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街角の小さなカフェで、15年前の思い出を回収した話。【パリ旅日記 8】

今回のパリ旅で、どうしても行きたかった場所が一つありました。

それは、観光地でもミシュラン三つ星のレストランでもない、ひとつの小さなカフェ。

きっかけは、今から15年前。
ひとりでロンドンとパリを旅したときのこと。

当時、父親の会社が本格的に傾き「もうダメか」と思っていたところ、大きな会社が買い取ってくれる話が決まり、経理として働いていた私はその会社の人に全てを引き継ぎ退職する運びに。

転職活動を始める前に「こんなに長期で休むのは久し振りだし、今後取れるか分からないわ!」と思い、一人旅をすることにしました。


ずっと行きたかった「モンサンミッシェル」を中心に、ロンドンとパリ16日間の旅。
「せっかく来たんだから」「次はいつ来れるか分からない」という思いで、毎日観光地を歩き回っていました。

旅も終盤にさしかかった頃、なんだかひどく疲れ果てた私がふらりと入ったのがそのカフェでした。


それは、セーヌ川沿いにある小さなカフェ。

お店の中には珈琲の焙煎機があって、がらがらと大きな音を立てて、もくもくと煙を吐き出していました。

お店のお兄さんが「機械の調子が悪くてさ。うるさいし煙たくてごめんね」的なことを言ってくれたのだけど、全然気にならなくて。
「オーケーオーケー」とか言ってカプチーノをいただきました。

お客さんは私ともう一人しかいなくて、うるさいけど静かで、すごく満ち足りた時間を過ごすことができた、私にとって思い出深い場所。

その日のことが、当時書いていたブログに残っていました。
長いですがよろしければ。




この勝手気ままな旅も残り3日となりました。
何かを得ることが出来るかもしれない!と張り切って来ましたが、今のところ得たものと言えば、足の筋肉と積もり積もった疲労、そしていくつかの思い出でしょうか。
残念ながら、友人達が揃って期待していた「運命の出会い」なんて物には巡り合えておりません(笑)
多分日本に帰って時間が経ってから、得た物に気づくんだろうな。と思います。

実は、最初の3、4日間というもの「何故来てしまったんだろう…」と先の見えない旅に後悔の念でいっぱいでした。
ホテルの人が何を言ってるのかさっぱり分からず(CASHさえ聞き取れなかったからね…アカンやろ)、残りの日数を数えては「まだそんなにあるのか…どうしよう…」と途方に暮れていました。
半分を過ぎた辺りから、ようやっとこの生活にも慣れ始め、少しずつ自分のペースで生活が出来るようになった気がします。

それでもやっぱり「今日はあそこに行かなくちゃ!明日はあれを見なくちゃ!」と自分で決めた予定に縛られて、くたびれることもしばしば。
元々が怠け者の性格なので、予定を決めないと下手したら1日ホテルにいそうな私。
それでも構わないと思うんだけど、それはそれで「勿体無い!折角パリなのに!」という思いに焦りを感じる貧乏性なので、とりあえず地図とカメラを片手にのっそりと出かける毎日。
ガイドブックに載っている観光地にはほとんど行ったんじゃないかしら(笑)
当初の「のんびりしに行こう」という予定はすっかりなりをひそめ、毎日がつがつ歩いてる気がします。
この10日間で100キロ位歩いてるんじゃないかと思えるほど。

今日も「日曜日には朝市へ!」という一昨日立てた予定を守り、朝っぱらからパリで一番大きい(らしい)朝市へ行って来ました。
あいにく今日は1日雨が降り続き、どんよりとした空模様。
特に欲しい物があるわけでなく、あてもなくぬぼーっと彷徨う私。
威勢の良いおじさんの声が響く果物屋さんの前では、犬を連れたおばさんがホワイトアスパラの品定めをしていたり、様々な種類のチーズが並ぶお店の前では、腕を絡ませたカップルが今夜食べるかもしれないチーズを選んでいたりして。
そんな風に賑やかな朝市の中で、私はなんだか取り残されたような不思議に暗い気持ちになってしまい、その場を後にしました。

多分、天気のせいもあると思うんだけどね。
日本でもあんまり毎日雨が続くと鬱々とした気分になるじゃない?
あれと同じことかな。
こっち来てから毎日曇りと雨の連続だから(パリの5月ではあまり無いことだそうな。雨女だから仕方あるまい。)

そんな気分を引きずって、さらにぬぼーっと川沿いを歩いていたら、どこからともなく珈琲の香ばしい香りがしてきました。
顔を上げるとその先に小さなカフェがありました。
こっちのカフェは、大体店の前の道に椅子とテーブルとが出ている大掛かりな感じなんだけど、そのカフェは椅子もテーブルも出ずに、本当にこじんまりとした佇まい。
でもその珈琲の香りがものすごい存在感を醸し出していて、ついふらふらと引き寄せられてしまいました。
半分開いた扉からおそるおそるお店を覗くと、書き物をしていたひげもじゃの店員さんが私に気付いてにっこりと笑いました。
それは何て言うか本当に「にっこり」という笑顔で、おそらく私とそんなに年の変わらない、もしかしたら年下かもしれない男性だったんだけど、私もつられて「にっこり」してしまうような笑顔で。
つい、そのお店に入ってしまいました。
ちょうど珈琲豆を煎っている所だったらしく、店内は煙でもくもくとしていました。
どうやら「それでもいい?奥のカウンター席も空いてるけど?」というような事をジェスチャーとフランス語で話す彼に、入り口すぐの席を指差して「大丈夫。ここでいいよ。」と頷き「カプチーノ」を注文しました。

