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042 連載小説01 災害ボランティア⑪(終) 思い出を砕く


030 連載小説01 災害ボランティア① 序|ohshio_t (note.com)
031 連載小説01 災害ボランティア② 災難の伏線、出発の遅れ|ohshio_t (note.com)
032 連載小説01 災害ボランティア③ 勘違い、前泊も七尾市文化ホールではなかった|ohshio_t (note.com)
033 連載小説01 災害ボランティア④ 隘路に踏み込む|ohshio_t (note.com)
034 連載小説01 災害ボランティア⑤ テント村、七尾城山野球場に到着|ohshio_t (note.com)
035 連載小説01 災害ボランティア⑥ テント村で眠りにつく|ohshio_t (note.com)
036 連載小説01 災害ボランティア⑦ テントから撤収|ohshio_t (note.com) 
038 連載小説01 災害ボランティア⑧ 七尾市文化ホールに到着|ohshio_t (note.com)
039 連載小説01 災害ボランティア⑨ 七尾市文化ホールでのオリエンテーション、そして仮仮置き場
040 連載小説01 災害ボランティア⑩ 仮仮置き場へ

Tは椅子にしてあるもう一つの箪笥に腰掛けた。まず破壊するのが嵌め殺しの鏡。もしかしたら椅子にした方か作業場にした方か、どちらかの扉だったのかもしれない。
 かなり重い、1kgもあるかと思われるハンマーと思ったが、それでもなかなか割れない。叩く場所を色々変えたが、Tはあることに気づく。戦艦大和は沖縄への航海が最後の出航になったが、米軍からどのような攻撃を受けたか、思い出したのである。
 時は空前の宇宙戦艦ヤマトブーム。小学生だったTもご多分に漏れず夢中になり、その宇宙戦艦のモデルが太平洋戦争末期に米軍によって沈没させられた戦艦大和だと、アニメの中でも明示していたこともあり、Tは実在した日本海軍の戦艦の方にも興味を持ったのである。
 今から考えればヤマトブームに便乗した本の一冊だったわけだが、戦後三十年、戦闘に参加して存命した元将校も多数いる時代である。そんなに嘘を語れるわけない時代、戦艦大和は特定の箇所を集中攻撃されたとあったのである。それを思い出したTは何処でもいいからまず、一か所を集中して叩くことを思いつく。
 Tの考えは功を奏し、次々と嵌め殺しされたガラスや鏡を叩き割ることが出来た。そうこうするうちにお昼時になる。しかし十二時前。体重が軽いと空腹になり易いはずだが、七尾市文化ホールに着いての朝食は七時を過ぎていたため、Tの腹はそれほど空いてはいなかった。tはお握りを一個、二個と食べ三個目を少し食べて無理と判断した。
 そして後半。仕掛中だった鏡やガラスはTたちの班の休憩中に処理してくれたらしく、Tは別の作業をした。しかしそれも短い時間で、今日の何弾から軽トラがここ、仮仮置き場に被災ごみを搬出するためにやってきた。それでTは破壊工作に戻り、改めて椅子にした箪笥に腰掛けたのである。
 こんどは嵌め殺しでないガラス窓、そして大量の瀬戸物。陶磁器の知見がないTだがここは間島塗の輪島の能登。由緒があったり希少性のある品々があると察することが出来た。
 見れば凝ったりきらびやかだったり、Tの普段使いの食器とは違うと察することが出来た。しかしTは陶磁器には暗い。昨年の君ソムの聖地巡礼バスツアーで買ったのも、帰りに割ってしまうのを恐れて箸だった。だからTは遠慮することなく、家庭の宝物だったはずの皿や徳利、椀などを次々と叩くことが出来た。
 もちろんTも家族の目の前では割れなかったろう。しかし仮仮置き場に来れば元の持ち主不詳の食器である。そしてここに運び込まれたのはその家族が不要と判断したことを意味する。だからTは感慨を起こさないよう、ただ立体を出来るだけ扱いやすい形まで砕くことを考えようとする。
 しかしTの作業はハンマーを振り下ろすだけ。手元だけ注意すれば邪念を想起できるほどの余裕が生まれる。罪悪感はそれほど生まれなかったTだったが、それでも付喪神が宿るほどの年月を家族とともに過ごしたかもという感慨を抱いてしまう。だから論理的に、Tの行為は思い出、記憶を叩き壊す行為である。
 天候は暑くなったり涼しくなったり目まぐるしく変わったが、ワークマンで買ったレインウェアのお陰か、Tにとって過ごしにくいということはなかった。それでもTはほんの少しだが鬱になったのは確かである。
 特に今回はTにとって二回目の災害ボランティアである。三月一日の一回目は初めてのことで緊張し、怒涛のように続く作業に没頭することが出来た。しかし二回目の仮仮置き場での作業は少し気を付ければ考えことをする余裕を持てる単純作業。それが逆に人を落ち込ませること、ならば逆に現場で緊張した作業に没頭する方が心身の健康にはいいとTは気づいた。
 その気持ちでTは輪島に臨んだのである。(終わり)(大塩高志)

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