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深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第9話


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2024年2月某日
(主題歌の依頼から三日目)
新宿 スナックふかよみ




確かにうちは女性客が割と多い方だけど…

それでもやっぱり男性の方が圧倒的に多いわ。

さくらさん、それでもいいの?


いいのよ深代ママ。

いくらあたしが「行かないで」ってお願いしても、この人は聴く耳持たずで、もう埒があかないし。


・・・・・


だから米津さんのアイデアに、イチかバチか賭けてみる。

どうせダメもとだから。


正確に言うと、俺のアイデアじゃないんですけどね…

さっきのさくらさんの鼻歌を聴いた時に…


一蘭CMソングのこと?

あれは、あたしが即興で作ったものなんだけど…


いえ、気にしないでください…

こっちの話ですから…


なんかこっちまでドキドキするわ…

どうか、さくらさんのためにも、女の人が来ますように…


男か、女か…

世の中はそんな風に白黒ハッキリつくことばかりじゃありませんでしょう?


え?


ここは新宿2丁目…

見た目が男でも中身は女… その逆に、見た目は女でも中身は男というお方が大勢いなさる…

そういう場合は、どうなさるんで?


あ、そっか… 確かにウチのお客さんにも、そういう人たくさんいるわ…


米津さん、そういう時はどうなるの?

法的な性別? それとも自己申告?


そういう場合、元ネタではマックなんですけど…


マック? 何のこと?


いや、何でもありません…

性別不明の場合はパスして、その次の人にしましょう…

さすがに一晩中、性別不明の人ばかり来ることは無いでしょうから…



一時間後



そろそろ来るかしら… お客さん…


こういう日に限って誰も来ないなんて…

いつもならこういう時はお客さんのLINEに「今夜ヒマだから、お店に来て~」って送るんだけど、それはやっちゃダメでしょ?


そうですね… それだと賭けになりませんから…

もうすぐ誰か来ますよ…

必ず… きっと… 


おそらくこの賭けは、あっしが負ける…

最初にそのドアを通り抜けるのは「女の人」ですから…


え? どうして未来がわかるの秀次郎さん?


ですよね、米津さん?

やって来るのは男と女…

そして愚図愚図する男を尻目に、女の方が最初に通過する…


秀次郎さん、あの本を読んだことあるんですか?


ええ…

今から十年ほど前、あっしがムショに入ってた時、岡江の兄貴が差し入れに持ってきてくれたんです…

深読みの勘が錆びつかねえようにって…



そうでしたか…

でも「デュポンの賭け」と結果が同じとは限りません…

ここは渋谷じゃなくて新宿ですし…


Dupont のライター最大の特徴は、火をつけるための「円柱」がサイドにあること…

そして「人物と建物」が「ピンクとグレー」の「あの絵」にも、よく似た「円柱」がサイドにある…



デュポンのサイドには「円柱」がある…

そして「あの絵」のサイドにも、そっくりな「円柱」がある…



そもそも『ピンクとグレー』におけるライターのトリックは、横溝正史と大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』と同じもの…

だから映画版『ピンクとグレー』のオチは「空に消え去るライター」だった…

横溝正史と大林宣彦は「麦わら帽子」を空に飛ばしましたが、加藤シゲアキと行定勲は「ライター」を空に飛ばしたんです…



秀次郎さん… すごい…

あの作品を、そこまで読み解いていたとは…


なァに、これくらいのこと、深読み渡世人には朝メシ前…

いや、朝メシア前でござんすよ…


二人とも、さっきから何の話をしているの?

元ネタがどうのこうの、ライターがどうのこうのって…


いや、何でもありません…

こっちの話です…


また「こっちの話」なの?

いったい何なのよ「こっちの話」って…


「こっち」の話というか…「ごっち」の話…



秀次郎さん、うまい!


もう、わけわかんない…

女の人生がかかった大事な時だというのに、関係ない話ばっかりして…


男の人って、そうなのよね…

あたしも岡江クンと初デートした時、延々とフラ・アンジェリコの話をされた…


もう飲まなきゃやってられないわ…

深代ママ、ぬるめの燗のおかわり頂戴…

あと、炙ったイカも…


さくらさん、あんまり飲み過ぎないでね…

ここで酔いつぶれたら、元も子もないでしょ?


