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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.25

巡礼17日目

テラディロス・デ・ロス・テンプラリオス(Terradillos de los Templarios) ~ ベルシアノス・デル・レアルカミーノ(Becianos del real Camino)

■吹雪の巡礼

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朝降っていた雨は、やがて雪へと変わり、間もなく吹雪となった。

畑は気が付けば白く染まり、そこに4月の春の面影は微塵も感じられない。

春を予想して荷造りした旅人にとってはひとたまりもない。冷たい風が吹き付け、雪は容赦なく僕達に降り注いだ。

実は今歩いているメセタは、平原ではあるものの標高は800mあるのだ。これは日本で言うと那須高原の標高に相当するらしいのだ。つまり僕らは、平原でありながら、しかし山間部を歩いていると言うことになる。

なるほどそう言うことであれば雪が降るのも頷ける。あまり情報を仕入れてこなかったことが仇となったが、日頃から慣れ親しんだ【山の準備】が効を奏した形となった。僕達夫婦は防寒、雨の装備は完璧に用意していたから。(世のアウトドアメーカー有り難う)

更には妻は、荷物もトランスポートしていた。その理由は天候の事もあったが、何より彼女自身の体調に理由があった。

■女性の巡礼事情

彼女の体調と言うのは、女性なら1ヶ月以上の旅で誰でも不安を抱くであろう【生理】だった。(妻が是非書いてくれと言うので監修の下、日記を書く)

こればかりは男性には理解したくても理解しがたい繊細な事情になるのだろう。こんな時、夫に出来ることは妻の意志を尊重してそのサポートをすることくらいしかない。

一日に長い距離を歩く巡礼の旅では、時に【街がない=バルが無い或いはトイレが無い】状況が長く続くことがある。

加えて今日のように雨が降り、雪が降れば気温は下がり、それが体調に響くのだとか。

その中でどんな選択肢を選ぶかは、当人次第だ。無理をせずバスを使って移動する、一日休養する事も可能。自分の心と体の声を聞いてほしい。

妻の選択は【歩きたい】だった。

「私は道を歩きたい」「そのために荷物は送る。そして負担を減らして歩く。ただし、無理はしない」

これが彼女の主張だった。その意味で、トランスポートは最良の選択だったのだろう。

僕達夫婦であれば妻の負担は夫が支えれば良い。片方が辛いときは、片方が支える事が出来る。

しかし女性一人の巡礼は大変だ。だからこそ無理はせず、選択肢をいくつか持った上で楽しく、安全に旅が出来るサポートサービスがあるならばそれを選択するのが良いと思う。

■妻とももちゃんは頑張り屋

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妻も頑張り屋だが、ももちゃんも大概頑張り屋だと思う。

この日、彼女もまた道を歩いていたのだが、途中のバルで見かけた彼女はびしょびしょで寒さに震えていた。

それもそうだ。彼女は僕達よりもっとシンプルな装備だったのだから。スニーカーも、カッパも、アウトドア用のそれよりも脆弱な物であることは間違いなかった。

三人でコーヒーを飲んで温まる。妻とももちゃんが、何だか姉妹のように見えてくる。

「これで少しでも寒さを紛らわせたら」

と言って、妻はももちゃんにカッパを渡した。重ね着による防寒対策だった。

ももちゃんは本当によく歩く。黙々と歩いているイメージで、あまり弱音を聞かない。

そのイメージもあってか、ももちゃんは皆に可愛がられている。「モモ!モモは大丈夫か!?」って心配する男達も多い。僕達もまた、例外ではなかった。

若い子が頑張って歩いていると、何かしてあげたくなる。協力してあげたくなる。頑張り屋さんの役得と言うか、ももちゃんにせよ、妻にせよ、頑張る者が報われる世界がそこにはあったように思う。頑張る側も、応援する側も、全てが素敵な世界だ。

