見出し画像

深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第8話


前回はこちら


2024年2月某日
(主題歌の依頼から三日目)
新宿 スナックふかよみ



さくらさんの「桜」って、馬肉のことだったの?

知らなかったわ…


うふふ。冗談よ冗談。

そんなわけないじゃない(笑)


なんだ冗談か… びっくりした…


兄も、あたしも、春の生まれだからよ。

春に生まれたから「寅」と「さくら」なの。



春だから「寅」と「さくら」?


米津さんは、どこから春が巡り来るのか知ってる?


どこから春が巡り来る?

えーと… 雪が溶けて、川になって、流れて行って、つくしの子が恥ずかしげに顔を…


うふふ。それはキャンディーズの『春一番』。

春は「寅」から巡り来るのよ。


寅から?


兄の名前「寅次郎」は、葛飾柴又 帝釈天・題教寺の御前様(ごぜんさま)が名付けました…

だからあたし、子供の頃、御前様に尋ねたことがあるんです…

なぜ兄はネズミ年生まれなのに寅なんですかって…



ちょっと待って。寅さんは「とら年」じゃなくて「ねずみ年」なの?


ええ。そうよ。

深代ママ、知らなかった?


てっきり寅年の生まれだから「寅さん」なのかと思ってた。

ていうか、普通そう思うでしょ。


そうよね。

あたしも子供ながらに変だと思ってたから、名付け親の御前様に聴いてみたんだし。

そしたらね、御前様がこう教えてくれたのよ…


そもそも「寅」とは動物の「虎」に非ず…

「寅」が「干支」や「虎」になったのは後世の後付けじゃ…


「寅」は「虎」ではない?


そう。あたしもそう聞いた時は「え?」ってなったんだけど、御前様の話を聴いたら「なるほど」って思ったの。

だって「寅」が「虎」なら最初から「虎年」にすればいいでしょ?

「ねうしとら」も「子丑寅」じゃなくて「鼠牛虎」でいいはず。


なるほど。言われてみれば確かにそうね。


御前様はあたしにこう教えてくれたわ。


元々「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」は「鼠牛虎兎竜蛇馬羊猿鶏犬猪」ではなく「世界の成り立ち」や「ものごとのサイクル」を表すものじゃった…

一年の移り変わりや、時間の移り変わり、方位・方角などを表すもの…


なるほど、ものごとのサイクルか…

確かにそうね…「丑三つ時」とか「鬼門の丑寅」とか言うもんね…


ものごとのサイクル「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」における「寅」は…

方角・方位では「東北東」…

一年では「春の訪れ・新春」…

一日では「夜明け前・未明・暁・曙」を意味する…


つまり「寅」は「東北東」であり「春の始まり」であり「夜明け前」なんですって。

葛飾柴又は東京の中心である宮城(皇居)から「東北東」にあり、兄が生まれた3月10日は「春の始まり」の時期であり、兄は「夜明け前」に車屋の玄関先に置いて行かれたからって…



そういうことだったんだ。


だから御前様も苦笑いしてた…

三月十日生まれだから「寅」と名付けたら、山頭火のような「酒好き、女好き、放浪好き、そして金なし」のフーテンになってしまったって…


へ? どういう意味?


放浪の俳人 種田山頭火の「さんとうか」と「三月十日」の駄洒落よ(笑)


三月十日? あ、そっか…


ちなみにラーメン屋さんの「山頭火」も、誕生日(創業日)が兄と同じ「三月十日」だから「さんとうか」なのよね…



そうだったんだ… あたしは山頭火よりも一蘭派だから知らなかった…



あら、深代ママも?

実はあたしも一蘭派(笑)

♬蘭、蘭、蘭、蘭、美味しい♬


そんなCMソング、あったっけ?


「寅」は「春のはじまり」で「夜明け前」…

それじゃあ、清少納言の『枕草子』も…


そう。あの有名な「春は曙」って「寅」のことなんだって。

御前様もそう言ってた。


「寅」は「春のはじまり」で「夜明け前」を意味する…

「寅」という字の成り立ちから考えれば、これは自明の理でございます。


漢字の成り立ちから考えると自明の理?

秀次郎さん、どういうこと?


漢字の「寅」には2つの由来があると言われています。

1つは「天に向かって弓を力いっぱい引いた状態」というもの。

それに「屋根・覆い」を表すウ冠「宀」がついて「満ち満ちた力が今にも覆いを破ろうとしている状態」を表すようになりました。

このイメージが「萌芽」につながることから、「寅」が「春のはじまり・夜明け前」を指すようになったといいます…



それじゃあ中国語の「寅」は英語の「spring」と同じってこと?

「春」を意味する「spring」も、元々は「スプリング(バネ・泉)」のイメージから「芽が勢いよく出る=春」になったって聞いたことあるわ。



中国とヨーロッパは遠く離れてますが、人間の考えることは同じなんでしょう。

もっとも、漢字や英語が作られた時代にも、人間は大陸の東西を行き来してましたから、言語が影響し合ったって不思議じゃあございません。


「寅」という字は「空に向かって弓を力いっぱい引く」という意味…

これって「TORAH」と…


トーラー?


末広亭で聞いた、ねづっちさんの謎かけですよ。

ヘブライ語で「法」を意味する「TORAH」と「トラ」の駄洒落。



ああ、あれね。それがどうしたの?



