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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.29

巡礼21日目

サンマルティン・デル・カミーノ(San Martin del camino) ~ アストルガ(Astorga)

■まるで故郷のような朝

体育館のような駄々広いスペースにところ狭しと配置されたベッドに横になりながら、僕は早出する旅人達が暗闇のなか支度をする音を聞いていた。

これまでも、割とこう言うことは多かった。この時間は嫌いではなかった。早出する者は周りに気を遣ってくれる場合が多い。(例外もあるけど)暗闇のなかゴソゴソ、ヒソヒソ、カタカタと音がたつ。聞き耳をたてると言うと何だか趣味の悪いように響くが、目で見るだけではないそれぞれの一日の始まりの音は、まだ醒めきらない僕の頭に心地よく響いてくれた。それはかつて故郷の母が、階下で朝食の準備をしているのを寝室でうとうとと聞いていた、あの頃の空気に少し似ているような気がした。

のんびりと起きて食堂に向かうと、同じようにゆったりと寛ぐ巡礼者達が多くいることに安心した。どうやら今日は、気の合う旅人が多かったようだ。

先ほど足にテーピングをしたとき、ハサミを貸してくれた女性の隣に座る。彼女もまた、この宿、そしてホスピタレロをとても気に入った巡礼者の一人だった。

「ここは雰囲気が本当に良いわ!宿も、ホスピタレロも本当に大好き!歓迎してくれているのが伝わるのがとても嬉しいの!」

そう言って彼女は熱く語った。

無口で無愛想、母国の言葉だけ話す老いたスペイン人は、ひとつひとつの仕事と時折見せる柔らかな笑顔で歓迎の気持ちを伝えて見せた。言葉は無くとも気持ちは伝えられる、それは接客以前に人と人との間にある純粋に「~してあげたい」感情があってこそのものだ。それこそが、僕が朝感じた「故郷のような感覚」に繋がっていたのかもしれない。

彼女の話に頷き、同調しながら自問した。僕は、日本でそう言う気持ちで仕事が出来ていたのだろうか。僕は自信を持ってイエスと言うことは出来なかった。

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■行ってみたい場所

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時折、西へ歩く僕たちに逆行して歩く旅人を見かけるようになった。サンティアゴヘ辿り着いたのだろうか。彼らはどこへ向かっているのだろう。家へ帰るのか、はたまた今まさに新たな旅路を歩いているのだろうか。

道中、ベルギーから来た女性と話をした時に、ブルーフォレストの話を思い出した。「ベルギーには春になると、一面にブルーベルと言う花が一面に、まるで絨毯のように咲き誇る幻想的な森がある」と言うのだ。

開花時期が短く、丁度今の時期に当たるらしい。彼女もまた、この森はとても美しく、一見の価値があると勧めてくれた。【彼女も】と言うのは、実はこの話、旅の前にお店に来た海外ゲストから聞いていた。「魔法のような森があるんだよ。今度、行ってみようと思うんだ」と嬉しそうに話していた彼は、今頃美しきブルーフォレストを歩いているのかもしれない。

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■変わる巡礼の雰囲気

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赤土の道と青い空のコントラストが美しい。妻は少し喉が痛いそうだが、今日も元気に歩いている。

アストルガまで行く道は、これまでと少し雰囲気が違っていた。それは恐らく、ツアー客の存在があったからだろう。

カミーノは【世界遺産の道】で、毎年多くの巡礼者が歩く。ただそれは、個人できている人ばかりではない。団体ツアーの人もいる。

それとかち合った日と言うのは、巡礼の雰囲気は少し違って感じる。

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何が違うのかと言うと、まず混む。そして、道は一気に観光地と化す。モニュメントやバルと言った写真スポットには人がたむろし、スタンプを押すとなると行列が出来る。そこに、これまでの巡礼の面影は無い。ツアー客はスポットでそのセクションを歩くから、当然彼らと巡礼者達の温度差も違う。

ただそれが悪いことかと言うと、別にそう言う訳でもない。もしかしたら新たな出会いになるかもしれないし、賑やかになればそれはそれで寂しくなることもない。道を歩く者は、皆巡礼者だ。そして、道もただ道としてそこにある。美しい空も、色鮮やかな大地も変わらない。ただただ、積み上げたものが違えば想いの強さと温度差は間違いなく変わる。それだけだ。

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■アストルガだよ全員集合

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アストルガ(Astorga)に着くと、たくさんの仲間と合流した。何軒かあるアルベルゲのうち、「ここがおすすめらしいよ」と言う情報が巡礼者達の間で伝わるから、結果的に仲間が同じ公営アルベルゲに集まりやすくなる。これがカミーノネットワークか。

ここでライアン、ヨンチャン、ももちゃん、ジュリオ&トニー&フランシスコのイタリアトリオ、久々の天使親子(やっぱり天使は可愛い)、アドリアン、そして、ホルニロスで出会った年下日本人の井原氏(彼には夫婦冷戦の際に、ほんっとうにお世話になりまして)。気が付けば、だんだんこうやって書き連ねるのも大変な位、でも思い出を全て書き残したいくらい素敵で大好きな仲間が増えてきていた。

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このモニュメントが目印なんだそうだ。

アストルガと言えば、カテドラルとガウディ建築の司教館が有名だ。

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こう言ったものは、巡礼の旅に出るなら多少お金をかけてでも見学してみたら良いと思う。日本で神社仏閣を訪れ肌で感じるのと同じで、その国の歴史や文化に触れるチャンスは存分に活かすべきだ。口コミや、ガイドブックやネットの情報では伝わりきらない雰囲気を感じることは、理解する上でとても大事なことだと思う。

ちなみに、アストルガはチョコレートの街でもある。甘党の僕にはたまらない!!カテドラルからの帰り道、妻と一緒にチョコのスイーツを食べながら帰った。

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アストルガは本当に、美しい街だ。

■夢は何処へ

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世界には僕たちの知らない美しい世界がたくさんある。僕も二十代も初めの頃、世界中を見て回りたいと言う目標があった。僕が見た絶景を、たくさんの人と共有したいと言う夢があった。社会の荒波に呑まれ、日々に忙殺されていつの頃か無難にまとまることで自らを納得させ、行き先を失ったしまった僕の夢は、今僕の心の中のどの引き出しに仕舞ってあるのだろう?

就寝前に日記を振り返り、「今日は自問自答ばかりだな」と呟いた。歩きながら色々なことに疑問を抱く。人に対しても、自分自身に対しても。考えて考えて考える。それでも答えが出ないとき……そんな時は、とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着けば良いか。

人生はオブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダなのだから

※そうは言っても、翌日には暢気にオブラディオブラダ言ってられない程の苦行が待っているとは、このときの僕達は想像すらしていなかった。

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サンマルティン・デル・カミーノ(San Martin del camino) ~ アストルガ(Astorga)

歩いた距離 23km

サンティアゴまで残り 約263km

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