深読み_スプートニクの恋人_プロローグ完結篇

『深読み 村上春樹 スプートニクの恋人』プロローグ完結篇 ~ライ麦畑で出逢ったら~


前回はコチラ


スナックふかよみ にて


ねえ岡江クン。

『誰かさんと誰かさん』と『故郷の空』がどっちも健全なエッチな歌だってことがわかったから、そろそろ原曲の話をしてくれないかしら?

スコットランド民謡『COMIN THRO' THE RYE(ライ麦畑で出逢ったら)』の話を…

OK。では解説しよう。『COMIN THRO' THE RYE』と『海獣の子供』の深過ぎる関係をね。

この『COMIN THRO' THE RYE』という歌は、スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズの作品として知られている。

ROBERT BURNS(1759 - 1796)

でも元々はスコットランド各地で様々な方言やスタイルで歌われていたんだ。それらを民謡収集家だったロバート・バーンズが収集して編集し、ひとつにまとめて発表したわけだ。

だけどバーンズのバージョンの原稿が失われたこともあり、この歌はその後も様々な歌詞で歌われ続けることになった。

そして僕らが知るように『COMIN' THRO' THE RYE(ライ麦畑で出逢ったら)』とか『IF A BODY MEET A BODY(誰かさんと誰かさん)』というタイトルで世界的に有名な曲になったんだね。

スコットランド各地のソングの収集家…

『海獣の子供』のジムや景行天皇みたいじゃん。

そう。ジムには景行天皇の他にロバート・バーンズの要素も入ってる。同じ「ソング収集家」だからね。

では『COMIN THRO' THE RYE』を聞いてみよう。

まずはスコットランド語で歌われるバージョンから…

半分くらいは聞き取れたけど、スコットランド語はちょっとよくわかんない。

まずこんなふうに始まる。

Comin thro' the rye, poor body,
Comin thro' the rye,
She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye !

訳すとこんな感じかな。

可哀想な体で
ライ麦畑をかきわけて
濡れたスカートを引きずりながら
ライ麦畑をかきわけて

可哀想な体?

蒸れたスカートを引きずる?

まるで、びしょ濡れになって「スカートが重い」と言ってた琉花じゃないの!

まさにそうだね。

ちなみにこの歌は「RYE」と「LIE」が同じ「ライ」の駄洒落になっている。

「Comin thro' the lie」で「嘘をお届けします」という意味にもなっているんだ。

つまりライ麦畑の中で濡れている「petticoatie(ペティコート)」というのは、スカートとか下着のことじゃなくて「女性器」ということなんだね。

そして「ライ麦畑」というのは「陰毛」や「子宮」のことで、「poor body」というのは「身持ちの悪い体」という意味。

完璧に猥歌になってるんだ。

ライラライラライラライラライ♫

あれ? いつのまにライ麦が?

確か最初は双葉を咥えていたような…

不思議でしょ? 春木さんの咥えてる枝って面白いのよ。

先っぽの植物がコロコロ変わるの。まるでアニメの「はなかっぱ」みたいに。

私のことは気にせず続けてください。

はい…

では次の歌詞の部分。ここは非常に興味深い…

Jenny's a' weet, poor body,
Jenny's seldom dry:

She draigl't a' her petticoatie,
Comin thro' the rye !

普通に訳すとこうなる。

ジェニーは濡れてる 可哀想な体
ジェニーは滅多に乾いていない
濡れたスカートを引きずって
ライ麦畑をかきわけて

まあ、大変なことになってるわ、ジェニー。

この「Jenney」がポイントなんだ。

「Gene Y」とも読めるよね?

ジーンY? 遺伝子Yってこと?

Y染色体…

染色体の23番目…

性決定において男性となる遺伝子…

精子!?

「Gene Y」は「poor body」…

性を決定する組み合わせは「〷(メス)」と「XY(オス)」しかない。

Yは0か1なんだ。Xよりpoorだよね。

そして精子も「poor body」だった。

卵子みたいに栄養たっぷりではない。卵子に辿り着くまでの力しか備わってないんだ。

そして精子は乾燥に弱い。濡れていないと、すぐに死んじゃう。

だから空クン海クンも、強い日差しを避け、こまめに体を濡らしてた…

その通り。

「引きずるペティコート」は「精子の後ろについてる鞭毛」のことみたいだよね。

つまりこの歌詞は「精子が女性器の中をかきわけて卵子を目指す歌」にも聞こえるというわけだ。

なんてこと…

ライラライラライラライラライ♫

次の部分の歌詞は、もっとストレートだ。

Gin a body meet a body
Comin thro' the rye,

Gin a body kiss a body,
Need a body cry ?

スコットランド語の「gin」は英語の「if」だから、普通に訳すとこうだね。

もし誰かさんが誰かさんに出会ったら
ライ麦畑を通り抜けて
もし誰かさんが誰かさんにキスしたら
大声上げる必要なんてある?

