深読み JOKER(ジョーカー)⑰「MANIC STREET PREACHERS ~Everything Must Go~」
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2019年12月X日
パリ、モンマルトル
深読み探偵学校フランス校
エレキギター、エレキベース、ドラム、そして「EVERYTHING MUST GO」のフレーズ…
ここまで揃えばもう間違いない…
映画『JOKER』の冒頭シーンは、MANIC STREET PREACHERS(マニック・ストリート・プリーチャーズ)の「この歌」を伝えようとしている…
ん?
そう言われてみれば、何だか似ているような気がするな…
だろう?
『Everything Must Go』のミュージックビデオは、まず「壊れたカセットテープ」が映し出される。
ラベルにはバンド名が書かれているので、これはマニックスが以前に録音したもの、つまり彼らの「過去」を表していることがわかる。
しかし、黒い磁気テープが外に出てしまっていて、もう音を聴くことが出来ない状態だ。
『JOKER』の予告編は、ゴッサムシティ保健衛生局のソーシャルワーカーによる聞き取りシーンから始まる…
Arthur... Does it help to have someone to talk to?
アーサー、誰かに話すことで楽になるんじゃないかしら?
これに対しホアキン・フェニックス演じるアーサーは、意味深な笑みを浮かべた…
市当局による聴収だから、当然この会話は録音されている…
映画『JOKER』は1981年頃という設定だから、その媒体は「カセットテープ」だ。
そして次に映し出されるのは、アーサーが街の中を歩く姿…
路上のあちこちには放置されたゴミ袋の山があった…
外に放置されていた回収されることのないゴミは「黒いビニール」の中…
つまり、誰も中を覗くことの出来ない「過去」を意味する…
まさに「カセットテープから外に出ていた黒いテープ」だ…
あの状態ではもう、録音されていた「何か」を聴くことは出来ない…
「何か」ではないわよね。
えっ?
カセットのラベルには「MANIC STREET PREACHERS」と書いてあるでしょ?
これはどういう意味?
マニック・ストリート・プリーチャーズが過去に録音した音源、ということですよね?
そうじゃなくて「MANIC STREET PREACHERS」という「言葉」がどういう意味なのか聞いてるの。
バンド名?
「MANIC」とは「狂騒・躁状態の」という意味…
「STREET」とは「道・街」という意味…
そして「PREACHER」とは「説教者・伝道者」という意味…
つまり「MANIC STREET PREACHERS」とは「イカれた街の伝道者」だ。
あっ…
やっとわかったか、Ǒkaē Mont(オカエ・モン)…
「MANIC STREET PREACHER」とは「ジョーカー」そのものなんだよ。
マジか…
そして「狂った街の伝道者」と書かれている「壊れたカセットテープ」の次に映し出されるのは…
このミュージックビデオで象徴的に扱われる重要な「2つのモノ」の内の1つ…
「ある時刻で止まった時計」です…
ある時刻で止まった時計…
そういえば『JOKER』にも…
そう。
いつも「11時11分」になっている時計だな。
あれは何の意味があるんだろう…
そもそもなぜ「11時11分」なんだ?
なぜだと思う?
Leonard(レオナール)、君はわかるのかい?
もちろんだとも。当ててみたまえ。
うーむ…
アーサーに何か重要なことが起きた時刻なのかな…
だけど映画には、それらしきシーンは出て来ないし…
そうだな。「11時11分」に何かが起きたなんてことは言及されない。
それじゃあ「時刻」ではなく別のものを意味している可能性もあるな…
たとえば「日付」…
「11時11分」ではなく「11月11日」…
11月11日? そりゃ何の日だ?
「11月11日」といえば、第一次世界大戦の終戦記念日…
あるいは、ニューヨーク市が記念日として制定している、『猫のゆりかご』『タイタンの妖女』『スローターハウス5』『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを : または、豚に真珠』などで知られるアメリカの作家 Kurt Vonnegut(カート・ヴォネガット)の誕生日…
やれやれ。村上春樹じゃあるまいし。
じゃあ何なのさ?「11時11分」って。
他にもあるだろう? 時刻や日付みたく一桁や二桁の数字が2つ並んでるものがさ。
それが「11時11分」の答えだ。
『JOKER』のトッド・フィリップス監督は、マニックスの『Everything Must Go』の時計から「11:11」という数字を読み取り、それを応用したというわけさ…
だけど「時刻」が異なる。
『JOKER』は「11時11分」だけど『Everything Must Go』の時計は「6時半」だ。
確かに時計は「6時半」で止まっていた。
しかし『Everything Must Go』の時計は「11:11」とも読めるんだ。
もしかして、ボーカル James Dean Bradfield(ジェームズ・ディーン・ブラッドフォード)が付けてた腕時計の時刻のことか?
残念ながら「11時11分」ではなく「5時39分」だぞ。
ふふふ。そうじゃない。
あの大きな時計には「何か」書かれていたよな?
文字盤の数字以外にも「何か」が…
時計のブランド名のこと?
確か「CHAPEL & SON」と書かれていたけど…
その通り。しかし、そんなものはない。
は?
時計メーカーやブランド名に「CHAPEL & SON」なんてものは無いんだよ。
お前はそんな名前の時計を聞いたことがあるか?
