我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?vol.42 ~深読み 長渕剛の『とんぼ』~
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1989年x月x日(日曜)
深読み探偵学校 東京本校
いったいどういうことなんだ?
教えてくれ、クリス君。
いいだろう。何から解説しようか?
うーむ、そうだな…
それなら『とんぼ』で最も多くの人に感銘を与えたシーン「蕎麦屋の説教」で使われた久保田利伸の歌からかな。
ふふふ。そう来ると思ったよ。
では解説しよう。久保田利伸の曲『RANDY CANDY』が使われる、蕎麦屋の説教シーンのすべてを。
まずは英二と舎弟のツネが、ベティ・ブルーの話をするところから始まる…
「インディアンが持っているのは1本の軽い槍です。その反対は?」の例え話は一般的に「いい話」とされているけど、よくよく考えてみると何だか変だよな。
「軽い槍」の反対は確かに「重い槍(思いやり)」だけど、インディアンを忘れてないか?
その通りだ。では「インディアン」の反対は?
インディアンの反対…
ボヘミアン?
「アン」がつけばいいってもんじゃないぞ岡江クン。
しかもボヘミアンは反対どころかインディアンと似たような存在だ。
じゃあ何なのさ、インディアンの反対って?
そんなこともわからないのかい?
あの蕎麦屋のシーンはヒントだらけだったじゃないか。
まず英二とツネは「ベティ・ブルー」の話をしていたんだぞ?
は? そこは「インディアンの軽い槍」とは関係ないだろ?
やれやれ。これだからまったく…
ドラマ『とんぼ』には無駄な場面など一切ない。
すべてのセリフ、すべての小道具、すべての描写に意味があるのだ。
蕎麦を食べ終わった後、英二は「ベティ・ブルー」の話を切り出した。
「BETTY BLUE」を「JACK AND BETTY」と言い間違えながら…
言い間違えの「ジャック・アンド・ベティ」にも意味があるって言うのかい?
たぶん英二が中学生時代に読んだ英語の教科書のタイトルと間違えただけだろ?
ひとつ聞くが、君はこの英語の教科書「JACK AND BETTY」の表紙を見て、何も感じないのか?
表紙? なんで?
やれやれ。君の鈍感力には恐れ入るよ。
ちなみに長渕剛演じる小川英二は「昭和31年(1956年)3月3日生まれ」という設定だ。
そして「JACK AND BETTY」が日本の中学で英語の教科書として使われていたのは、戦後から昭和36年(1961年)まで。
つまり英二はジャック・アンド・ベティ世代ではない。
細かいなあクリス君。
そして、言い間違いを指摘された英二は、ツネに「ベティ・ブルーへ行って話をしてこい」と命令する。
ツネはベティ・ブルーで働いている英二の妹あずさへの伝言だと勘違いし「あずささんにですか?」と聞き、英二は気まずそうに「そうじゃねえ」と言う。
ただならぬ雰囲気を察したツネは、恐る恐る「波子ママの方ですか?」と尋ねた。
しかしその瞬間「蕎麦屋のおばちゃん」によって会話が中断される。
そんなやり取りも重要なのか?
当たり前だろ。『とんぼ』を舐めるな。
「ジャック・アンド・ベティ」と「波子ママ」というキーワードがそろったことにより、満を持して蕎麦屋のおばちゃんが登場するのだ。
この場面の重要アイテムの1つ「らっきょう」を手にして。
あのラッキョウが重要アイテム?
わざわざおばちゃんが出してくれたのに、ツネも英二もラッキョウには無関心で、結局二人はラッキョウに手を付けなかった。
それが重要アイテムだなんて、話を盛るにも程がある。
「らっきょう」は、あの場面に「ある」ことが重要なのだ。
だから手を付けなかった。
そんなことしたら畏れ多いからな。
ラッキョウが畏れ多い?
何言ってんだよ。小林よしのりの漫画『救世主ラッキョウ』じゃないんだから。
「何言ってるんだよ」は、こっちのセリフだ。
君は「らっきょう」を見て、何とも思わないのか?
「らっきょう」の姿かたちを見たら、何か感じるだろう?
