日の名残り第54話1

「なぜ人はパリの春を愛するのか?」~『夜想曲集』#2「 Come Rain or Come Shine /降っても晴れても」~カズオ・イシグロ徹底解剖・第54話

だけど、ホントなのかなあ…

あの有名な歌『ビギン・ザ・ビギン』が「パレスチナ問題」の歌だったなんて…


間違いないよ。彼のほとんどの作品には「もうひとつの物語」が隠されている。

というか、これまで僕が紹介してきた歌は、ほとんど全部がそうだったよね?

せやったな。

そのせいでこのシリーズがここまで長くなっとるわけや。

ボブ・ディランに至っては、2枚のアルバムの曲を丸々解説してきたしな。

コール・ポーターには他にも数多くの「暗号ソング」があるから、それらを解説しながら彼のことを紹介していこう。

まずはこれを聴いてみて。

アヴァロン・ジャズ・バンドで『I LOVE PARIS』だ。

Cole Porter《I love Paris》
by Avalon Jazz Band

この歌が暗号?

何の変哲もない「パリ賛歌」にしか聞こえないが…

最後はフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』だしね。

「パリが好き!春も夏も秋も冬も!」って言うてるだけやんけ。

こんな歌詞、ワイでも書けるわ!

どこが「暗号」やねん!

順番が違う。

「春も秋も冬も夏も」だよ。

そんな細かいとこ、どうでもええやんけ。

オッサン、A型やろ。

お前は黙ってろ。

「春・秋・冬・夏」という順番に意味があるのだ。

ええ!?

そうなんだよね…

じゃあ、歌詞を見てみようか。


『I LOVE PARIS』

written by Cole Porter
日本語訳:おかえもん

Every time I look down on this timeless town
Whether blue or gray be her skies
Whether loud be her cheers or soft be her tears
More and more do I realize

I love Paris in the springtime
I love Paris in the fall
I love Paris in the winter when it drizzles
I love Paris in the summer when it sizzles
I love Paris every moment
Every moment of the year
I love Paris, why, oh why do I love Paris?
Because my love is near

さっきの動画ではカットされてたけど、本来はverse(ヴァース)が存在する。

このヴァースなんだけど、何か気付かない?

何か?

そう言われてみると…

「this timeless town」って大袈裟かもね。

「花の都パリ」ってのは聞いたことあるけど、「永遠の都」は盛り過ぎ(笑)

しかも「Every time I look down on」やで。

「見下ろす」って、どっから見とんねん!

「いつも」って、雲の上にでも住んどるんか、お前は(笑)

「住んどるんか?」じゃなくて「住んでる」のだ。

ハァ!?

この歌は、文字通り「神目線」なんだよ。

神が空の上から「Paris」を見下ろしながら歌っているんだ。

ええ~~!?

神はずっと「Paris」を見下ろしていた…

人々が歓喜の歌を歌ってる時も…

そして、嘆き悲しんでる時も…

この歌が作られたのは、いつのことだ?

1953年ですね。

てことは、ナチスドイツによる「パリ陥落」と、その後の「解放」のことを言っているんだな…

でも神は、そこが「永遠の都」だと言っている。

人々が喜びの声を上げ、嘆き悲しむ都だとな…

さらには「南北に分かれた」時も、天から見ていたという。

南北に分かれた?

そんなこと、どこに書いてあるんだ!?

「blue or gray」だよ。

ハァ!?

英語の「blue or gray」って「空の色」のことだけじゃなくて、「国土が南北に分かれる」って意味もあるんだ。

これは、アメリカ南北戦争時の「北軍」と「南軍」の制服の色ことなんだよね。青が北軍カラーで、灰色が南軍カラーだったんだよ。

人々が喜びの歌を歌う都であり…

人々が嘆き悲しむ都…

かつて異国に占領された都であり…

そこから解放された都…

かつて国家が南北に分かれたことがあり…

今もなお分断されたままの都…


ここまで言えば、もうわかるだろう?

え、エルサレム…

これでなぜ「Paris」なのかわかったでしょ?

「パリス」と「パレスチナ」の語呂合わせだったんだ。

ま、ま、ま、マジですか!?

ヴァースの最後「More and more do I realize」は、ジョークだよな。

ここまでヒントを出したから「だんだんわかってきたぞ!」なのだ。

このヴァースは、かなりネタバレになるから、歌う時はカットした方がいいのかもしれないな…

では歌の本体に入ろう。

まずは「I love Paris in the」で「I love Palestina」の語呂合わせになってる。

そして、注目すべき「springtime」という言葉が現れる。

他の季節は「fall:winter:summer」なのに、春だけ「spring(春)」じゃなくて「springtime(春季)」なんだよね。

何か特定の期間をイメージさせたいってこと?