いや… 「○○&SON」という名前のメーカーは色々あるけど「CHAPEL & SON」なんて聞いたことがない…
つまり嘘のブランド名ってこと?
これはいったいどういうことなんだ?
簡単なことさ。
目に映るすべてのコトはメッセージ…
「CHAPEL & SON」という言葉は「あるもの」を意味している。
それが「11 : 11」なんだ。
メッセージ? 暗号ってこと?
レオナール、よくここに気付きましたね。
あなたのレポートを見て、わたくしは感心しました。
へへへ。こんなもの俺にとっては楽勝さ。
朝メシ前ってか(笑)
うふふ。なるほど。そういうことね。
そこまでは私も気付かなかったわ。
えっ?もうわかったんですか?
よーく考えてごらんなさい、時計のブランド名を…
そうすれば自ずと「11:11」という数字が浮かんでくるはずよ。
「CHAPEL & SON」ですよね…
またアナグラムかな…
うひひ。どうかな?
「&」は「G」の小文字「g」に似ているから「CHAPEL g SON」…
つまり、We Are Augustines(オーガスティンズ)の『Chapel Song』?
おいおい。ずいぶんマニアックなもの引っ張り出してきたな(笑)
だけどこのMVと歌詞は『JOKER』っぽくないか?
突然キスする男女…
道路わきに山積みになった黒いビニールのゴミ袋…
そして歌の中の主人公「俺」は、自分を「leaf(リーフ)」だと言う…
ホアキン・フェニックスは若い頃「Leaf Phoenix(リーフ・フェニックス)」という芸名だった…
そして「俺」はこう嘆く…
幸せそうにしてる連中が集うチャペルは、美しく輝くリンゴが詰まった綺麗なカゴ…
だけど今の俺は、痛んで腐ってしまった果物が詰め込まれた惨めなカゴ…
そうそう。これも『JOKER』っぽくないですか?
対照的な果実が入っている2つの籠…
とても興味深い歌詞ですよね…
確かに『JOKER』っぽいですけど、よく考えてみてください。
オーガスティンズの『Chapel Song』は「2011年」の作品…
マニックスの『Everything Must Go』は「1996年」の作品…
つまり「CHAPEL & SON」が「Chapel Song」であることは、ありえない…
そうか…
じゃあ「CHAPEL & SON」って、いったい何を意味しているんだろう…
俺が察するに、どうやらお前はそもそも「CHAPEL」の意味自体がわかっていないようだな。
チャペルの意味?
「礼拝堂」って意味だろ?
このトンマめ。それは「後付け」された意味だ。
そもそも「CHAPEL」とは「外套(マント)を保管する建物」という意味なんだよ。
マントを? なぜ?
聖マーティンこと、トゥールのマルティヌス…
は?
軍人だったマルティヌスは、ひとりの物乞いの男に声を掛けられた…
物乞いの男は、下腹部だけを隠した半裸状態…
その姿を見たマルティヌスは哀れに思い、自分が身につけていた外套を切り裂いて男に与えたの…
そして、切り裂いた外套の残り部分を保管した建物を、人々は「チャペル(外套を保管する建物)」と呼んだ…
これが礼拝堂をチャペルと呼ぶ由来…
『San Martín y el mendigo(聖マルティヌスと物乞い)』
El Greco(エル・グレコ)
この話に出て来る外套がチャペルのルーツ?
切り裂いたマントの残りがなぜ礼拝堂の名前に?
実をいうと、マルティヌスが外套を切り裂いて与えた物乞い「下腹部だけを隠した半裸の男」とは、イエス・キリストだったんだ。
は?
まだ気付きませんか?
この話はイエスの十字架刑の時の逸話の再現になっているのですよ。
あっ…
イエスの上着は切り裂かれてローマ兵に分け与えられた…
なぜなら旧約ダビデの詩篇で、そう預言されていたから…
『Crucifixion(磔刑図)』
Andrea Mantegna(アンドレア・マンテーニャ)
イエス・キリストは、しばしば人々の前に現れた。
下腹部だけを隠した半裸の姿で…
しかも、それは死後だけではなく生前も…
生前?
キリストは永遠。時空を超越した存在だ。
母親であるマリアが3歳の時、巫女としてエルサレム神殿に捧げられた日も、階段に腰かけてその光景を見届けていたという…
未来の母の姿を…
『マリアの奉献』ドメニコ・ギルランダイオ
マジか…
自分が生まれる前の母親に会いに行くって、まるで『BACK TO THE FUTURE(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』じゃんか…
「まるで」ではなく「そのもの」です…
え?
気にせず話を続けて。
はい…
それにしてもなぜこの話が「11:11」になるんだ?
聖マルティヌスと何の関係もないだろう?
おいおい。本気で言ってるのか?
フランス人が大好きな聖マルティヌスの祝祭「サン・マルタンの日」は何月何日だ?
あっ…
11月… 11日…
そーゆーこと。
「CHAPEL」という言葉が意味する数字は「11 : 11」。
だから映画『JOKER』の中の時計も「11時11分」なんだな。
だけど何のためにマニックスはそんな暗号を?
そして、なぜそれが『JOKER』に影響を与えることに?
さっぱり意味がわからない…
まあまあ、そう焦りなさんな。
モノゴトには順序ってヤツがあるんだ。
まずは『Everything Must Go』のMVの続きを読み解いていこう…
つづく
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