シン・日曜美術館『夏目漱石の坊っちゃん』⑩
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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
漱石は、いったい何の意図があって、あんなふうに書いたんだろうね?
わからん…
しかしどこかにヒントがあるはずだ…
第一章の深読みを続けよう…
母親の死後五年間は、変わらない日々が続く。
毎日のように父にしかられ、兄とケンカし、乳母のような清(キヨ)さんだけから優しくされて褒められる日々だ。
だけど同時に清さんは、口癖のように坊っちゃんにこう言っていた。
「あなたはお可哀想だ、不仕合(ふしあわせ)だ」
ひたすら坊っちゃんを全肯定してアゲておきながら、同時に、ネガティブなことを言って落とす。
そして、例によって坊っちゃんは、その言葉の意味を深く考えることなく鵜呑みにし、自分は可哀想な人間、不幸なんだと思い込んでしまった。
この後に清さんは、ただの奉公人という立場でありながら、坊っちゃん家の遺産相続問題に強い関心を抱いていたことが明らかにされるよね。
跡継ぎの長男を無能だと決めつけ、全ての財産を相続するにはふさわしくない人間だと考えていた。
もしかすると清さんは、坊っちゃんの脳内に「父から認めてもらえない不幸な息子」というイメージを植え付けて不信感を増幅させ、一家の分裂を図ろうとしていたんだろうか…
そうかもしれん。
全肯定しまくってから全否定するのはマインドコントロールの常套手段、まさに洗脳だ。
実際、坊っちゃんの家は崩壊し、すべては清の望む通りになった。
つまり清は「ワタナベ」ということ…
わたなべ? 清さんの苗字は「渡辺さん」なの?
そうじゃない。
僕の故郷イギリスでは、モノゴトを思い通りの状態に持っていくために裏で糸を引く黒幕のような存在を「ミセス・ワタナベ」と呼ぶんだ。
なぜ日本人の名前なんだい?
しかも、日本人の代表的苗字「スズキ」でも「サトウ」でも「タナカ」でもなく、なぜ「ワタナベ」?
この「ワタナベ」という呼び名は、ロンドンの金融街シティから広まった。
かつて金融政策交渉のために日本からイギリスに送り込まれた財務官僚「ケン・ワタナベ」の名から取られたらしい。
英語が堪能で、よく切れる男だったそうだ。
ケン・ワタナベ?『はね駒』の渡辺謙みたいだな。
『はね〇〇〇』は良いドラマだった。
今なんて言った?
『はねこんま』だよ。何かおかしかったか?
いや、別に…
クリス君は『はね駒』を見たことあるの?
ロンドン校でルームメイトだったサイトーがビデオを持っていて、見ろ見ろとうるさいから見始めたのだが、すっかりハマってしまい結局全話見てしまった。
斉藤由貴が演じる主人公りんは、ちょうど坊っちゃんと同世代だったな。
なるほど。サイトー先輩は斉藤由貴が大好きだったからね…
だけど、その英語がペラペラでよく切れる男「ケン・ワタナベ」は、「ミスター」であって「ミセス」ではない。
なぜそれが「ミセス・ワタナベ」に?
これにはまた別の物語がある。
ロンドン市場が夜間で閉まってる間に、為替相場をあらぬ方向に持っていく謎の存在がいた。
調べて見ると、それは地球の裏側、つまり日本の平日昼間にマネーゲームに興じるバブリーな日本人主婦たちだったんだ。
イギリスでは、普通の御婦人方が相場に夢中になるなんてことはまず有り得ないから、多くの英国人は衝撃を受けた。
だから彼女らを、イギリス金融界で有名だった「ミスター・ワタナベ」に因んで「ミセス・ワタナベ」と呼ぶようになったわけさ。
なるほどね。
イギリス人は、モノゴトを思い通りの状態に持っていくために裏で糸を引く黒幕のような存在を「ミセス・ワタナベ」と呼ぶ…
面白いな。覚えておこう。
では『坊っちゃん』に戻ろうか…
ん?
どうしたんだい?
今、掛け軸のマドンナの目が、動いたような…
そんな馬鹿な。
いや、確かに今…
僕と視線が一瞬合って、慌ててそらした…
おちつけ。あれは絵だぞ。
絵に描かれた目が、実際に動くわけないだろ。
まったく『ルパン三世 カリオストロの城』じゃないんだから…
そうだよな…
そんなこと、あるわけがない…
誰かが峰不二子のように、あそこから僕らを監視しているなんてことは…
いった誰が何のために僕らを監視するんだ?
