見出し画像

深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか!(『虎に翼』主題歌)』第7話


前回はこちら


2024年2月某日
(主題歌の依頼から三日目)
新宿 スナックふかよみ




あら、さくらさん。いらっしゃいませ。

今ちょうど秀次郎さんも…


やっぱり、ここにいたんだ…


え?


・・・・・



あんた… せっかくお勤めが終わって、ようやく帰ってきたというのに…

なんでまた…


・・・・・


帰ってきたら、あたしのお店で板前やるって言ってたじゃない…

二人で一緒に居酒屋やろうって…

なんでまた行っちゃうの?


・・・・・


ちょっと秀次郎さん…

さくらさんのお店で働くんじゃなかったの?

さくらさんは、あなたの帰りをずっと待っていたのよ?

店の外に黄色いハンカチを掲げて…



・・・・・


あたし、ずっと待ってたのに…

それなのに… また行くだなんて…


「行く」って、いったいどこに行くというの?


この人ね… 今度は「宇都宮に行く」って…


宇都宮?


宇都宮?


・・・・・


この人、あたしがどんな思いで帰りを待っていたかなんて、これっぽっちもわかっちゃいないんだから…

いくら心配してもあんたは、女を桟橋の金具くらいにしか考えてないんでしょ?


狐には穴があり、空の鳥には巣がある…

しかし深読み渡世人には、枕するところもない…


何バカなこと言ってんのよ!こっちは真剣なんだから!


もう二人とも、ケンカはよして頂戴…

宇都宮へ行くって、いったい何しに行くというの?


石で… ござんす…


石?


宇都宮… 石…

もしかして… 大谷石?



あっ、そっか…

米津さんの『駿と鹿沼』ミュージックビデオの地下世界も、宇都宮市の大谷資料館だったっけ…


深代ママ…

「馬夋と鹿沼」じゃなくて「馬と鹿」…



あ、ごめん…

宮崎駿が宇都宮と鹿沼に疎開していた頃の体験をもとに作った映画『君たちはどう生きるか』とごっちゃになっちゃった…



何の話をしているのかわからないけど、その大谷石なんです…

宇都宮で大谷石の採掘権をめぐる不正、非道な行いが横行しているらしくて…

どうしても義理立てしなきゃいけない人がいるんだとか…

その人のために、どうしても殺らなきゃいけない相手がいるって…



・・・・・


殺るって…

そんなことしたら、また網走行きじゃないの…



今度はもう一生出て来れないかもしれない…

あんたがいなくなったら、あたしはどうすればいいの?

あんたには、人の心、情ってものが無いの?


義理と人情を秤にかけりゃ…

義理が重たい男の世界でござんす…


馬鹿っ! 人でなし!

あんたなんか栃木の山の中で野垂れ死ねばいいんだわ!


まあまあ、さくらさん、落ち着いて…

そんなところで立ち話もなんだから、秀次郎さんの隣に座ってゆっくり話を…


ごめんなさい、深代ママ…

他のお客さんもいるのに、あたしったら恥ずかしい…

あの… 大声出して、すみませんでした…


あ、いいんです… 気にしないでください。


あたし、この近所で小料理屋を営んでいる者で、名前は さくら といいます…

キリコっていう小さなお店で…


キリコ?

『SONG OF LOVE』の?


『SONG OF LOVE(愛の歌)』
Giorgio de Chirico(ジョルジョ・デ・キリコ)


画家のキリコじゃなくて、硝子のキリコよ。

さくらさんのお店、器が全部「江戸切子」なの。



あ、そっちのキリコか。


あたし、生まれも育ちも葛飾柴又、下町だから…

江戸切子の職人さんとか、子供の頃から身近にいたのよね…


さくらさんって、旦那さんいますよね?


え?


葛飾柴又の御実家の裏にある印刷屋さんで働く旦那さん…

そしてさくらさんは御実家のお手伝いをしていたはず…

それなのになぜ新宿で小料理屋を?


そ、それは…


だめよ米津さん、そんなこと聞いちゃ…


あ、ごめんなさい… つい気になって…


いいんですよ、深代ママ…

本当のことなんだから、隠すのも変ですし…

確かにあたしの夫は実家の裏の印刷会社で働いていました…

だけど会社の経営が傾いてきて、最後は借金かかえて倒産してしまい…


え? タコ社長の会社が?


それから夫は酒に溺れて、人が変わったような性格になってしまいました…

夫婦仲もだんだんギクシャクしてきて…

結局、別れちゃったんです…


ひろしさん、ですよね?


そう… よくご存じで…

それからあたしは下町を離れ、ここ新宿で小さなお店を始めました…

そこに現れたのが、この人、秀次郎さん…


・・・・・


なんだか色んな話が混ざってるような…

『男はつらいよ』とか、『あにき』とか…



男はつらい? あにき?

何のことでしょう?


あっ、いえ… 何でもないです…

こっちの話で…


さくらさんは、いつものでいい?

ぬるめの燗で…


はい… あと、あぶったイカを…


ぬるめの燗… 炙ったイカ…

今度は『駅 STATION』だ…



え? また何か言った?


