深読み セプテンバー・ソング 後篇その2「洋楽における"シャッター"の意味とは?」
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2019年9月1日(日曜)
スナックふかよみ
完璧な歌詞と映像ね。よく出来てる。
だけどまだ彼は「計画」の存在に気付いていない。
夜が明けて、シャッターに残された書きかけの文字を見てから、彼の中で「空白を埋める」作業が始まるんだ。
プランは大事です…
明確なプランが無ければミラクルは起きないのです…
ラグビーにおいても、人生においても…
そうですね、マイケルさん。
行き当たりばったりでは、勝利の果実を手にすることはできませんから…
それでは2番を見ていきましょう。1分11秒からです。
屋上へ逃げた彼女は、そこで赤いライトに照らされながら、静かに夜が明けるのを待っていた。
窓から外を眺めていた彼は、自分が「見た」ことについて考え始める。
そこで歌われる歌詞がこれ。
Sometimes I think that I see your
Face in the strangest of places
Down on the underground station
Passin' by
素晴らしい…
JPクーパーは天才的詩人です…
なんで?
時々ボクは思うことがあるんだ
どこか変な場所でばったりと
キミの顔を見るんじゃないかってね
たとえば地下鉄の駅とかで
行き交う人混みの中に…
でしょ?
別に普通じゃん。ただの未練タラタラ男のこと。
そうじゃないんだ。
ジョークのセンスと、言葉の選び方や並べ方のセンスが抜群なんだよ。
え?
続く歌詞を見れば、JPクーパーが何を言わんとしているのかが、よくわかる…
I get a mad sense of danger
Feel like my heart couldn't take it
Cause if we met we'd be strangers
You and I
とてつもなくボクは怖くなる
あまりにも辛すぎて認めることが出来ない
ボクらが見知らぬ他人同士になるなんて
ボクとキミが…
認めることが出来ない?
見知らぬ他人同士になる?
もしかして、これって…
そう。
2番の出だしは「イエスの裁判」と「ペトロの否認」を歌っているんだよね。
『大祭司の前のキリスト』
ヘラルト・ファン・ホントホルスト
『ペテロの否認』
ヘラルト・ファン・ホントホルスト
ホントだ…
そう言われれば、確かにそんな感じが…
詳しく歌詞を解説しよう。
まずは「ボク」は「変なところでキミの顔を見てしまうこと」への不安を語る。
喩えに出された場所は「the underground station」だ。
でも逮捕されたイエスが連行されて、ペトロが覗きに行ったのは「大祭司カヤパの官邸」でしょ?
そこに長老たちが集まって来てユダヤ最高評議会サンヘドリンが開かれたのよね?
地下鉄でも駅でもない。
英語の「station」の原義は「大勢の人が集まっている場所」という意味。
駅だけでなく官公庁などの公的機関や事業所なども「station」と呼ぶ。
最高評議会サンヘドリンが開かれる大祭司の官邸は、まさしく「station」だよね。
そして「underground」は、高い地位を意味する「higher-ground」のジョークになっています。
なるほど。そういうことか。
そしてJPクーパーはフレーズの最後に「Passin' by」を持ってきた。
これは、イエスの受難「Passion」を想起させるためだ。
メル・ギブソンの映画でも有名な「パッション」をね。
だからあの並びだったのね。うまい。
大祭司の官邸でイエスの裁判を覗いていたペトロは、女中のひとりに顔を見られ「あのナザレの人イエスと一緒に居ましたよね?」と問い詰められる。
でもペトロは「そんな人は知らない」と否定する。
それを三度繰り返して鶏が鳴き、イエスの預言「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」が成就した。
ミラクルを起こすためのプランその1…
使徒ペトロの裏切り行為。
さて、ドラマ映像に戻ろう。
夜が明けて朝になり、彼が部屋から下へ降りて来るシーンが描かれる。
ドアの張り紙がアヤシイわね。
これ見よがしに貼ってある。
TAKE NOTICE…
つまり「注意して見てください」ということだ。
何を?
「これから映し出されるもの」だね。
彼が向かいの工場の前に立った時に映し出されるものを、よく注意して見てくださいというメッセージなんだ。
別に「注意して見て!」なんて言われる必要もなさそうな感じだけど…
Be Realistic.
Pla・・・
「現実的になって。プラ…」でしょ?
それのことじゃないんだ。
あの張り紙と同じように、白い掲示が上に付いてるでしょ?
これのこと?
なんかところどころ文字が剥げてるけど…
そう。
この倉庫は「POLYTHENE BAGS」つまり「ポリエチレン製のビニール袋」の倉庫なんだ。
さっきのドアに貼られていた警告「TAKE NOTICE」は、これのことを言っていたんだよ。
素晴らしい…
JPクーパーは文学的ジョークのみならず理系ジョークまで使いこなす…
は? 理系ジョーク?