だけど「Gin」を「Gene」で読むと…

精子と卵子が、子宮の中で出会い、受精する歌…

だね。

そして最後の部分も面白い。

Gin a body meet a body
Comin thro' the glen
Gin a body kiss a body,
Need the warl' ken ?

普通に訳すとこうだ。

もし誰かさんが誰かさんに出会ったら
ふるさとの谷間を通り抜けて
もし誰かさんが誰かさんにキスしたら
こんなこと世間がいちいち知る必要はある?

あれ?

なんでここだけ「ライ麦畑」じゃなくて「故郷の谷間」なの?

「the glen(故郷の谷間)」は「女性の股間」のことなんだ。

命のふるさとでしょ?

え~!?

別に驚くことではない。芸術の世界では、よく使われる表現だ。

ハリー・スタイルズの『Sign of the Times』を見れば一目瞭然。

ハリー君は自身の人生を遡っていき、精子になって母の股間から父の股間へと移り、最後はスピリット(魂)になって天へ昇ってゆく。

母の股間と父の股間は、ミュージックビデオの3分28秒からだな。

まあ! 深い谷の奥に滝が…

しかも形がデルタゾーンみたいで黒っぽくなってる…

まさに「Comin thro' the glen(ふるさとの谷を通り抜けて)」だよね。

「父の股間」も一目瞭然だったでしょ?

このMV、何度も観たことあるけど気がつかなかった…

記号と象徴。

・・・・・

何をぼーっとしているんですか。

『COMIN THRO' THE RYE』には、もう1つ歌詞が少し違うバージョンがあるでしょう。

あ…

そうでした。これですね。

こちらのバージョンでは、こんな歌詞がある…

Ilka lassie has her laddie,
Nane, they say, ha’e I
Yet all the lads they smile on me,
When comin' thro' the rye.

イルカ?

「ilka」とはスコットランド語で「それぞれ」という意味。英語でいうところの「each」だね。

そして「lassie」が「女の子」だから「ilka lassie」で「それぞれの娘」という意味になる。

ちなみに五十嵐大介は「ilka」から「るか」という名前を思いついたんだと思う。

ホントに? 偶然じゃない?

「ilka」はドイツ語では「光り輝く娘」という意味…

元々はハンガリー語だったそうですが…

ええ!?海獣の子供みたいじゃん!

面白いよね。

ちなみにさっきの歌詞を訳すと、こんな感じになる。

「女の子にはそれぞれ彼氏がいる
 だけどお前には、いるわけがない」
みんな私をそんなふうに言う
だけど男の子は私を見ると笑顔になるのよ
ライ麦畑で出会う時は

ちょっと待って…

この子、いわゆる「公衆便所」みたいなことになってない?

そうなんだよね。

村の若者たちは、人前では彼女を相手にしていないんだけど、実はこっそりライ麦畑の中で彼女とヤってるんだよ。

みんなやりたい盛りだから、彼女は重宝されてるってわけ。

何とも大らかというか、開けっ広げというか…

大伴家持の歌みたいだよね(笑)

まあ、こんな猥歌が最重要モチーフに使われているくらいだから、サリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE(ライ麦畑でつかまえて/キャッチャー・イン・ザ・ライ)』がどういう小説なのかは察しが付くだろう。

だから主人公「Holden Caulfield」の名前が「精巣・子宮」という意味になっていたというわけ。

そして『海獣の子供』は、それを踏襲した物語になっている。

え?

映画『海獣の子供』は、『THE CATCHER IN THE RYE』のパロディになっているんだよ。

筋書きが一緒なんだよね。

まさか!?

・・・・・

村上春樹の翻訳による『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の冒頭シーンを、ちょっと聞いてほしい。

こうして話を始めるとなると、君はまず最初に、僕がどこで生まれたとか、どんなみっともない子ども時代を送ったかとか、僕が生まれる前に両親が何をしていたかとか、その手のデイヴィッド・カッパフィールド的なしょうもないあれこれを知りたがるかもしれない。でもはっきり言ってね、その手の話をする気になれないんだよ。そんなこと話したところであくびが出るばっかりだし、それにだいたい僕がもしそういう家庭の事情みたいなのをちらっとでも持ち出したら、うちの両親はそろって二度ずつ脳溢血を起こしちゃうと思う。

これ、「僕」が「琉花」ってこと?

そう。映画の冒頭は、琉花の少女時代の思い出シーンから始まっていたよね。

まだ父・正明と母・加奈子が別居する以前、家族そろって水族館の大水槽の前にいた時の思い出。

原作の漫画では、父と母が出会い、琉花が生まれ、別居するに至るまでの物語も描かれるんだけど、映画では全てカットされた。

その後も劇中で琉花は両親のことを一切語らなかったよね。

まさに「僕」の語りのように…

確かに、そうね…

ところでデイヴィッド・カッパフィールドって、あの奇術師のこと?