い、いえ… 何でもありません…


駅… ステーション…


いや秀次郎さん、いいんです…

俺の独り言なんで、気にしないでください…


深代ママ… マイクを…

一曲、歌いたくなりました…


一曲歌う?

わかった。

♬沖のカモメに深酒させてヨ~♬

でしょ?


♬いとしのあの娘とヨ~
 朝寝するダンヌンツィオね~♬


ダンヌンツィオね?


もとい。

♬団長ね~♬


それは団長(大門)じゃなくてターミネーター(T2)でしょ。



すいません…


もう、この人ったら… 本当に馬鹿なんだから…


ていうか、そもそも「ダンチョネ」って何なの?


「断腸の思い」の「断腸」だと言われてますが、定かではありません…


そうなんだ…

あ、歌は八代亜紀の『舟唄』ね。

ちょっと待ってて…


舟唄? なぜあっしが八代亜紀の舟唄を?


だって『駅 STATION』の歌でしょ?


ええ、そうですが…

駅 STATION といったら、この歌でしょう?


♬ In the white room with black curtains near the station ♬



あ、そっち?


深代ママ、ごめんなさい…

ホントこの人ったら、ふざけたことばっかり言って…

何度死んでも治らない馬鹿、大馬鹿者よ…


どうせあっしら深読み渡世人は、死んでも治らない大馬鹿者…

アス(ass)野郎でござんす…



(プッ。笑っちゃいけないど、ちょっとうまい…)


もうっ!人が本気で心配してるっていうのに!

あんたの身体に何かあってからじゃ遅いの!

過ぎた時間は巻き戻せないのよ!


そうでしょうか?

時を戻そう、なんてねっと。



あたし、もう自分が情けなくなってきた…

なんでこんな人に惚れちゃったのかしら…

あの年の瀬の日、ふらっと店に入って来たこの人を、あたしがコンサートに誘わなかったら、こんなことには…


コンサート?

二人は一緒に映画を観に行ったんですよね?

確か、香港映画『Mr. BOO(ミスター・ブー)』を…



Mr. BOO?

そんな古い映画、2017年の年の瀬に映画館でやってるわけないでしょ?

あたしたちが初デートで行ったのは、米津玄師『BOOTLEG』のコンサートよ。



ブ、ブートレッグ!?


何を驚いてるの?

そういえば、あなた…

ちょっと米津玄師に似てなくない?


あ… いえ… その… それは…


た、他人の空似よ、さくらさん。

若い人がこういう髪型したら、だいたい米津玄師に見えるの。

ほら、この人も米津玄師みたいでしょ?



なるほど、確かにそうね…

そもそも米津玄師がこんなところにいるわけないし…

あっ、こんなところっていうのは別にそういう意味じゃなくて…


いいのいいの、さくらさん。

こちらのお客さんが米津玄師に見えるのは、ただの他人の空似だから。

絶対に本人じゃないから安心して。


だけど深代ママ、彼のこと「よねづさん」って呼んでなかった?


あっ、それはね…

彼、苗字が「よねづさん」っていうの。

米津玄師の米津に漢数字の三で「米津三」…


苗字が米津三?


呼ぶ時に「米津三さん」じゃ「さん」が重なって言いづらいでしょ?

だから「三」を省略して「よねづさん」って呼んでるの。

ごめんね、先に言えばよかったわ。


見た目も米津さんで、苗字も米津三…

偶然に偶然が重なることってあるものなのね。


すいません… 紛らわしくて…


あなたが謝ることないわ。

米津玄師と勘違いしたあたしが悪いの。

こちらこそごめんなさいね。


ふぅ…

それはそうと秀次郎さん、宇都宮へ行くのは考え直したら?

渡世の義理だか何だか知らないけど、さくらさんの身にもなってあげて。

やくざな兄貴だけじゃなく、彼氏もやくざじゃ洒落にならないでしょ。


・・・・・


さくらさんのやくざな兄貴?

もしかして、寅さん?


あら嫌だ…

米津さん、兄のことまで御存じなのね…


御存じも何も、有名人じゃないですか…


もう本当に恥ずかしい…

せっかく葛飾柴又を離れて新宿へやって来たのに、どこへ行っても兄のことを知ってる人だらけで…


ひとつ聞きたいことがあったんです…

「寅さん」と「さくらさん」は…

なぜ「寅さん」と「さくらさん」なんですか?


はい?


だって長男が「寅」で、長女が「さくら」は変じゃないですか…

なぜ「虎」と「桜」、動物と花なのでしょう?


あ、その件ね…

兄は寅年で、あたしは午年なの。


ウマ年?


鹿はモミジ、猪はボタン…

馬は、サクラ。



へ?


さくらさんの「櫻」って、馬肉のことだったの?

知らなかったわ…


うふふ。冗談よ冗談。

そんなわけないじゃない(笑)


なんだ冗談か… びっくりした…


兄も、あたしも、春の生まれだからよ。

春だから「寅」と「さくら」なの。



春だから「寅」と「さくら」?



つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?