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「嬉しかったこと」って、すぐに忘れてしまうから。

人間、つらかったことや悲しかったことって、意外と根強く覚えているもの。

反対に、楽しかったことや嬉しかったことって、さらっと記憶のどこかへ消えてしまったりする。

そこで、嬉しかった思い出を、もう一度振り返って味わうためにできること。
それが「うれしごと入れ」。


私が「うれしごと入れ」を知ったきっかけは、3年前。
コロナの真っ只中のことだった。

たまたま、Twitterでこの投稿を見かけた。

当時、期間限定一人暮らしをしていた私は「これは素晴らしい方法だ!」と早速はじめることにした。

 「山田さん(仮名)が、お米を送ってくれた」
 「パン屋さんでくじ引きが当たった。わーい!」
 「野菜の直売所で、美味しい料理の作り方を教えてもらった」

そんな日々の些細な嬉しいことを、日付と一緒にメモをする。
ちょうど手元にあったクッキー缶に入れることにした。


投稿では「1年間溜めて大晦日にひとつずつ開く」と書いてあるけど、私は実家に引っ越すタイミングで、缶を開けた。

5月にはじめて、わずか半年ほど。
それでも「うれしいこと」はいっぱいあった。

覚えていることもあったけど、すっかり忘れていることもあって「ああ、そうだったそうだった」と、引っ越しの荷物の中で一人にこにこした。

「嬉しい」をもう一度味わえた。
すごく、幸せな気持ちになれた。

「これはいいなあ」そう思った。のに。

実家に引っ越したら、すっかりその「うれしごと入れ」の存在を忘れてしまい、缶はただの物入れと化していた。

人間というのは、本当に忘れっぽいものである。


ところがつい先日、「うれしごと入れ」の存在を思い出すことになった。
さっきの投稿に対する私のコメントに、やなぎさわまどかさんが「いいね」をくれたから。

なぜ2年越しに、いいねをいただけたのか分からないけど(お返事はその時すぐにいただいておりました。感激です)、おかげで大切な「うれしごと入れ」を思い出すことができて、とてもとてもとても嬉しい。

早速、缶とペンとメモ用紙を用意した。

仕事用机の端におきました。

缶を閉めようか迷ったけど、私の性格上、閉めたら「開けるのが面倒臭い」となりそうだから、開けておくことにした。(無精ですみません)

ちなみに、やなぎさわまどかさんのお宅では、こんな瓶が使われているそう。おしゃれ…。


ふと、日記をつけていたら、それを振り返ってもいいのかもって思ったんだけど、日記に書かれているのって良いことばかりじゃない。
余計なことも思い出しちゃうかもしれない。

その分、「うれしごと入れ」の中には、嬉しいことしか入っていない。
どれだけ見ても嬉しいことばっかり。
めちゃくちゃしあわせ。

あと純粋に、この四角いメモを広げるのが、くじ引きを広げるみたいでなんだか楽しいのよ。

今年の大晦日、メモがどれだけたまるのか、それを開けるのが今から楽しみ。

ひとまず今日は「5,980円のズワイガニが半額で買えた!」を書こうと思う。
お正月に残ったカニの売り尽くしに遭遇したんですよ。
2,980円でたっぷりのカニ。うふふふふふ。


缶でも瓶でも箱でも袋でも、なんでもいいと思うので、みなさまもおためしあれ。

「嬉しい」をもう一度味わおう。


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