うん… わかってる…

深酒していいのは、沖のカモメだけ…


あら、さくらさん。うまい(笑)



八代亜紀の舟唄…

なぜお酒はぬるめの燗で、肴はあぶったイカで、女は無口な人がよくて、灯りはボンヤリ灯りゃいいんだろう?

というか、そもそもなぜ阿久悠は、居酒屋で飲んだくれる女とダンチョネ節を組み合わせようと考えたんだろう?


気になりますか?


ええ… というか秀次郎さん、その理由を知っているんですか?


「お酒はぬるめの燗がいい」とは「人肌の温かさ・女の胸のぬくもり」ということ…

「肴はあぶったイカでいい」とは「熱して湯気や煙が出たイカ」ということ…

「女は無口なひとがいい」とは「口答えしない女・男の言いなりになる奴隷のような女」ということ…

そして「灯りはボンヤリ灯りゃいい」とは「その女の部屋の天井には、ぼんやり光る小さな照明しかなく、部屋全体が薄暗い」ということ…


ん? これって… まさか…


その「まさか」でござんすよ…

『舟唄』の元ネタはフラ・アンジェリコの絵『受胎告知』…

夜明け前の『受胎告知』です…



そ、それじゃあ… 間奏で歌われる「ダンチョネ節」は…


沖の鴎に深酒させて、いとしのあの娘と朝寝するダンチョネ…

「カモメ」と「朝」といえば?


夜明け後の『受胎告知』…

聖霊や主の手がカモメに見える…



『舟唄』で歌われるダンチョネ節の元歌は、男女の立場が逆の「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」でござんす…

つまり阿久悠は「主」を「いとしのあの娘(マリア)」に置き換えた…


そうだったのか…

言われてみれば、そのまんまだ…

なぜ今まで気がつかなかったんだろう…


ですから、ひょっとすると「ダンチョネ」は「ダンヌンツィオね」の駄洒落である可能性も考えられます…

ガブリエーレ・ダンヌンツィオ(Gabriele D'Annunzio)という名前は、イタリア語で「受胎告知の天使ガブリエル」という意味ですんで…



「ダンチョネ」は「ダンヌンツィオね」の駄洒落?

そんな馬鹿な…


しかし阿久悠ならありえます…

阿久悠も名前が「悪友」や「〇ァックユー」の駄洒落ですしね…



確かに… 林檎殺人事件を書いた阿久悠なら、ありえるかも…



リンゴをかじると、歯茎から血が出ませんか?



うまい… 唐獅子だけにライオン…


また二人で訳の分からないこと話してる…

いつまで「こっちの話」をしているつもり?


あっ、さくらさん… すいません…

なかなかお客さんが入って来ないんで、つい…


どうしてこういう時に限って誰も来ないのかしら…

もうそろそろいい時間帯なんだけど…

いつもなら、終電を逃した人や、お店上がりの人が来る頃なんだけどね…


え? 今、何時ですか?


今? 1時だけど。


い、いちじ!? 大変だ…


大変って、どうしたの?


ハチワレが…


ハチワレ?


俺が飼ってる犬です…

今夜は遅くならないよって言ってきたのに…


ワンちゃん一人でお留守番してるの?

それはちょっと可哀想ね…


こんなに長居してるとは思わなかった…

急いで帰らなきゃ…


お達者で、米津さん…

またいつかどこかでお目にかかることもございましょう…


秀次郎さんも、お達者で…

誰かのために命を捨てるなんてことはやめて、さくらさんを大事にしてあげてください…


ありがとう、米津さん…

今度新宿へ来た時は、うちの店にも寄ってくださいね…

都営新宿線の新宿三丁目駅C8出口のすぐ近く、灰色がかった白い壁の建物で、壁にピンク色のラインが入っているのが目印だから…


はい、必ず行きます。小料理屋キリコでしたね。


それじゃあ米津さん、お身体にはくれぐれも気をつけて。


深代ママもあまり飲み過ぎないように。

それじゃあ、また来ます…



つづく




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