「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)&読みたいことを、書けばいい。」志賀直哉『小僧の神様』篇⑱(第285話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
カバとワニが、世界にとって、とんでもなく重要?
そんなバカな…
確かに、ニワカには信じがたい話かもしれない…
だけど神が意味もなくそんな話をすると思う?
わざわざ最後に2つの章をまるまる充ててまで…
うーん…
なぜ神はヨブにそんな話をしたんだろう…
第40章と41章をよく読めばわかる。
中島みゆきが「水底のシリウス」と喩えた「カバとワニの例え話」をね…
その前にもう一度『地上の星』を聴いておいた方がよくなくて?
あなた、ちょっと歌ってくれる?
は、はい…
なぜ「カバとワニ」が「水底のシリウス」なのかしら…
中島みゆきは「カバとワニ」が何の喩えなのか、わかっていたってこと?
もちろんだとも。
そうでなければ、羅列される星々の最後に「水底のシリウス」を持ってこない。
『ヨブ記』第40章と第41章で展開される「カバとワニの例え話」は、内容はもちろんのこと、その構成も大事よね。
構成が? いったいどういうこと?
「カバとワニ」が語られる前に、まず「主旨」が提示される。
その長さは全14節。
主旨?
いきなり「カバとワニ」の話をされても、聞く方は「は?」ってなるだろう?
だから『ヨブ記』の著者は、この例え話の「主旨」を最初に語った。
なるほど。確かに「は?」ですもんね。
主旨が提示された後に「カバの話」が語られる。
これは全10節だ。
そして、神の最後の話として「ワニの話」が語られる。
なんと、全34節という長さで…
カバの話は全10節で、ワニの話は全34節?
カバとワニは世界にとって重要だけど、カバよりワニのほうが「より重要」ということですか?
その通り。
最初に登場するカバは重要な存在として語られるんだけど、後から登場するワニとの差は歴然…
結局のところカバは、ワニの引き立て役に過ぎない…
カバは前座に過ぎないんだ…
カバは前座?
ではまず趣旨のパートを見ていこう。
神とヨブの間で、こんな会話が交わされる。
『ヨブ記』第40章
1 主はまたヨブに答えて言われた、
2 「非難する者が全能者と争おうとするのか、神と論ずる者はこれに答えよ」
3 そこで、ヨブは主に答えて言った、
4 「見よ、わたしはまことに卑しい者です、なんとあなたに答えましょうか。ただ手を口に当てるのみです。
5 わたしはすでに一度言いました、また言いません、すでに二度言いました、重ねて申しません」
第5節は何を言ってるの? ひとりボケツッコミ?
すでに一度言って、もう言いませんと言って、すでに二度言って、これ以上は重ねて申しませんって…
「言う」を3回重ねるということだよ。
つまり「同じことを三度繰り返した」ということだね。
何それ?
そして主は、風の中から、こう言った。
7 「あなたは腰に帯して、男らしくせよ。わたしはあなたに尋ねる、わたしに答えよ」
腰に帯をする?!
何をいちいち驚いてるの?
当たり前のことでしょ、帯を付けるのは。
本にだって付けるわよ。偉い人のありがたい言葉を添えて。
そうですけど、何だか気になるなあ…
さらに主は、ヨブを問い詰める。
悩めるヨブが行き着いた疑問「何も悪いことをしていないのに、なぜ受難させるのか?」への答えとして…
8 あなたはなお、わたしに責任を負わそうとするのか。あなたはわたしを非とし、自分を是としようとするのか。
9 あなたは神のような腕を持っているのか、神のような声でとどろきわたることができるか。
そして最後にこう畳みかける。
威光と尊厳でその身を飾り、栄光と威厳でその身を包んでみよ…
地に隈なく炎を行き渡らせ、すべての者をひざまずかせてみよ…
悪徳に染まった建造物を、跡形もなく埋もれさせてみよ…
そうしたら、わたしはお前を認めよう…
自分自身の右手として、自らをも救う右手として…
右手?
どこかで聞いた話ばかりのような…
何だろう、この既視感というか、デジャヴというか…
うふふ。
さあ、お待ちかね。「カバ」の登場よ。
15 河馬を見よ
いきなり「カバを見よ」って大仰な…
ウルトラマン・タロウの主題歌じゃないんだから…
カバには悪いけど、そこまで注目するような動物じゃないわよね…
見た目も地味で野暮ったいし…
カバをバカにしては駄目。
あの体で時速30キロ、つまり100メートルを12秒台で走ることが出来るの…
えっ?
