第160話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉙「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅵ～『深読み ライフ・オブ・パイ＆読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
そんな昔話はどうでもいいですよ。
私たちが進めなければならない話とは何の関係もありません…
話って？
決まってるでしょう。ポール…
ん？
マッカートニー？
いや、そのポールではなかったと思いますが…
じゃあ、モーリア？
ちょっと違うような…
ﾊﾟﾁﾝｯ！思い出した！
牧よ牧！
うーん… だったかなあ……
うふふ…
（マズい… 我々のいる「現在」が別のものに置き換えられようとしている… これまでの記憶や思い出が、すべてなかったことになろうとしている…）
ていうか、あたしたち…
ここで何してたんだっけ？
♫帰って来いよ～帰って来いよ～♫
♫帰って来～い～よ～♫
あー、それ超なつかしいー。松村和子ね。
ん？
（えっ…）
岡江がお帰り～
ふぉーっふぉっふぉ。
（！？）
僕たちが何をしてるかって、深読みに決まってるでしょ。
いやだなあ、姉さん…
そうよね…
あたしったら何を当たり前のこと聞いたのかしら…
ん？ 姉さん？
やめてよ岡江クン。「姐さん」なんて呼ばないでくれる？
ただでさえ「あの店のママは大物ヤクザの女らしい」って噂されてるんだから…
あ… ごめん…
そうだった… 言っちゃいけないんだったね…
ねえさんって…
（いったい何が起こったのだ？ 過去が修正された？ いったい誰が？）
ぽえーん。
（彼が… あたしの弟… そんな馬鹿な… それじゃあどうしてパパは…）
ゆく河の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず…
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし…
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし…
人は人として、人と出会い、人に迷い、人に傷つき、人と別れる…
それが世の習い、そしてそれが「愛」の本質じゃ…
人として…
僕の… 父…
僕のちち？
ああ、チチのことね。
え？
だから、チチでしょ？
あたしの自慢のチチ。
どうして… どうしてあたしの… パパは…
んもう、文代さんったら。オヤジギャグなんて、やめてよ～
パパじゃなくてチチ（笑）
・・・・・
あ、私もお願いします。なんだか無性に喉が渇いたなあ。
わしにもくれ、深代ママのチチを。
しばらく見てないからのう。元気にしておるじゃろか？
んもう！一度も見てないでしょ！
誤解されるようなこと言わないでくれる！？
そうじゃったか？ それならわしの気のせいか。
ふぉーっふぉっふぉ。
・・・・・
まったくもう…
あたしの乳はまだまだ元気いっぱいなんだから…
年寄扱いしないで頂戴…
うーむ。美味じゃ美味じゃ。
お主もそう思わぬか？
深代ママのチチは、まさに禁断のチチ…
え、ええ…
・・・・・
あれ？
私たち、どこまで深読みしましたっけ？
ポール・サイモンの『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』を深読みしてたんですよね？
２番まで行きました…
ただ、歌詞の謎はまったく解き明かされていませんが…
ああ、そうでした。
なぜ１番でマグリット夫妻は、ホテルの部屋で服を脱ぎ捨て、裸のまま月明かりで踊ったのか…
なぜそれは４つのコーラスグループの歌に合わせてだったのか…
なぜ時代考証が無視されていたのか… マグリット夫妻は１９世紀末の生まれで、４つのコーラスグループは１９５０年代に活躍… それなのに夫妻が昔のレコードを聴くような描かれ方なのは、なぜなのか…
なぜ２番でマグリット夫妻は、クリストファー通りにある紳士服店のマネキンを見て涙を流したのか…
なぜマネキンは４つのコーラスグループの服装だったのか…
なぜ泣いている夫妻の上空には笑い声があふれていたのか…
なぜ２番だけ最後の「after the war」がフランス語なのか…
全然わかんない。わけわかめ。
今回ばかりは私にも全く見当がつきません…
いったい教官はどんな深読みを？
どうか、ご教授ください…
いいだろう。では、謎解きの時間としようか。
と、その前に…
もう一度この曲をよく聴いてもらいたい。
ポール・サイモンとキャリー・フィッシャーが共演したこのミュージックビデオの中にもヒントが隠されているのかしら？
もちろん。
だけどそれについては後程たっぷり話そう…
のちほど？
この歌は２通りの読み方が出来るようになっている。
１つは「ルネとジョルジェットのマグリット夫妻」を文字通り「夫婦」として読む方法…
実はこちらの方が「隠された読み方」なので、後でゆっくり解説する。
