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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.34

巡礼24日目

オ・セブレイロ(O Cebreiro) ~ トリアカステーラ(Triacastela)

いつも通りの六時半起床。ずいぶん規則正しい生活が身に付いた。昨夜もイビキの大合唱ではあったが、妻はどうやら耳栓無しで眠れる鋼のメンタルを手に入れたらしい。

■山の朝

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オ・セブレイロ(O Cebreiro) は、標高1330mに位置する峠の集落だった。この標高は日本で言うどのくらいかと言うと、ちょうど東京都は奥多摩の、川乗山がそれに近い。

準備を終えて外に出ると、なだらかな稜線を描く山の向こうに雲海が広がっていた。朝日に照らされた黄金色に輝く山と、真っ白な雲の海は日本で見ても、スペインで見ても、変わらず美しかった。

そう言えば結婚する前、単独で登った北岳で見た満点の星空と真っ赤に燃える朝日や純白の雲海を見て、「いつかあの人と見られたらなぁ」と夢想していたことを思い出した。時を経て今、その人は隣で静かに白い海を眺めている。

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巡礼者達は太陽を背に歩き出す。西に進む旅人達は、東から昇る太陽を自然と背にして歩く。この上なくシンプルな位置確認の方法だ。山の上らしい少し冷え冷えとした空気を感じる一方で、後ろから顔を出した太陽の光の温かさもまた、人々は感じていた。純粋無垢な自然の暖かさは、今日も長旅になるだろう巡礼者達の背中を優しく後押ししてくれた。

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■ライアン、必ずまた会おう

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セブレイロ峠の有名なモニュメントの前で記念撮影に勤しんでいると、ライアンとクラウディアちゃんが自転車に乗って現れた。

「僕達はコイツで峠を一気に下るんだ!」

うわー!めっちゃ楽しそう!羨ましすぎる!ライアンはいつも面白そうなアイデアを持ってきてくれる。彼と一緒に仕事が出来たら、とても楽しいだろうなと思った。

「あれ?僕たち?ヨンチャンは?」

これまで連れ添った相棒について尋ねると、彼は笑顔で言った。

「ヨンチャンは寝てたから、置いてきた!多分、バスで来るよ!きっと!」

無情!

あぁ!無情!!

朝から僕達は、盛大に笑った。同時に、もしかしたらこれが最後になってしまうかもしれないと言う一抹の不安も抱えながら。

彼らは今日、僕達が歩く二日分先を行くわけだから、ひょっとしたらゴールで会えないかもしれないのだ。

「サンティアゴには、二日間滞在しようと思う」彼はそう言っていた。分かった。着く頃に、必ず連絡するよと約束を交わし、僕達は別れた。

人との出会いが突然なら、別れもまた突然訪れる。これが最後かもしれないし、最後じゃないかもしれない。僕達はただ歩き続けるだけ。結末は、神のみぞ知ると言うことだ。

■動物との触れ合い

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いつものようにチョコパンとカフェコンレチェで休憩を取っていた時のこと。外に並べられたたくさんのテーブルで、巡礼者達が思い思いの時間を過ごしている。どこからか現れた大きな犬が一つ一つテーブルを回り、それぞれから寵愛を受けて回っていた。喉元を撫でられた犬も、優しく撫でる女性も、とても幸せそうな顔をしていた。

人と動物との触れ合いは、この旅においても一つのハイライトに数えられるくらい微笑ましく、幸せな光景だ。思わずシャッターを切ってしまう。

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こんな光景も見慣れたものだ。草を食むロバも、それを近付ききれず少し遠目でシャッターを切ろうとする様子も微笑ましい。

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また時に彼らはまるで自分が被写体であるかを自覚しているような、何とも言えない表情をすることもあった。地面に咲く野花を背景に写る彼を見て、この子はそう言う仕事をしているのだと信じかけたほどだ。カミーノで出会った動物達をテーマにしても、すごく面白そうだ。ちなみに、猫と一緒に旅をするインスタグラマー?もいた。

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■ある夫婦

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トリアカステーラまでの下りの途中、一組の夫婦と会話した。年は僕達の親世代だろうか。お揃いの青い帽子を被った旦那さんよりも少しだけ奥さんの方が背が高い素敵なカップルだった。