瞬間最高速度は時速40キロとも50キロとも…
カバは人類最速の男ウサイン・ボルトよりも速いのじゃ…
うそ…
まるで、ごっつい四輪駆動の車みたい…
そう。まさに「カバ」は荒野の駆動車…
あの名作アニメ『クラシカロイド』でも「カバ」はそういう存在として描かれていた…
シーズン2の第1話、この動画の18分30秒から「カバ」は走る…
人には見えない道筋を整え、人々を「新世界」へ導くために…
なぜドヴォルザークが「カバ」に?
なぜ「カバ」はワグナーに従っているんですか?
このアニメも『ファウスト』『神曲』『ハムレット』と同様に『ヨブ記』が元ネタになっているからよ。
鉄道に変身する「カバ」を従える神童ワグちゃんは「ワニ」なの。
ワグナーがワニ?
その話はさておき、第40章15節の続きを見てみよう。
神はこんなふうに「カバ」を説明する。
15 河馬を見よ、これはあなたと同様にわたしが造ったもので、牛のように草を食う。
草を食うのは当たり前よ。カバは肉食じゃないし。
その通り。「カバ」は肉食をせんことで有名。
ヴィーガンってことですね。
「カバ」はヴィーガンではなくベジタリアンじゃ。
ヴィーガンは100%植物性食品しか口にしない。どんな小さな生き物でも、それを酷使したり搾取することを禁じておる。
だから、卵や乳製品のみならず、はちみつや昆虫も口にしない。
「カバ」は、そうではないのう…
なるほど。
草や葉っぱを食べれば、昆虫も一緒に口に入っちゃいますもんね。
アリとか芋虫とかバッタとか…
バッタいただきましたァ!
な、なんですか急に…
うふふ。
そして神は「カバ」の説明をこう続ける。
その力は腰にあり、その勢いは腹の筋にあり、その尾を香柏のように動かし、そのももの筋は互にからみ合う…
その骨は青銅の管のようで、その肋骨は鉄の棒のよう…
尾が香柏のよう? 香柏って何ですか?
いわゆる「レバノン杉」のことだよ。
かつてパレスチナ一帯に群生していたマツ目マツ科の木で、良質で丈夫なことから、重要な建造物、例えば大型船や神殿なんかを作るための建築資材として重宝された。
レバノンの国旗にも描かれていることでも知られている。
尻尾がレバノン杉って、どんだけデカいカバなんですか…
そして神は「カバ」をこう評する。
神の被造物の中で最高ランクの存在であり、これに正義を授けたと…
ちょっと待って…
最高レベルの被造物? 神から正義を授けられた?
カバ、どんだけ?
さらに「カバ」の説明は続く。
これのためにカナンの丘陵は食物を提供し、あらゆる生き物が周りに集まってくる…
これは酸棗(スナツメ)の木の下に伏し、葦の茂み、または沼に隠れている…
酸棗の木はその陰でこれをおおい、川の柳はこれをめぐり囲む…
あらゆる生き物がカバの周りに集まる?
カバは木の下にいるか、水の中に隠れている?
カバってそんなに人気者なの?
そこまで人徳というか獣徳があるようには見えないけど…
うふふ。まだ気付かない?
第23節には、こう書いてあるんだけど…
23 見よ、たとい川が荒れても、これは驚かない。ヨルダンがその口に注ぎかかっても、これはあわてない。
ヨルダン川?
「カバ」は、ヨルダン川の河口付近にいるという…
そして、川の中に潜って、水が口に入っても、慌てない…
それって…
もうわかったよね?
この「カバ」とは、いったい誰のことだろう?
「カバ」は…
せ、洗礼者ヨハネ…
『John the Baptist』
マッティア・プレティ
なんと…
メシア到来の「前駆」ことヨハネは、地上で女の胎から生まれたもの、つまりすべての人間の中で、最も偉大な存在だと評されました…
確かに「被造物の中で最高ランク」です…
ヨハネは肉食を避け、イナゴと蜂蜜を食べておった。
そしてラクダの皮を身にまとっておった。
だからヨハネはカバ同様に、ヴィーガンではなくベジタリアン。
そういうことか…
そして、ヨハネの「尾」は香柏、つまりレバノン杉のようだった…
ちょ、ちょっと待って!
ヨハネは尻尾が生えてたの?
