見出し画像

他ランドにもやさしい『ラ・ラ・ランド』

舞茸をフライにしてクラムチャウダーとおいしいなあと食べていたら泣けてきた。
どこでどう脳裏で接続したのか、旅立ってじきひと月になる猫の最期を思ってあれで良かったのだろうかさびしかっただろうかと舞茸とクラムチャウダーを喰む口の外側を涙が幾粒もつたってくるのだった。まだずっとこんな調子だ。

スープは半分残しあとでまた、とラップを掛けて時計を見た。出掛ける準備をしなくては。15:30回の『ラ・ラ・ランド』のチケットを買ったのだ。

確定申告の書類をポストに投函しなくてはならないし、買わなくてはならないものがあって少し大きな駅に出る必要があった。それで、どうせ出掛けるならバス一本で行けるK駅へ、そこなら映画館もあるしレディースデーだしこの機会に観たい映画を観よう、と算段してあった。

けれど気は重く不安があった。
K駅へのバスが途中、動物病院の前を通る。今のこのコンディションでそれって、だいじょうぶだろうか? そして『ラ・ラ・ランド』も。

ポストに立ち寄るために今日はひとつ先のバス停で乗ろう、と少し早めに家を出た。K駅に着いてから投函するのでもいいのだけれど、どこにポストがあるかがわからないし、探していて映画の時間に間に合わなかったらイヤだし、映画の後にポストを探してもいいけれど"本日中消印有効"は本日中の集荷に間に合わないとダメ?ってこともないとは思うけどとにかく、不安なので最寄りのバス停で乗るよりは5分早く家を出てひとつ先のバス停まで歩く方を選んだ。

無事に書類を投函して道路の反対側にあるバス停へと信号を渡る。今日はダウンコートを着ていても寒くてベンチに座って待つ間に体が冷えた。5分遅れほどでやってきたバスには「乗務員研修中」の札が掲げてあって、運転手の斜め後ろにも同じく運転手の格好をしたおじさんが立っていた。後方の空いた席に座って、これなら遅れるよねそれなら仕方ないよ、うん。がんばってください、ふう。と思ってるうちに動物病院の前に差し掛かった。目をそむけたりするのは余計なことだと思ったのであえて覗き込むようにして目を凝らすと「本日休診日」の札が掲げてあった。ああ、そうだっけと思った。

「華やかな"ミュージカル!"を期待していた私にはちょっと……物足りなかったです」「つまんなかった。中途半端」などと観た友人たちから聞いていたので、どんなんだろうとぼんやり観始めた冒頭。トラックの荷台がガララッ!と開いた途端、私の口角はキッと上がった。そして涙が滲んだ。た……たのしいやあああ! ガララッ、ララランド! こんなふうに塞ぎ込んでいる人間を高揚させてくれてあゝなんてありがたい! と泣けてきて泣けた。

だけどまあ、原則いろんな感情が「猫……」のままではあるので、ヒロインが「miss you」と口にすれば「miss cat……」。主人公男性が投げキッスをすれば「入院中のお見舞いの帰り際、ガラス越しに外国人がやるみたいな投げキッス(?)したな……」とか、もう映画とは全然関係なくとにかくだいたい泣いていたのだった。

それでも一応「カメラワークいいなスゴいなあ」とオープニングやプールにざぶんなところとかで折々に感心したりもし、ここぞのヒロインのオーディションのところでは夢追い人の魂のさけびに共感し、ラストへのくだりはあれは「ひとの脳裏をあそこまで高精度にあざやかに撮るなんてCTやMRIよりもすごいのでは」と感動し、本編でもしかと本域に泣いたりしていた。

つまり、始終泣いていた。

「物足りない」だ「つまんない」だ言われてるのは知らん。押せ押せでぎゃんぎゃん迫ってきたりしないで、座席に埋もれながら極私的に泣いてる私の目の前で、気づいたらそちらスクリーンの中でもマイペースに歌や演奏やダンスが繰り広げられていて、私おーしまのビッグ・アイランド側のドラマとラ・ラ・ランド側のドラマがお互いを邪魔せずに尊重しながら此処に共存させてもらえてる……と気づいたときには、なんてやさしい映画なんだろうこの映画が大好きだ、と深々思った。そして、ラストのふたりの表情は、今はまだ泣いてしまうことしかできない私には"希望"と映った。

明日またクラムチャウダーを温め直して飲むときは、今朝よりもっとおいしかったらいい。



この記事が参加している募集

コンテンツ会議

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?