馬鹿じゃないの?
何この無駄な作業? こんな描写いる?
実験が終わった後にオカモトがバナナを持って戻れば済む話じゃん!
あのチバのリアクションも無駄!
バナナが水に浮くかどうかの話はとっくに終わってる!
もしや、非効率的な日本のお役所仕事を揶揄したものでは?
そうじゃないんだよ。
オカモトがバナナを水の中に入れたままにしておいたことも、それをチバが回収しに行って大喜びしたことも、どちらも意味のあること…
これも『ヨハネによる福音書』第4章の再現の続きなんだ。
しかも非常に重要な箇所の…
4:36 刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。
4:37 そこで、『ひとりがまき、ひとりが刈る』ということわざが、ほんとうのこととなる。
よ、預言の成就だ!
しかもバナナは、エデンの園の《禁断の果実》だったという説が(笑)
どんだけ?
さて、奥のシンクでボケたチバをオカモトは完全スルーして、パイに禁断のツッコミを入れた。
オカモト「あなたが出くわしたという藻の島とは、何なのですか?」
チバ「はいどうぞ。あなたのバナナですよ」
パイ「サンキュー。イエス?」
オカモト「失礼は重々承知の上で言わせてください。あなたは、わざとふざけてますよね? 肉食の木? 魚を食べて真水を生成する藻類? 木を寝床にする海洋齧歯類? そんなものは全てこの世に存在しない!」
まあ、虎とのサバイバルは可能性ゼロじゃないけど、あの島の話は、誰がどう考えても《作り話》って断言できるもんね…
だけどさ、そもそも物語や小説は《作り話》なんだから、それを言ったらおしまいじゃない?
オカモトは野暮なツッコミ役だからね。
だけどパイは、そんなオカモトのツッコミにも動じることなく、ギャグをかましていく…
パイ「あなたは見てないからそう言ってるだけ」
オカモト「その通りだ。我々は自分の目で見たものしか信じない」
パイ「コロンブスは? 見えなければ存在しないとでも?」
うふふ。笑える(笑)
え?どこがですか?
コロンブスよ(笑)
コロンブスって、何か知ってる?
アメリカ大陸を《発見》した人ですよね?
うふふ。よくセリフを見て。
パイは「クリストファー・コロンブス」とは言っていない。
ただ「コロンブス」と言ったの…
は?
「Colunbus」という名前はイタリア語「Columbo」の英語形で、元々はラテン語の「Columbe」…
「columbe」は「dove」つまり、平和と純潔の象徴「鳩」のこと…
伝書バトを生産・飼育する家系に多い苗字で、ファーストネームとしては、家族を失った孤児につけられることが多い名前でした…
じゃあ刑事コロンボも「刑事ハト」って意味だったの?
そう。
ここにちょっとおもしろい歌がある…
ミュージックビデオでは「アダムとイブ」から始まって「ユダのキス」までが描かれているんだ…
聖霊に導かれた刑事コロンボが、殺人事件を捜査するという体でね…
郷ひろみ&樹木希林の名曲『林檎殺人事件』の海外版と言っていいだろう…
コロンブスは、聖霊のシンボル白い鳩…
また『ヨハネによる福音書』の再現だ…
『ヨハネによる福音書』
1:32 ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。
『ヨハネによるイエスの洗礼』
グレゴリー・ガガーリン
つまり、先程のパイの「コロンブス」発言は、
「聖霊の鳩は? 見えなければ存在しないとでも?」
という意味。
ああ…
映画『ライフ・オブ・パイ』でも、聖霊の白い鳩が、見える人にはちゃんと見えてました…
パイの家の食卓シーンでもコロンブスの名前が唐突に出て来たけど…
こういうことだったのね…
その後もオカモトの無粋なツッコミが続く。
だけどパイは、まるで手のひらで転がすかのように、別の方向へ誘導していくんだ…