低音がよく響くスピーカーからジャズの音楽が流れるそのお店は、とても居心地が良かったので、長居を決め込んだ私は、暇つぶしにと持って来た本を読み始めました。
しばらくすると、本を読む私の前に、綺麗に葉っぱの絵が描かれたカプチーノ(この間みたいにビックリするようなサイズではありませんでした笑)に、お水の入った小さなグラスと小さなお菓子が2つ添えられて運ばれて来ました。

ひげもじゃの彼はまたもや「にっこり」笑って、「ボナペティ。」と言いました。
確か「召し上がれ」っていう意味だっけ?

その後ひげもじゃの店員さんは、煙を噴出すばかでかいコーヒーマシンと格闘したり、
時々現れるお客さんを「ボンジュール」とにっこり笑顔で迎えたり、
大声で挨拶をしながら入って来る、常連さんなのか友達なのかと握手をしたりしていて。

そんな流れるような景色をぼんやり見ながら、
ああ、この人にとってはこれが日常なんだなあ。
珈琲を煎って、お客さんが来たら珈琲を入れて、たまに友達が来たら近況を話して。
友達は友達で、「今日はあいつのところに寄ってみよう」てな感じでふらっと立ち寄ったりするんだろうなあ。
私はそこに一瞬立ち寄っただけの通りすがりだけど、ここにはこのひげもじゃさんの日常が流れているんだなあ。
てな事を考えながらカプチーノをすすってました。

何分経ったんだろう。あわあわが半分ぐらいに減った時でしょうか。
本を読み進める私の横にひげもじゃの店員さんがそっと近付いてきました。
その手には小さなお菓子が2つ。
また「にっこり」笑って、それをカプチーノの横に置いて行ってくれました。
その笑顔とほんの少しの優しさが、なんだかずっしりしてた心にほんわか響いて、ああこのカフェを選んで入って良かったなあ。また明日も来れたら来たいなあ。もしもまたパリに来ることがあって、その時にまだこのお店があったらまた来たいなあ。そう思って、精一杯の笑顔で「メルシー」と言いました。

偶然立ち寄ったお店で、もくもくとした珈琲の香りに包まれて、おまけのお菓子とあわあわミルクのカプチーノを飲んでいたら、疲れてどんよりとしてた心がほんの少し元気になりました。
外はまだ雨だったけど。

きっとあのひげもじゃさんにとっては忘れてしまう小さな日常の欠片にしかすぎないだろう。
でも、私はきっと忘れないと思う。たとえカプチーノやお菓子の味やひげもじゃさんの顔を忘れても、あの空気は忘れないと思う。
どんな素晴らしい教会よりも、どんなきらびやかな宮殿よりも、わたしにとっては素敵な空間だったから。

以上、つれづれでした。



あの日、すごく救われたから。
「もしも、またパリに行くことがあったら、絶対にあのカフェに行きたい」そう思い続けてきました。

なのに、お店の名前を覚えていなくて(なんてことでしょう)
「セーヌ川沿い」というおぼろげな記憶を頼りに、Googleマップを辿ってみたものの見つけられず…。

ところが、15年前に撮った写真が入ったCD-ROMにカフェの写真が入っていました。グッジョブ自分!!

(しかも外観!よくやった私!)

店名の「The Caféothèque of Paris」で検索したら、セーヌ川の北側にお店を見つけました。

間違いない。ここだ。絶対ここ!


そこで、今回の旅の最終日。行ってきました。

昔はなかったテラス席があるし、なんだかお店が大きくなってるし、オーダーもカウンターで注文して自分で席に運ぶセルフサービス方式になってるし、お店のど真ん中に鎮座していた煙を吹き出す焙煎機もない。

にっこりと笑ってくれたひげもじゃのお兄さんも見当たらず、忙しそうに働くバイトの女の子たちが数人。

店内はフリーWi-Fiがあるせいか、パソコンで仕事や勉強している人がたくさんいてほぼ満席。

あの時のまったりした雰囲気とはずいぶん変わってしまっていました。

「15年だもんね。変わってしまって当たり前だよね。むしろお店が残っていただけでもすごいよね」

そう思いながら、あの時と同じカプチーノを頼んで適当な席に着席。

すると、あの時と同じ景色が目に入りました。

(15年前)
(今回)

ああ、よかった。
変わっていない場所があった。
やっぱりここはあの時のカフェなんだ。

あの日の私の思いを回収できた気がして、少しホッとしながらカプチーノをいただきました。

がやがやと賑わうお店の中で、相変わらず毎日予定を詰め込みすぎて歩き疲れている自分に「15年経っても、あんまり成長してないみたいだわ」と思いながら。


ちなみに、あの時「会社を買い取る」と言ってくれた社長さんは結局、うちの会社の機械と技術だけを取って、会社は買い取ってくれませんでした。

結果、会社は倒産。
住んでいた家も出なければいけなくなり、すったもんだとなったのはこの少しあとのお話。

いろいろあったけど、今も家族も猫も元気だし、こうしてパリに再び行けたんだから、人生捨てたもんじゃないわ。たぶん。

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