夫婦を夫婦として読む方が、隠された読み方ですって？
変なの…
トリッキーな歌だからね、この歌は。
ルネ・マグリットの絵もそうでしょ？
マグリットにはこんな名言もあるくらいだ。
目に見えるものはいつも別の見えるものを隠している
目に見えるものはいつも… 別の見えるものを隠している…
なんだかポール・サイモンが書く歌詞のことみたい…
だからポール・サイモンに限らず、多くのアーティストに愛されているんだよ、ルネ・マグリットの絵は…
なるほどね。
そしてこの歌のもう１つの読み方は…
「ルネとジョルジェットのマグリット夫妻」を…
「ひとりの人物」として読む方法…
マ、マグリット夫妻が、ひとりの人物？
そう。
しかし教官。ポール・サイモンは「they」と歌ってますよ？
「ひとりの人物」なんだけど「複数形」でもあるんだよね…
は？
そもそも「Rene」という名前の意味、知ってる？
「ルネ」の意味ですか？
ルネッサンスのルネ？
んもう。冗談はよし子ちゃん。
髭男爵じゃないんだから。
いや。それでいいんだよ。
「Rene」と「Renaissance」は、ほぼ同じ意味の言葉だからね。
え？ そうなの？
「Renaissance」はフランス語で「Re（再び）naissance（生まれる）」という意味…
そして「Rene」は、ラテン語の名前「Renatus」のフランス語形…
「Re（再び）natus（生まれる）」という意味だ…
どっちも「Re born」とか「Re birth」って意味…
まったく同じじゃん…
完全に同じではない。
「Rene」の方は宗教的なイメージを喚起させる言葉なんだ。
「Rene」には「洗礼を受けた」とか「聖霊で満たされる」というニュアンスが含まれる。
ちなみにスペイン語では「新しい王として生まれる」という意味もあるんだよ。
それって…
そう。
救世主、イエス・キリストのことだ。
『ヨルダン川での洗礼』
ミケランジェロ
なんてこった…
「Rene」はイエス…
だからルネ・マグリットは、自画像にこんなタイトルをつけた…
「人の子」というタイトルをね…
『The Son of Man』
Rene Magritte
あの林檎は…
神が自分に似せて作った人間アダムが、楽園で食べてしまった、禁断の知恵の果実…
その通り。アダムはイエスの予型…
イエスの十字架は、アダムの墓の上に立てたられたからね。
「ルネ」がイエスなら「ジョルジェット」って名前の意味は？
「Georgette」という名前は…
「農夫」という意味の名前「George」の女性形…
え！？ ジョージって「農夫」という意味だったの？
そうだよ。
それじゃあ高橋ジョージは高橋農夫で、所ジョージは所沢農夫なの？
そうだよ。
おさるのジョージはおさるの農夫で、ジョージ・マイケルは農夫マイケル？
そうなるね。
なんでそんなダサい名前が大人気なの？
ジョージっていったら、様々な変形や女性形も含めて、欧米の諸言語でジョンと並ぶトップクラスの人気の名前じゃん！
欧米人はそんなに農夫に憧れてたわけ？
元々はギリシャ神話の最高神ゼウスの称号だったんだよ。
「Zeus Georgos」つまり「Zeus the Earth-Worker」…
「大地によって恵みをもたらす者」という意味だ。
ゼウス？
ちなみに弘兼憲史の「島耕作」は、ゼウスがモデルだと僕は睨んでいる…
「Georgos」は「大地を耕す」つまり「耕作」だし、ゼウスは生まれてすぐに「島」へ幽閉された…
そして強力な電気を発生させる「電機」を武器にし、ライバルたちを蹴散らして神々の頂点に登りつめ…
据え膳食わぬは男の恥とばかりに、正妻がいるにもかかわらず「女性関係が極めて派手」だった…
農夫も微妙だけど、こっちも微妙だわ…
しかしなぜゼウスの称号だったジョージは、歴代ローマ教皇の名前になったり、イングランドやジョージアなどの国のシンボルになったのでしょう？
それは聖ゲオルギウスの影響だね。
ゲオルギウス？
まだキリスト教がローマ帝国の国教になる前…
ゲオルギウスは、ユダヤ属州で、ローマ帝国の軍人だったギリシャ人の父と、キリスト教徒だったパレスチナ人の母の間に生まれた…
クリスチャンとして育ち、父と同じように軍人となったゲオルギウスは、白馬に乗った騎士として帝国内を旅しながら、各地で様々な功績をあげる…
その中で最も有名なのが、カッパドキアのドラゴン退治…
生贄に出された領主の娘を救い、その地の人々をキリスト教に改宗させたんだ…
だけど最後は、キリスト教を弾圧する王によって処刑され、殉教者となる…
棄教を拒んだ王妃と共に…
『聖ゲオルギウスの竜退治』
棄教を拒んだ王妃？
キリスト教を憎んでいた王に捕らえられたゲオルギオスは、さまざまな拷問を受けるが、棄教せずに耐えていた…
その様子を見ていた王妃は激しく感動し、自分もクリスチャンになりたいと望むようになる…
しかし、そのことを知った王は激怒…
王妃をゲオルギウスの目の前で、見せしめとして惨殺してしまう…
王妃は死の間際、ゲオルギウスに「私はまだ洗礼を受けておりません」と訴えた…