オカモト「あなたの言うような島は、植物学的にありえない!」
パイ「ハエもそう思いながら食虫植物の上に着地するんだ」
オカモト「なぜ誰ひとりとしてその島を見た者がいない?」
パイ「広大な海の上を、多くの船が忙しそうに cross している。僕はゆっくり cross したから、じっくり見ることができた」
あ、「cross」言っちゃってますね…
「close」とか駄洒落じゃなくて、そのものズバリを…
そして二人の論争はヒートアップしていく。
オカモト「あなたの話を信じる科学者は誰もいない」
パイ「コペルニクスやダーウィンを否定した人たちと同じですね。科学者は新種を発見し尽くしましたか? 今でもアマゾンでは発見されますよね?」
オカモト「自然の法則に反する植物など、この世界に存在しないのだ!」
パイ「あなたは世界のすべてを知っているのですか?」
オカモト「ありえることと、ありえないことの、区別くらいはつく!」
もはや神学論争じゃん…
そして、二人のやり取りを観察していたチバが、満を持して会話に割って入ってくる…
しかも破壊力抜群のボケで…
チバ「私には植物に超詳しい伯父がいます!住んでるのは日田郡の近く!彼はボンサイ・マスターなんです!」
パイ「えー、いま何と仰いました?」
チバ「ボンサイ・マスター!」
ボンサイ・マスター?
そう。Bonsai Master。
何ですか、この展開?
ちなみに日田郡って今の日田市のことよね?
大分県の。
@スナックKEMPY!
スースー... スースー...
良ちゃん、もう3時間も寝てる。
いい加減そろそろ起こさないといけないわね…
ムニャムニャ… ムニャムニャ…
あら、起きた?
ヒロクン… ヒドイ...
オオイタノ オンナ...
なんだ夢か。しかもまた浮気された夢?
ヨニンモ イタナンテ…
ヒロクン… ヒドイ... ヒドスギル...
あらまあ4人も? やるわねヒロくん…
ダケド... ヒロクンノコト... キライニ ナレネイ...
ダッテ... ダッテ...
スキナンダモノ…
...
.
@スナックふかよみ(夢の中)
ねえ... そんなに泣かないで…
だってもう三日目なのよ!
ヒロくんが行方不明になってから!
三日目って…
おとといの夕方からでしょ?
まだ二日じゃん…
ヒロくんの居なくなった日が行方不明一日目だから今日で三日目でしょ!
じゅうぶん重大事件よ!
たぶん大阪の実家にでも帰ってるんじゃないの? 急用か何かで…
ぜったい違う!
あたし、見たんだもん!
見た? 何を?
ヒロくんの仕事机に、走り書きのメモがあったの…
「大分」って…
おおいた?
でも地名とは限らなくない?
もしかしたら「だいぶ」かも…
「大分」って書いてあったら地名に決まってるでしょ!
それに…
そのメモには…
お、女の名前も書いてあったんだから!
女の名前?
しかも4人よ!
ナナ!ミーナ!リナ!レイナ!
え? それってたぶん…
酷くない?
ヒロくんは大分のキャバ嬢4人と浮気してたのよ…
もしくは別府のコンパニオンかも…
だけど、そうと決まったわけじゃ…
それにヒロくんは失業中だから、そんなに豪遊するお金ないでしょ?
たぶん退職金やヘソクリを隠してたのよ。あたしに内緒で遊ぶために…
まさか。ヒロノブさんって、そんな人じゃないと思う…
ずっと騙されてたんだ、あたし…
馬鹿みたい…
そんなふうに自分を言っちゃだめよ。
そうだ。何か食べよっか?
あたしが、みどり豆風のオムライス作ってあげる…
ううん。食欲なんかない…
じゃあ、いつもの aiko でも歌う?
歌ったら少しスッキリするわよ。
やめて。aiko の名前は出さないで…
aiko は哀子… 悲しみの子...
よけい切なくなっちゃうから…
・・・・・
グスン... グスン...
ねえ…
もう、諦めたら?
え?