その通り。

春といえば、ユダヤ教では「過越し」の祭り、キリスト教では「復活祭」が行われる。

年によって日にちは移動するんだけど、どちらもだいたい4月に行われるよね。

最近は日本でも流行らそうとしとるよな。

ただ日本人は「移動祝祭日」が不得意やさかい、定着するかは疑問やけど。

そうだね。日本人は日にちがきっちり決まってないとムリかもしれないな。昔はあった移動祝祭日も無くしちゃったし。

ちなみに2018年だと、「過越し」が3月31日から一週間、「復活祭(西方教会)」が4月1日だ。この前後の期間にも様々な儀式が行われる。

「springtime」が「過越し」や「復活祭」だってことはわかったけど、「fall」は何?

「fall」だけじゃ、秘密を隠しようがない。

ここは特に暗号は無さそうだな。

コール・ポーターを甘く見るなよ。

へ?

「the fall」って「原罪」って意味があるんだよね…

ええ~~!?

エデンの園でイブが「知恵の実」を食べてしまい、神の怒りを買ったアダムとイブは「失楽園」してしまったよね。

この二人の子孫である人類は、二人が犯した「the Fall(堕罪)」を常に背負い続けているとされた。

だけど天からイエスが遣わされて、人類の原罪をひとりで背負って磔となった…

だから「I love Paris in the fall」とは、

「私は、原罪を背負ったパレスチナの人間たちを愛している」

という意味になるんだね。

すげえ…

そして冬は「the winter when it drizzles」だと言っている。

「drizzle」とは「小雨・細雨」のことなんだけど、元々は「血が流れる」って意味なんだよね。

つまり…

わかった~!

クリスマス・イブのことだ!

安産やったと聞くで。

違う!主が「血の通った《人の子》」の姿となって生まれたという意味なんだ!

ですね。

そして、問題の「夏」がやって来る…

「I love Paris in the summer when it sizzles」って、完全にオカシイよね?

「しずる」って何だっけ?

「sizzle」とは「肌が焼け焦げるような暑さ」のことだ。

「ジュージューと音を立てて焼く」という意味で、ステーキ屋の名前にもなってるよな。

なに言うとんねん!パリはそんなに暑くないで!

だから「パリ」じゃなくて「パレスチナ」だと言ってるだろうが。

お前の頭の中が「花の都」だよな。

そうか…

ヴァースを省略しても、この「sizzle」で気が付くようになってるんだ…

「え?パリでsizzle?ひょっとして…」って感じで。

そういうことだね。

そして最後の部分でオチになる。

I love Paris, why, oh why do I love Paris?

「なぜ私はここまでパリを愛してやまないのだろうか?」

ってコミカルに自問自答して、こんな答えを出す…

Because my love is near

わかった!

「my love」って、自分の分身であり子でもある「イエス・キリスト」のことでしょ!

そういうこと。

コール・ポーター△!

お前ら、オッサンの話を鵜吞みにしとったらアカンで!

他人の言うことは、常に疑ってかからんとアカン!

どの口が言ってるんだ?

僕が話したことは、たぶん欧米の「その筋の人たち」の間では有名かもしれないな。

だって、この歌の「I love Paris in the summer when it sizzles」のフレーズを元ネタにして、オードリー・ヘプバーン主演でこんな映画も作られたくらいだから。

『Paris When It Sizzles(パリで一緒に)』(1964)

なんやこのドタバタ映画は?

オードリーは、こんな映画にも出とったんか?

この映画は、コール・ポーターの『I LOVE PARIS』と同じ構造になってるんだ。

パリを舞台にしているようで、実はパレスチナの話なんだよね。

旧約・新約聖書の様々な逸話をパロディにした映画なんだよ。

ふぁ!?

こんなストーリーなんだ。

有名脚本家のリチャードは、新作映画のシナリオを書くためにパリのホテルに缶詰めになっていた。だけど『エッフェル塔を盗んだ娘』というタイトルまでは考えたものの、そこから先が全く書けないスランプ状態。締切まであと2日となった日、プロデューサーは口述筆記をさせるために、若き美人タイピストのガブリエルをホテルの部屋に送り込む。脚本が1ページもできていないことに呆れたガブリエルは、リチャードに様々なアイデアを与える。そうしてリチャードは、パリを舞台にしたラブ・ストーリーを描き始めた…

これのどこがパレスチナで、聖書のパロディなんや?