どゆこと?
ポリエチレンは…
こんな分岐構造をもちます…
なにこれ…
CH…十字架…
まさに「CHRIST(キリスト)」じゃん…
ポリエチレンとは、エチレン(CH₂-CH₂)が重合した構造を持つ高分子で、最も単純な構造をもつ高分子であり、容器や包装用フィルムをはじめ、様々な用途に利用される…
工場には欠かせない存在です。
マイケルさん、そっち系にも詳しいのね。
もしかして理系だったとか?
はい、深代サン。
わたしは以前、初芝電機トキワ府中工場でエンジニアをしていました。
ああ、だからマイケルさんはラグビーにも詳しかったんだ。
あそこ昔ラグビーが強かったもんね。
ば、馬鹿にしないでください!
今も強いんです!超名門チームです!
え? でも素人が監督やってるんでしょ?
あれは府中の名を借りた架空のチーム!
ちょっと待ってください…
この米津玄師『馬と鹿』の歌詞は…
というか、このドラマのストーリーって…
寄り道はよしましょう。
さあ『September Song』の2番の続きを。
あ、そうでした…
工場前で彼が呆然と立ち尽くして2番のBメロが始まるのよね。
1番のBメロとは少し歌詞の違うBメロが…
Still I play that mixtape every weekend
Got it repeating, got it repeating
今でもボクは週末になると
あのミックステープをプレイしている
わかるかな?暗唱できるほど繰り返しね
1番のとき同様に、この「毎週末プレイするミックステープ」とは、旧約聖書の「名曲」の数々をサンプリングして書かれた「福音書」のこと。
福音書はキリスト教誕生以来、週末になると教会などで繰り返し詠われ続けた。
いっぽうドラマ映像のほうでは、昨夜彼女が工場のシャッターに書いた「書きかけのメッセージ」を彼が目にし、彼の中で「漠然とした何か」が芽生え、彼は「それが何なのか」を必死に考え始める。
こんなことをしてみたり…
昨晩彼女がよじ登った街灯には「十字架」が投影されていたから、彼はこのポーズをとっているのね。
でもまだ自分が何をやっているのか気付いていない。
『十字架を運ぶキリスト』
エル・グレコ
その通り。
まだ彼は気付かないんだよね、自分の中に湧き上がってきているものが何なのかを…
そして次に、どこか別のシャッターに体を密着させて考える…
そういえば彼…
やけにあのシャッターに執着してたわよね…
まるであのシャッターに彼女のぬくもりが残っているんじゃないかって思うくらいに、身をぴったりと寄せていた…
彼女がメッセージを書き残したのも工場のシャッターだったし…
何なのコレ?
聖書とシャッターなんて関係ないでしょ?
関係なくはないんだな。
「シャッター」とは「イエス・キリスト」のことなんだよ。
え?
「shutter」と「shatter」の駄洒落です。
シャッターとシャッター?
どういうこと?
いわゆる「シャッター」を意味する「shutter」と…
「打ち砕かれる」を意味する「shatter」の駄洒落です。
『ルカによる福音書』において、イエスは自分を捨てられた要石に喩え、その石によって人々は「打ち砕かれる」と語ります。
20:18
すべてその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされるであろう。
それは旧約聖書の名曲『詩篇』の「サンプリング」でした…
詩篇34:18
主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる。
そして、救世主メシアを預言した『イザヤ書』の第57章にも「打ち砕かれし者」は登場する。
15 いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。 16 わたしはかぎりなく争わない、また絶えず怒らない。霊はわたしから出、いのちの息はわたしがつくったからだ。 17 彼のむさぼりの罪のゆえに、わたしは怒って彼を打ち、わが顔をかくして怒った。しかし彼はなおそむいて、おのが心の道へ行った。 18 わたしは彼の道を見た。わたしは彼をいやし、また彼を導き、慰めをもって彼に報い、悲しめる者のために、くちびるの実を造ろう。 19 遠い者にも近い者にも平安あれ、平安あれ、わたしは彼をいやそう」と主は言われる。
彼を導く「くちびる」の実?
救世主イエス・キリストが「口づけ」によって十字架に導かれることを預言したものだ。
ああ…
詩や洋楽の歌詞などで「シャッター」が出て来たら、だいたい「心を打ち砕かれし者」のことだと思っていい。
レナード・コーエンの『Coming back to you』の2番にも登場する。
しかも『September Song』と同じように「閉められた工場のシャッター」として…
『Coming back to you』と『September Song』は、歌詞も世界観も、よく似ています。
おそらくJPクーパーはレナード・コーエンの大ファンで、この歌を参考にしたのでしょう。
さて、2番もサビに入ってゆく。
そしてドラマ映像の彼も、何かに導かれて「屋上」へと向かう…
いよいよ彼が「計画」に気付く時がやってくるんだ…