「あなた達、新婚旅行なの!?素敵ねぇ。私達はね、私が彼のためにこの旅をプレゼントしたのよ。それで、二人で歩いているの」

少し背の高い婦人は朗らかにそう話した。

「彼は仕事を頑張ってくれたから、彼のために私も歩くことにしたの。この道はこの人の歩きたかった道なのよ」

彼女がそう付け加えると、その後に旦那さんは少しはにかみながら、

「カミーノは彼女がくれた贈り物なんだ」

と付け足した。とても素敵だった。

道を歩く夫婦やカップルは実はとても多い。そして、その大半は人生の節目にこの道を歩いているようだった。

多くの人は、この道を歩くことで自らを振り返り、人生を振り返る。そして、パートナーと向き合う。皆、この道を歩いた先に何を思うのだろう。年配の巡礼者夫婦と話をすると優しい気持ちになれる。人生の先輩達を前にして、ただただ素敵だなぁと感動するばかりだった。

僕達も年を重ねてからこの道を歩いたとき、その人生を振り返るのだろうか。誰かの心に何かを残せるような話をするのだろうか。息ピッタリの夫婦の背中を眺めながら、僕は僕たちの未来を思い描いていた。

■はたらき者のマリア

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トリアカステーラに着いたのが午後二時。アルベルゲの入り口にはアドリアンが出てきていた。他に何人か巡礼者が入り口にいて、受付の順番を待っているようだった。

「ここのアルベルゲは良いぞ。ただ、ちょっとマリアが怖いけど。」

そう言って両手の人差し指を頭に立てて、【鬼】のポーズをして見せた。

マリアは、このアルベルゲのホスピタレラ(宿番)だった。小柄でブロンドの長い髪に、整った顔をした美しい女性だ。ただ、とても真面目だからなのか口調が少し強く、決まりを守らない者に対しては厳しかった。そした、真面目がゆえに受付の説明にかける時間が長かった。それをアドリアンは怖いと言った。

実際のところ、マリアはとても良い人だった。説明も詳しく、そして優しかった。笑顔が素敵で、可愛らしい人だと思った。何の怖さも感じられない。アドリアンも冗談で言ったのだろうが、人の印象ほど抱くものがそれぞれであてにならないものはない。百聞は一見にしかず。

■猫は巡礼者と見なされますか?

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荷物を置き、外に出て猫を愛でていると、先ほどの猫を連れた巡礼者達が現れた。

彼らとマリアが言い合っている。どうやら【連れている猫は巡礼者に当たるか?】を巡って話し合っているようだ。巡礼猫か?

結局マリアが断りきって、猫を連れた男は別の宿を探しに行った。マリアは、猫は巡礼者ではないから。他の巡礼者達もいるなかで、特別扱いは出来ない。そう言うスタンスだった。

その行動は人によっては融通の効かない頑固な対応に思うかもしれないが、彼女は規則に則り、ルールの範囲で対応していた。人によっては毅然と対応し、他の巡礼者達の休みを確保したとも取れるだろう。

マリアは、そんなホスピタレラだった。

■知らず知らずに与えられてきた物

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アルベルゲには大きな広場が付いていて、地元の姉妹が遊びに来ていた。彼女達は日が暮れるまでそこで遊び回り、犬を連れて散歩した。

それはまるで僕が幼い頃に兄弟と遊んだ光景と同じで、僕はその姉妹に幼少気の記憶を重ねていた。

その他、緑の森も、広場に指す西陽も、共に遊ぶ兄弟や仲間も、その日見た牧歌的な情景の殆どは、幼い頃過ごした故郷の記憶と重なるものだった。知らぬ間に、親や社会から与えられてきたものだった。東京の競争社会の中で、日々の忙しい暮らしの積み重ねによって、底へ底へと押しやられた記憶だった。

巡礼の旅は、心をシンプルにさせる。

それはきっと、あるべき心の在り方を映し出す旅と言うことなのかもしれないな。と思った。

自分の居場所はどこだろうと、僕は僕に問いかけた。

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オ・セブレイロ(O Cebreiro) ~ トリアカステーラ(Triacastela)

歩いた距離 20.5km

サンティアゴまで残り 約135km


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