まさか。時代が違う。

チャールズ・ディケンズの小説のタイトルだよ。

そっか。同姓同名の有名人なのね。

でも五十嵐大介と渡辺歩は『海獣の子供』で「同姓同名ネタ」を使ったんだよね。

琉花の目の前で「巨大なジンベエザメが消えてしまう」イリュージョンとして…


あゝ!

こりゃ面白い。

それから「僕」は、去年のクリスマス休暇前後の話を始める。

学校を出て行く時の話をね。

『海獣の子供』では、琉花の「夏休み期間中の自宅謹慎」の話…

そして「僕」は兄「DB」の話をして、学校のグラウンドで行われたフットボールの話を始める。

『海獣の子供』ではハンドボールね…

でも琉花には、お兄ちゃんはいなかった。

そうだね。兄はいない。

でも、琉花より背が大きくて年上に見える子がいたよね?

え?「DB」って、まさか…

そう。

utch(オランダ)カラーの「13」番。

(絶句)

ライラライラライラライラライ♫

そして「僕」は山の上にある学校から坂道を駆け下りて、先生のところまで走っていく。

『海獣の子供』では順序が入れ替わったけど、ちゃんと再現された。

あの坂道全力疾走は『ライ麦畑でつかまえて』が元ネタだったのね…

ちなみに「僕」は、坂道を駆け下りて「204号線」に出る。

そして『海獣の子供』の舞台である鎌倉にも「204号線」が走っているんだ…

マジで!?

その後も『THE CATCHER IN THE RYE』では「大移動したり消えてしまう魚たち」の話がされたり、家出をしたりと『海獣の子供』そっくりな話が展開される。

そして「僕」は「割れたレコードの欠片」を妹に渡し、妹は欠片を大切に引き出しの中へしまう。

これは『海獣の子供』で「命の記憶がレコードされた小石」として再現されたよね。

なんてこと…

小説のクライマックスで「僕」と妹は動物園と遊園地へ行き、妹は回転木馬に乗る。

『海獣の子供』では、海で行われる「祭り」に置き換えられ、回転木馬が「シーホース(タツノオトシゴ)」に置き換えられた。

そして「僕」は土砂降りの雨の中、回転木馬を眺めながらズブ濡れになる。

琉花も海の中で生命の輪廻を目撃し、やはりズブ濡れになった。

ちょっと怖すぎるんだけど…

そして小説のエピローグで、再びDBが登場する。

だから『海獣の子供』でも、最後に「utch(オランダ)カラーの13番」が再登場した。

そういうことだったのね…

ちなみにエピローグの舞台は「病院」だった。

だから『海獣の子供』の最後のシーンは…

病院…

あたし、鳥肌立ってきた…

まだオチがある。

「僕」は振り返って「この話をしなければよかった」って言うんだ。

そして最後に読者へ向かってこう語りかける。

「君も他人にやたらと打ち明け話なんかしない方がいいぜ」

「大切なことは言葉にならない」だわ…

何なのコレ…

ライラライラライラライラライ♫

春木さん、さっきからゴキゲンですね。

私をライ麦畑に連れてって。なんちゃって。

もう、春木さんったら。

一度『海獣の子供』を観たほうがいいですよ。

そしたらこの衝撃がどんなものかわかるはず。

なんだかたくさん話して喉が疲れちゃったな。

深代ママ、またブランデー・エッグノッグもらえる?

あれ喉に優しそうだよね。

ブランデーではない。ブランディー・エッグノッグ。

せっかくだから私ももう一杯もらおうか。

深代ママ、チェイサーのスプトニックもたのむ。

はいはい…

あら、スプライト切らしちゃった!

スプトニック作れないわ!

春木さん、スプライトは持ってないの?

人をドラえもんみたいに頼らないでください。

いちおう客なんですから。

僕がひとっ走りコンビニまで行ってきましょうか?

そんなことさせるのは申し訳ない。

スプライトが無いならジンジャーエールのトニック割りでよろしく、深代ママ。

OK。味は大して変わらないしね。

いや、もしかしてライ麦畑の味がするやもしれぬ。

は?

「ginger ale」とトニックウォーターが出会ったら…

これがホントの「Ginトニック」…

うまい(笑)

僕も「Ginトニック」をもらおうかな。

ライラライラライラライラライ♫

はいはい、まずは「スプトニック」じゃなくて「Ginトニック」をどうぞ。

ブランディー・エッグノッグは、時間かかるからちょっと待っててね。

うん。

んー?

どうしたの?

いや、あたしさ…

さっき何か言おうと思ってたんだけど、それが何だか忘れちゃったのよね…

何か?

そう。何だったっけ…

ああ!思い出した!

何?

「スプトニック」って「スプートニク」と似てるって話!

ブブーーーッ!

大丈夫?

ごめんね。くだらな過ぎた?

い、いえ…

ちょっと気管に入っただけです…

・・・・・


プロローグ 終
本編へつづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?