それを聞いたゲオルギオスは、王妃の信仰の厚さを祝福し、こう告げる…
「Oh, Sister... 貴方が今流すその血が洗礼となるのです」
天国を約束された王妃は満足げに息を引き取った…
そしてゲオルギオス本人も斬首され、殉教者となる…
王妃への最後の言葉、泣けるわね…
それにしても、あのドラゴン退治の絵…
どこかで見たような…
今僕らが深読みしている『HEARTS AND BONES』の次のアルバム『GRACELAND（グレイスランド）』のジャケットの絵だね。
ドラゴンが省略されているけど、あれは聖ゲオルギウスなんだ。
アルバム『GRACELAND』は、聖ゲオルギウスのモチーフ「改宗・棄教・妃の悲劇」が、隠されたテーマになっているアルバムだから…
「妃」といえば、レイア姫…
そういうことだったのね…
だからポール・サイモンは、「グレイスランド・コンサート」のステージに…
キャリー・フィッシャーとの新婚旅行で被っていた、思い出の「阪神タイガース」の帽子を…
そういうこと。
だから今回の曲『Rene And Georgette Magritte With Their Dog After The War』では「Georgette」のモチーフは展開されない。
次のアルバムで、たっぷり展開されるから。
なるほど…
では「ナイトドレスを脱ぎ捨てたルネとジョルジェット」とは？
なぜ二人は「月明かりの下、裸で踊った」のでしょう？
簡単さ。
ポール・サイモンは「ある絵」のことを歌っている。
絵？
この歌は１番２番３番それぞれが、ルネ・マグリットの有名な絵を元ネタにして作られているんだ。
１番は、この絵のことだよ。
『Shadow of Woman』
Rene Magritte
裸の女の影が… ハト？
この絵こそ、この歌の主人公「Rene and Georgette」の姿を描いたものに他ならない。
その人物は、人の姿をしているけど「人」ではない…
中身は「鳩」… つまり「聖霊」だ…
神の力によって「聖霊」が「人の子」の形をとったものだから…
つまりイエス・キリスト…
それで「ふたりでひとり」なのね…
Ａ面最後の曲『SONG ABOUT THE MOON』でも解説したように、このアルバムにおける「MOON」とは「主」のことだった…
だから月光が「人」にあたり「鳩」のシルエットが映し出されているわけだ…
この人物こそが「キリスト」であることを示すために…
なんてこった…
だからポール・サイモンは、この「ふたり」が「with the dog」だと歌ったんだね。
「DOG」とは「GOD」のこと…
「子」と「聖霊」には「父」が付き物だから…
では「after the war」は？
こちらも「dog」と同じ「逆さ言葉」のトリックだ。
「war」とは「raw」のこと…
つまり「after the raw」という意味だね。
after the raw？「生身の後に」ですか？
そうだよ。
だってポール・サイモンは、こう歌ってるでしょ？
Returned to their hotel suite
And they unlocked the door
Easily losing their evening clothes
仮の宿である部屋に戻って来て…
入口の戸を開けたままにしておいて…
身にまとっていた薄手の生地の織物を脱ぎ捨てた、と…
どゆこと？
あっ！
これって「復活」のことですよ！
え？
十字架刑のあとイエスは亜麻布で巻かれ、ゴルゴダの丘の中腹にあった岩穴の墓に収められ、その室内で二泊三日を過ごしました…
そして復活した際、入口の岩戸は開けっぱなしにされ、遺体をくるんでいた亜麻布は、石棺の上に無造作に脱ぎ捨てられていたんです！
『墓の中で脱ぎ捨てられた布を見たペテロとヨハネ』
ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ
その通り。
でもなぜ「月に照らされて踊る音楽」が４つのコーラスグループなの？
ザ・ペンギンズ、ザ・ムーングロウズ、ジ・オリオールズ、そしてザ・ファイブ・サテンズ…
この４つは決してポール・サイモンが適当に選んだものではなく…
しかも名前が出される順番にも重要な意味がある…
いったいどういうことなのかしら？
そう。この４つのグループでなければならないし、この順番でなければならない。
これは非常に重要なことだ。
４つあって、順番が決まっているものといえば…
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ？
それじゃあ「１つのグループ」になっちゃうよね？ ４人で一組だから…
それにイエスは福音書でダンスは踊れない。
なぜなら、四福音書はイエスの死後、ずいぶん経ってから書かれたものだから…
あ、そっか… じゃあ何だろ…
よく考えてごらん？
大事なものを忘れているから…
大事なもの？
つづく
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