オードリー・ヘプバーン演じるタイピスト「ガブリエル」とは「大天使ガブリエル」のことなんだよ。

そして脚本家リチャードとは「モーセ」のことなんだ。

ああ!思い出した!

死の瞬間が迫ったモーセに「モーセ五書」を書かせたのは、大天使ガブリエルだったよね!

ガブリエルは聖母マリアにも「受胎告知」をしたし、マホメットにも「コーラン」を書かせたんだ!

滅多に人前には現れない神様の言葉を人間に伝えるために、天界とパレスチナを行き来するメッセンジャーなんだよね!

じゃあやっぱり『Paris When It Sizzles』というタイトルは「パレスチナ、その焼けつくような季節に」ってニュアンスなのか…

ですね。

そういえば、この短編『Come Rain or Come Shine/降っても晴れても』の最後は、『パリの四月』って曲を踊りながら終わるよね?

あっちの歌もこの歌と同じように「パリ=パレスチナ」なの?

そうだよ。

あっちはもっと「手の込んだ歌」だけどね。

だからイシグロは第2話のラストに使ったんだろう。

ホンマかいな?

せっかくだから今ここで軽く紹介しちゃおうかな。

いいね~!

じゃあまずは歌を聴いてもらおう。

エラ・フィッツジェラルドのライブ版でどうぞ。

 《April In Paris》by Ella Fitzgerald

なんで最後に「ジングルベル」なんだ?

だってこの歌も舞台がパレスチナですから…

『パリの四月』とは「パレスチナの四月」、つまり「イエスの復活」を歌ったもの…

だから最後に「ジングルベル」を入れたんでしょう。

「これはイエス・キリストの歌ですよ」ってことを伝えるために…

たまたまとちゃうか?

ちょうどクリスマスが近かったとか。

このベルギー・ブリュッセルでのライブは1957年の6月だ。

それに「April in Paris, chestnuts is blossom」という出だしの歌詞は、『I LOVE PARIS』の「語呂合わせ」よりも巧みに出来ている。

 「Paris, chestnuts」だと、より「パレスチナ」って聞こえるんだよね。

ホントだ!

ところでチェスナットって栗のことだっけ?

そうだね。

正確には「セイヨウトチノキ(Horse-chestnut)」、つまり「マロニエ」のことなんだ。

パリには、シャンゼリゼ大通りをはじめ、様々な場所にこの木が植えられている。栗によく似たトチの実がなるんだ。

「よく似た」っていうか「そっくり」じゃんか(笑)

だからイシグロは小説のラストで「クリフォード・ブラウン」がトランペットを吹く『パリの四月』を使ったんだ。

「クリ」フォード「ブラウン」だからな。

んなアホな。

いや、僕もそうだと思うよ。

この短編集は「駄洒落と語呂合わせ」で出来ているから。

それやったら何で「フォード」が抜けとるんや?

駄洒落が中途半端やで!

この程度でノーベル文学賞とは笑わしてくれるわ!

馬鹿め。

世界のイシグロともあろう男が、そんな仕事をすると思うか?

なぬ?

「フォード」は「フランクフルト」として小説に登場するんだよ…

英語の「ford」は、ドイツ語の「furt」にあたる。「frankfurt」の「furt」だね。

どちらも「川の浅瀬を渡る」という意味なんだ。

小説『日の名残り』で主人公スティーブンスが乗る車が「ford」だったよね。あの車は「契約の箱」に喩えられていたから…

そ、そう来たか…

そんならフランクフルトの「フランク」はどこや!どこに隠されとるんや!

ノーベル文学賞作家なら、どっかに仕込んどるはずやろ!

大丈夫、そっちもちゃんと隠されてるよ。

でもそれは第2話の解説のラストまでとっておこう。

たぶん、とっても大事なことのような気がするから…

そうかもな。

お前ホンマにわかっとんのか?

テキトーに知ったかぶりしとるだけやろ?

そういえば、おかえもん…

コール・ポーターの紹介をするんじゃなかったの?

ああ!そうだった!

こんな無駄話をしてる場合じゃなかったんだ!

いや、こっちの話のほうが本筋だと思うんだが…

コール・ポーターの歌は、面白いものがたくさんあるんだよな。

アーヴィング・バーリンだって紹介に丸々一回分使ったんだから、コール・ポーターだってやってもいいだろう。

いや、やるべきだ。

ですよね。

しょうがねえなあ…



――つづく――



『夜想曲集』(@Amazon)
カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳





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