「TORAH」という言葉も、由来が似ているんですよ…

「TORAH」とは「法・教え・導き」という意味ですが…

そもそもの語源は「放たれたものが目標へ真っ直ぐ進む」というもの…



そうなの?

確かに「寅」とよく似ているわ…


寅とトーラー…

この話、御前様も言ってたような気がする…

あたしは小さかったから、何だかよくわからなかったけど…


どちらも「春の始まり」を意味する「寅」と「spring」…

そして、どちらも「放たれる矢」というイメージの「寅」と「TORAH」…

偶然とは思えない…


そして漢字の「寅」の由来、2つのうちのもう1つ…

それは「胎児」…


胎児? 赤ちゃんってことですか?


その通りでござんす。

この「胎児」説では、弓矢が「臍帯(へその緒)と胎盤」に…

そしてウ冠「宀」が、胎児を覆う「子宮」だとされています…



なるほど…

確かに胎児も「萌芽」のイメージと重なる…


古代中国において、ものごとのサイクルを表す「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」は「生命のサイクル」にも当てはめられました。

「子」は子種(ししゅ・こだね)が作られる期間…

「丑」は子種に生命のエネルギーが蓄えられる期間…

そして「寅」は子種が胎の中で「赤ちゃん」になり、外世界へ出て行く時を待つ期間…

このイメージが「萌芽」や「穴から出て来る虫や動物」につながって「寅=春のはじまり」になったとされています。


そうだったんだ…

「寅」は「天に向かって弓を力いっぱい引く状態」であり「妊娠中の胎児・萌芽直前の状態」というわけね…

漢字って、奥が深い…


奥の細道、奥飛騨慕情…

本当に奥が深うござんす…


『奥の細道』はわかるけど、なんで『奥飛騨慕情』なの?



んもう、この人ったら…

また訳の分からないこと言って…


谷間の白百合、そして雷鳥…

雨に濡れる『奥飛騨慕情』の奥深さは、なかなか説明できるものじゃありません…

ねづっち師匠なら、ものの数秒で「ととのいました」といくんでしょうが…


谷間の白百合… 雷鳥… 雨…


てゆうか、こんな話をしてる場合じゃなかったんだわ…

宇都宮へ行くのはやめなさいよ秀次郎さん。

大谷石か何か知らないけど、そんな石よりさくらさんの方が大事でしょ?


・・・・・


なぜそこで黙るのよ?

あたしより石の方が大事なの?


・・・・・


馬鹿っ!人でなし!

あんたなんかインコ大王に真っ二つに切られて死んでしまえばいいんだわ!


義理と人情を秤にかけりゃ…

義理が重たい男の世界…


またその歌…

あんたなんか幼馴染の観音様だって見捨てるわよ!


・・・・・


義理だか何だか知らないけど、誰かのために報復したって何も解決しないの!

終わることの無い憎しみの連鎖が繰り返されるだけ!

あんたの行きつく先は栃木の宇都宮でも鹿沼でもなく、修羅の地獄よ!


わたくしといふ現象は…

仮定された有機交流電燈の…


は?


地獄の先に、愛する者が住む楽園、天国がある…

ダンテの『神曲』もそうだったでしょう?



馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!

あんたなんか、もう知らない!


まあまあ、さくらさん… 落ち着いて…


だって深代ママ… この人ったら、あたしのことなんかこれっぽっちも…


勝負してみたらどうでしょうか?

二人で勝負をして、負けた方は勝った方に従う…


勝負? カラオケで?


いえ、カラオケバトルじゃなくて…

この店に次に入って来る人で賭けるんです…


次に入って来る人で賭ける? どういう意味?


もし男の人が入って来たら秀次郎さんの勝ち、つまりさくらさんは宇都宮行きを認める…

もし女の人が入って来たらさくらさんの勝ち、つまり秀次郎さんは宇都宮行きを諦める…

どうでしょうか?


おもしろそうね…

だけどもしカップルだったら?


いくらカップルでも男女がピッタリ同時に入って来ることはないでしょう…

必ずどちらかが先にドアを通過します…


なるほど、確かにそうね。その勝負、おもしろいかも。

あんたはどう?


Du Pont(デュポン)…


は? なんか言った?


・・・・・


返事が無いってことはOKってことね。

それじゃあ深代ママ、次に入って来る人であたしと秀次郎さんの未来を賭けさせてもらうわ。


いいの? そんなことで大事な未来を決めちゃって…


うん、いいの。

だってこのお店、女性のお客さんが結構多いでしょ?

深代ママを母や姉のように慕って通う女の人が…


確かにうちは女性客が割と多い方だけど…

それでも男性の方が圧倒的に多いわよ?


いいのよ深代ママ。

いくらあたしが「行かないで」ってお願いしても、この人は聴く耳持たずで、もう埒があかないし。

米津さんのアイデアに、イチかバチか賭けてみる。


正確に言うと、俺のアイデアじゃないんですけどね…

さっきのさくらさんの鼻歌を聴いた時に…


え?


いえ、気にしないでください…

こっちの話ですから…


なんかこっちまでドキドキするわ…

どうか、さくらさんのためにも、女の人が来ますように…


・・・・・



つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?