うん。美味しそう。
まったく君って奴は…
もういい。話を進めるぞ。
英二は「らっきょう」を出してくれたおばちゃんに対し、いきなり「おばちゃん、年いくつ?」と聞く。
初対面の女性に年齢を聞くなんて、ずいぶん失礼だよな英二は。
いくらヤクザでも、他人には礼儀、マナーってものがある。
君は何もわかっちゃいない。
長渕剛は明確な意図をもって、おばちゃんの年齢を尋ねたんだ。
明確な意図? おばちゃんの年齢なんて何の伏線にもなっていないだろ?
おばちゃんは英二に「もう孫が6人もいる」と答えた。
つまり「おばちゃん」ではなく「おばあちゃんの年」だと。
そして、照れながら顔を隠すように下を向く。
ツネのいる方向「画面斜め左下」に向かって…
おばちゃんが「孫が6人いる年齢」であることや、画面斜め左下方向に頭を下げることにも意味があると?
僕は最初に言っただろう?
目に映る全てのこと、そして耳に聴こえる全てのことはメッセージだと。
そうだけど…
そして英二は財布を取り出し、おばちゃんに1万円札を渡す。
「孫におもちゃでも買ってやりなよ」と言いながら。
いつもは「これで旨いもんでも食いなよ」だけど、この時は「おもちゃ」だった。
まあ、場所が蕎麦屋だし、相手は孫が6人もいる「おばあちゃん」だからかな。
すると蕎麦屋の戸をガラガラと開ける音がして、大声でしゃべりながら高校生たちが入ってくる。
彼らは部活帰りらしくボストンバッグを手にしていた。
そしてボストンバッグを蕎麦屋の床へ投げるように置き、一番手前の席に座る。
それを英二は振り返って見ていた。
あんな怖そうな顔した人が店内にいるのに、気がつかない高校生たちも凄い。
その高校生たちは何の話をしていた?
久保田利伸だろ?
それはテレビをつけてからだ。
彼らは最初「アイドル」の話をしていた。
ナンノこと「南野陽子」と、元おニャン子クラブの「工藤静香」の話を。
ああ、そうだった。
ナンノは性格が悪くて、マネージャーへの態度もひどい…
その点、工藤静香はいいと言ってたな…
一般的なイメージとは少々異なるような気がするが、彼らは確かにそう言っていた。
ていうか、ドラマの中でこんな話題を出す方がひどくないか?
サザンオールスターズといい久保田利伸といい南野陽子といい、さすがに怒られるだろ。
君は何もわかっちゃいない。
なぜあそこで「南野陽子」の名前が使われたのか…
なぜ「性格・態度が悪い」と言われたのか…
そんなことに理由があるのか?
もちろんだとも。南野陽子の代表曲といえば?
代表曲? そんなの決まってるよ。
南野陽子といえば『楽園のDoor』だ。
そう。ここまでくればわかるだろう?
「楽園のDoor」と「性格・態度が悪い」といえば?
南野陽子?
やれやれ。
では南野陽子とは対照的に「性格・態度がいい」と言われた工藤静香の代表曲といえば?
決まってるさ。『MUGO・ん…色っぽい』だろ?
そうだ。これでもわからんか?
何が?
片方は性格・態度が悪く、片方は良い…
「陽だまりの窓辺から凍える街並み見下ろすの」「世界中が他人事なら傷つかずに過ごせるけど」と歌われる『楽園のDoor』…
「言いたいことならどれくらいあるかわからなく溢れてる。私、心はおしゃべりだわ」「言いたいことならあなたには後から後から溢れてる。私、意外とおしゃべりだわ」「なのに、いざとなると内気になる。遠い場所から何度も話しかけているのに」「目と目で通じ合う、そうゆう仲になりたいわ」と歌われる『MUGO・ん…色っぽい』…
なぜ部活帰りの高校生たちは、蕎麦屋で南野陽子と工藤静香の話題をした?
なぜ?
そういえば、高校生たちは最後に気持ち悪い声で「しずかちゃ~ん」って言ったな…
もしかして「ペヤング ソースやきそば」のCM「まろやか~あ」のオマージュ?