もちろん実際には生えていない。
「尾」とはヨハネの持つ「杖」のことだろうね。
だけど『ヨブ記』のこの記述から、ヨハネにレバノン杉の「尾」が生えているように見える絵を描く画家もいた。
この、ボッティチェリのように…
『洗礼者ヨハネ』
サンドロ・ボッティチェッリ
だからこの絵は、こんなに縦長だったのね…
「尾」であるレバノン杉を描くために…
そして、木の下にいるヨハネの周りには、人々が集まってきた…
老若男女、あらゆる身分の人々が…
『説教をする洗礼者ヨハネ』
ピーテル・ブリューゲル
「カバ」の話は、すべてヨハネに当てはまる…
なんてこった…
まだ終わりじゃない。
とても重要な最後のフレーズが残っているんだ。
神は「カバの話」をこう締めくくった…
24 Can anyone capture it by the eyes, or trap it and pierce its nose?
それを公衆の面前で捕らえる者はいるか?
それを罠にかける者はいるか?
それをおとなしくさせる者はいるか?
これって…
領主の不法な再婚を公然と批判したために逮捕されたヨハネ…
そして、罠にかけられ、口づけさせるために斬首された、ヨハネの最期…
『ヘロデとヘロデヤを非難するヨハネ』
ジョヴァンニ・ファットーリ
『ヨハネの首を運ぶサロメ』
カラヴァッジョ
ということは…
「カバ」の後に語られる、より重要な存在「ワニ」とは…
あなたは「わに」を釣り針で引き上げることが出来るか…
あなたはそれを沈黙させることは出来るか…
あなたはそれを従わせることは出来るか…
尖ったものを貫通させ、それを掛けておくことは出来るか…
それはあなたに赦しを請うだろうか…
それは穏やかな口調で語るだろうか…
それはあなたのしもべになるという契約を結ぶだろうか…
それを小鳥のように飼い慣らすことが出来るだろうか…
あなたの家にいる細君のために、それを持ち帰ることは出来るだろうか…
それは取引され、分け与えられるだろうか…
その覆われた場所を、長い槍で突き刺すことは出来るだろうか…
それは細かい棘で頭を覆われているだろうか…
もしもあなたがそれの上に手を置けば、きっと思い起こすはず…
地球上でたった一度だけ起きた、あの受難の物語を…
不正をやめさせようとしても、望みはどれほどあるか…
有無を言わせぬ光景を止める手立てはあるか…
その光景を見て憤っても、力ずくで止められる者はいない…
誰がわたしに逆らうことが出来ようか…
誰がわたしに「罪を償え」と言えようか…
この世で起きることは、すべてわたしの意志によるもの…
ぜんぜん「ワニ」の話じゃないじゃん…
「ワニ」は、キリスト…
父なる神によって十字架にかけられた、イエス・キリスト…
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
驚くのはまだ早い。
「ワニの話」は、ここからが本当に興味深いところ。
ここからが?
わたしはこれを言い忘れるわけにはいかない…
大枝のように突き出た「わに」の四肢の、その力強く美しい構造を…
誰がその上着を剥がすことが出来るのか…
誰がその手と足を拘束することが出来るのか…
誰がその口を開かせて、歯に衣着せぬ物言いをさせるのか…
その背には、真っ直ぐ伸びる堅いものが2本あり、隙もなく互いに組み合わさっている…
これらすべては一体のもので、堅く結びつき、決してバラバラになることはない…
こ、これは…
十字架のキリスト像のことだ…
「わに」の荒い息は閃光となり、その眼差しは暁の光…
その口からは炎が流れ、火花が飛び散る…
その鼻腔からは、燃える葦で煮え立つ鍋のように煙がのぼる…
その力強さはネックに宿り、向き合う者を畏れさせる…
その肉体が失われることはなく、姿勢はしっかり固定され、もはや動かすことは出来ない…
その胸は岩のように硬い…
その胸は「lower」な「臼」のように硬い…
む、胸が「lower」な「臼」みたい?
それで「シリウス」なのね…
そして「ワニ」だから「水底」…
やられた…
そろそろアレにも気づいたじゃろ。
何ですか、アレって?
ウィリアム・ブレイクが描いた「カバとワニ」の絵じゃ。
『ベヒモス(かば)とレヴィヤタン(わに)』
ウィリアム・ブレイク
ん? 「気付く」って何に?
こういうこと。
ああっ…
わかっていたのね、ウィリアム・ブレイクは…
「カバとワニ」が何なのかを…
それでは「ワニの話」の続きを見ていこう。
それから『地上の星』の最大のトリック…
すべてを知る「つばめ」の話を…
つづく
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