君は宮崎駿アニメの見過ぎなんだよ。だからそんな妄想をしてしまうんだ。
「誰かにずっと監視されている」なんて言ってると、危ない人だと思われるぞ。
さあ、三ツ矢サイダーでも飲んで、少し落ち着いたらいい。
うむ。すまん…
えー。失礼しますぞな、もし。
お、おせいさん!
何をそんなに驚いてるぞな、もし?
こ、このタイミング…
もしや… あの掛け軸のマドンナの… 動く目とは…
マドンナの動く目?
まぁ、どんな?
・・・・・
そうだ、おせいさん!
あのマドンナ像の作者「せいこ先生」とはいったい…
ああ、その話かね…
それは「すき焼き」の後でゆっくり話しますぞな、もし。
スキヤキ?
「坊っちゃんセット」の「すき焼き」を忘れてたぞな、もし。
お出ししたお品書きはミス・プリントだったぞな、もし。
そういえば、坊っちゃんと山嵐で「すき焼き」を食べるシーンがあったな…
山嵐が高級な牛肉を持参して来て、坊っちゃんが下宿の婆さんから鍋と砂糖を借りて、むさくるしい男二人で「すき焼き」をするんだ…
スキヤキか… そいつはいいな…
ちょうど小腹が減ってたところだ。
それでは、さっそく始めさせていただきますぞな、もし。
お砂糖を入れて、お野菜を入れて、お豆腐を入れて…
そして、お肉を入れて…
うわぁ。美味しそう!
仕上げに三ツ矢サイダーを…
ドボドボドボ…
な、何をしてるんだ、おせいさん!
そこはビールだろう!
ビールもサイダーも変わらんぞな、もし。
どうせアルコール分は飛びますんで、最初からサイダーでも一緒のことぞな、もし。
確かにそうかもしれないが…
僕は「ビール in スキヤキ」を食べたかった…
宮崎駿が「照樹務」名義で演出した『ルパン三世PARTⅡ』の第145話『死の翼アルバトロス』を初めて見た時から、ずっと「ビール in スキヤキ」に憧れていたのに…
あんれまあ。
囚われの身の不二子ちゃんが、航空機を買収するのが趣味の悪徳商人の前で、エマニエル夫人の真似をするやつぞな、もし。
おせいさん、アニメにも詳しいんですね。
アハハハハ。
さあ、そろそろ焼けてきました。いい頃合いぞな、もし。
よォし。五ェ門ばりに豪快に行かせてもらうぞ!
ズルいよクリス君!そんなに肉ばかり取って!
山嵐じゃないんだから!ネギも食えよ、ネギも!
うるへー。早い者勝ちだ。
ホグホグホグホグ…
いかがぞな、もし?
うむ。こいつはイケる。
三ツ矢サイダーのコクが効いてるぞ。
ホグホグホグホグ…
ああ、うまい。ではもういっちょ…
おやおや。その肉はまだ生焼けぞな、もし。
いいんだよ、おせいさん。いい肉は生でも食える。
モグモグモグ…
この世で最も強い寄生物は何か知ってるぞな、もし?
は?
あんたは耳なし芳一ぞな、もし?
この世で最も強い寄生物は何か、と聞いてるぞな、もし。
おせいさん、今は食事中…
何も僕がほとんど生の肉を食べてる時に、そんな話題をしなくても…
バクテリアかなあ? それともウィルス?
お、岡江君! キミまでそんなことを!
うんにゃ。アイデアぞな、もし。
アイデア?
アイデアちゅうのは…
一度芽生えたら、取り除けないぞな、もし。
ああ、なるほど。
清さんが坊っちゃんの脳に、父の極秘情報や将来像を植え付けたみたいに、ってことか。
こいつは一本取られたな。
おせいさん、中々うまいこと言うじゃないか。
ネタ帳にメモっておこう…
えー、〆はお雑炊とお饂飩のどちらにしますぞな、もし?
そんなもの決まってる。四国だから「うどん」の一択だ。
はいはい。それでは少々お待ちに…
失礼しますぞな、もし…
モグモグモグ…
いやー、ビールの代わりに三ツ矢サイダーを入れるスキヤキが、ここまで旨いとは。
合うのは天麩羅蕎麦だけではなかった。まさに奇跡の水だ。
キミも遠慮しないで食べたまえ岡江君。
食べたまえって、肉が全然ないじゃないか…
あっ!
どうした?
また掛け軸のマドンナ「せいこ先生」のこと聞くの忘れた。
なあに。うどんを取りに行っただけだ。すぐに戻ってくるから心配するな。
そうだね。それじゃあ『坊っちゃん』の続きをやろうか。
つづく
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