もうこれで終わりにしちゃえば? ヒロノブさんのこと…
あたし、ママのこと可哀想で見てられない…
な、なに言っちゃってるの、深代ちゃん…
もう居なくなった人だと思えばいいのよ…
例えは悪いけど、もう死んだ人なんだって思えば…
・・・・・
ごめん…
ちょっと言い過ぎたかな…
ううん…
気にしないで、深代ちゃん…
あたしだって分かってるの…
いつかヒロくんが、あたしから去っていくことくらい…
だけど... だけどね...
だけど?
あたし…
ヒロくんのことしか考えられないの…
例えヒロくんが死んで、この世からいなくなったとしても…
あたし…
ヒロくんのことしか、考えられない…
良ちゃんママ…
笑えるでしょ?
だけど仕方がないのよ…
好きなんだもの…
カランカラン♫
(ドアの開く音)
わたしは今、生きている…
ひ、ヒロノブさん!
人を勝手に殺さないでください…
話、聞いてたの?
はい、ドアの向こうで。
ヒロくん...
すみません。行先も告げずに出かけてしまって…
いったい、どこに行ってたの?
どこで何をしてたの?
話しても、信じてもらえるかどうか…
話さないことには始まらないでしょ?
ちゃんと説明してあげてよ!
良ちゃんママがどんだけ悲しい想いをしていたことか…
わかりました…
では話しましょう…
かくかくしかじか…
は?
トラとハイエナとオランウータンと白い象と一緒にいた?
はい。いかにも。
この局面でよくそんなデタラメな話が出来るわね!
しかも真顔で長々と!
ママ、泣いちゃってるじゃない!
グスン... グスン…
本当のことなんです…
しかもそのあと、無数の子犬に囲まれて…
無数の子犬?
十や二十なんてもんじゃありません…
無数の可愛いワンちゃんの群れです…
あれはまるで、この世の極楽みたいでしたね…
そんなの信じられない…
ありえないわよ…
ん?
どうしたの?
ヒロくん…
さっき「トラとハイエナとオランウータンと白い象」って言ったわよね?
はい。
その後が、無数の子犬?
いかにも。
そんなの嘘に決まってるじゃない。
見てよ、あの顔…
どっからどう見ても、嘘つきの顔。
ううん。ヒロくんは嘘なんかついてない。
え?
「トラとハイエナとオランウータンと白い巨象」とは…
これのことよ…
『鳥獣花木図屏風』伊藤若冲
ええっ!?
そして「無数の子犬」とは…
これのこと…
『百犬図』伊藤若冲
どっちも若冲じゃん…
つまり、ヒロくんが行っていたところとは…
大分のキャバクラでも別府の温泉でもない…
そう。福島です。
福島で開催されている若冲展へ、取材に行っていました…
福島? 取材?
仕事なら、なぜ黙って…
守秘義務です。
ヒロくん… ごめんね…
あたし、ヒロくんのこと疑ってた…
いっつもヒロくんのこと信じてるとか言ってたくせに…
いざ姿が見えなくなったら、裏切られたって思ってしまった…
いいんですよ。気にしてませんから。
ヒロくん…
あ、お土産があるんです。
お気に召すかどうか…
なにこれ?『老松白鳳図』?
どんな絵だったっけ? ド忘れしちゃった…
ちょっと今は何ですので…
あとで開けてみてください…
『老松白鳳図』?
ハッ!
あー、たいへーん!
なによ急に。どうしたの?
レモン切らしちゃったの忘れてたわー!
ちょっと買い出しに行ってくるから、15分ほど留守番お願いしてもいいかしらー?
なによその棒読み。ばっかじゃないの?
うふふ。じゃあちょっと行って来るね…
ごゆっくり…
カランカラン♫
(ドアの閉まる音)
ドウシテ... ドウシテ ダメナノ?
イイジャナイ ヒロクン...
チョットダケ...
チョットダケテ サワラセテ…
ヒロクン...
あらあら。
一時はどうなることかと思ったけど、元サヤに復活したみたいね。
スースー... スースー...
つづく
参考文献
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