■Better than Nothing

そんな頑張り屋達も、ベルシアノス・デル・レアルカミーノ(Becianos del real Camino)に着く頃には疲労困憊になっていた。僕も、テーピングしたとは言え足が痛くて仕方ない。

宿泊する公営アルベルゲは寄付制(Donativo)で成り立っている。営利目的で無い分、設備やサービスは私営のそれに劣ると思いがちだが、実情は少し異なる。

設備自体は遜色無いのだ。むしろ、純粋な迎える側の善意と、それを応援したい巡礼者の善意で成り立つ分、そのもてなしに温かささえ感じる。

ホスピタレロの「ここにはベッドがあり、温かな夕食も、朝食もある。あなた方はただただゆっくりと休んでください。」と言う労いの言葉は、寒さで冷えきった体と、日頃日本で受けていた形式ばったサービスに慣れていた僕達の心に深く沁み渡った。

いつものように洗濯物を干しに外に出る。一時的に雨こそやんだが、どう見ても乾かせる天気ではない。

そんな様子を見て、女性ホスピタレラが声を掛けてくれた。

「洗濯物を干すの?」

僕は答える。

「うん。でも、きっと乾かないよね。」

すると彼女はニコッと笑ってこう言った。

「何もしないより良いわ。(Better than Nothing)」

そう言って彼女は、寒いからお入りなさいと手招きし、食堂でホットチョコレートを出してくれた。僕は有り難うと言ってそれを飲む。

甘いな。ただただ甘い。

でも、美味しいわ。これ。

僕はそのただただ甘い飲み物を前にして先ほどの会話を思い出す。

「ま、確かに何もしないよりはいいのか」

良い言葉だなと思いながら口にした「ただ甘い飲み物」は、コーヒーの様な後引く苦味こそ無かったけど、しかしそのシンプルな味わいはホスピタレラの直球な優しさと同じで僕を芯まで温めてくれる、巡礼中飲んだ何よりも温かな飲み物だった。

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■逞しき巡礼者達の夕べ

夕食は19時30分から。この日宿泊の巡礼者10名と、ホスピタレロ3名でとった。

収容人数は50名近い大きめの宿なので、かなり少人数ではあるが、今日の天気を思えば仕方ない。ここまで歩くだけでも骨の折れる事だったのだから。今夜集まった旅人達は、随分と逞しかったのかもしれない。

参加者はスウェーデン、イタリア、オランダ、アルゼンチン、スペイン、それと僕達夫婦とももちゃんだ。本当に世界各国様々すぎて、何語で話せば良いのやら!

ホスピタレロの料理が運ばれ、宴が始まった。最初に流れを作ってくれたのはスウェーデン人の女性だった。

「日本語でDeliciousは何て言うの?」

そこから、世界中の言葉講座が始まる。僕達のリアクションが面白かったのか、皆たくさん構ってくれた。

皆、お互いの国の言葉や文化に興味を持っているし、相手にも自分の国のことを知ってもらいたいと思っているのだ。

中でもアルゼンチン人の巡礼者アドリアンは、面白がって色んな言葉を教えてくれた。

言葉は難しい。難しいけれど、人と人を繋ぐためにこれほど大事なものはないと、そう学んだ夜だった。何よりこの数時間の言語講座は、僕達マジメ夫婦の学習意欲を刺激するには充分すぎた。

「言葉を勉強したい!!!」

僕達は、強くそう思うようになっていった。

※ちなみに、この夜の経験がきっかけでこの先経営する僕達の店でも繋がりが生まれることになるが、それはまた別のお話。


僕達夫婦の二人旅は、いつしか自然と仲間を加えて【皆との旅】へと変わっていく。とりわけこの日の夜繋がった人たちとは、この先も固い絆で支え合っていくことになるのだった。

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テラディロス・デ・ロス・テンプラリオス(Terradillos de los Templarios) ~ ベルシアノス・デル・レアルカミーノ(Becianos del real Camino)

歩いた距離  23.5km

サンティアゴまで 残り約360km

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