冗談は顔だけにしろよな。
ここまで言っても、まだわからんのか?
それはこっちのセリフだ。君こそ何が言いたいんだよ。
早く話を「久保田利伸」と「インディアンの軽い槍」まで進めてくれ。
仕方ない。ここまで言っても通じないのだからな。
君と僕は「そうゆう仲」になれないのだろう。
うへっ。気持ちわりい。
そんなに「そうゆう仲」になりたいのなら工藤静香となればいいだろう。
今すぐここに工藤静香を呼んでみろってんだい。
父よ、彼をお赦しください…
彼は何を言っているのか自分でわからないのです…
そっちこそ何を言ってるのか自分でわかってないだろ。
あとで吠え面かくなよ…
では蕎麦屋のシーンの続きを見て行こう。
高校生たちが騒いでいる間、他の客たちは「なんだこいつら? ここは静かに飯を食うところなのに、まったく場違いな奴らだ」とでも言いたそうな表情で見ていた。
もちろん英二も後ろを振り返り、ジッと見ていた。
自分からみて左後ろ、画面上では右後ろの方向へ振り向きながら。
さっきのおばちゃんといい、やけに君は方向にこだわるよな。
そこへおばちゃんがオーダーを取りにやって来る。
高校生たちは言いたい放題に注文すると、トイレに行く順番をめぐって「じゃんけん」を始めた。
その間、トイレから出て来た客が「通路上に無造作に置かれたボストンバッグ」の脇を、通りづらそうに歩いていく。
そういえば、高校生たちはペヤングみたいに4人じゃなくて、6人いたんだな…
おばちゃんの孫の数と一緒…
その通り、そうなんだよ。
よく気付いたな。君にしては上出来だ。
たまたまじゃないの?
たまたまなわけあるか。
さっきの「6人の孫」と「おもちゃでも買ってやりなよ」は、ここにつながっている。
つまり英二の預言が成就した形になっているんだ。
は? 預言が成就?
おもちゃを与えられる6人の孫が6人の高校生になったのか?
『とんぼ』第2話のタイトルは「いつかの少年」だ。
だから文字通り、時空を超えて「いつかの少年」が描かれる。
英二は初対面のおばちゃんに1万円札を渡し、理由もなく6人の孫におもちゃを買い与えさせた。
この英二の何気ない行動が、甘やかされた6人の高校生を誕生させることになったんだよ。
まさか…
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』じゃないんだから…
ははは。冗談だよ冗談。
しかし「おもちゃを与えられた6人の孫」は、あの「騒いで遊ぶ6人の高校生」とつながっている。
だから彼らは「じゃんけん」をしたんだ。
あのジャンケンって、そんなに大事なことなのか?
ふふふ。
そして「じゃんけん」に勝った1人が「のれん」をくぐってトイレへ行き、別の1人が無断で蕎麦屋のテレビをつける。
すると久保田利伸の曲『RANDY CANDY』のイントロが流れてきた。
ありえないくらいドンピシャのタイミングで(笑)
高校生たちは、割り箸をドラムのスティックのように手に持ち、リズムに合わせてテーブルを叩いていた。
ちなみに、あの時テレビで放送されていたのは、久保田利伸が1988年5月に代々木国立競技場第一体育館で行ったコンサート「KEEP ON DANCING」の映像だ。
あの日コンサートに行った深代姉さんから何度も話を聞かされたし、さんざんビデオも見せられた。
確か『RANDY CANDY』はオープニングを飾る1曲目…
しかし、そもそもこんなライブ映像、真っ昼間のテレビでやってるか?
深夜放送ならわかるけど…
だよな。
あの手のコンサート映像が放送されるのは、だいたい週末の深夜と決まってる。
それじゃあなぜ長渕剛は久保田利伸の『RANDY CANDY』を映像付きで使おうと考えたんだ?
明らかに無理筋な設定でさ。
簡単なことだよ。
蕎麦屋の説教「インディアンの軽い槍」には、どうしても「この曲」が必要だったのさ。
『RANDY CANDY』の映像の中に、重要なアイテムが映し出されているから…
また重要なアイテムか?
「らっきょう」の次は何なんだ?
つづく
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