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僕達が旅をした理由

こんにちは!おぐてらです。

スペイン巡礼のコトを綴るにあたって、どうしても書き伝えたいコト。

それが、旅の理由。

なぜわざわざこんな時代に、30歳の夫婦が仕事を辞めてまで800kmも歩こうとしたのか。

僕達を知って頂くためにも、本題に入る前に少しお付き合い頂けたら嬉しいです。

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僕達が旅した理由。

それは、独立してお店を持つ前に妻と二人で

「僕達はこんなことをやりました!」

と言える何かを成し遂げたかったから。

夫婦の思い出と、二人のアイデンティティが欲しかったからです。

それは、僕自身のワガママでもありました。

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個人的な話になってしまいますが

僕は20代の時分、一人旅を満喫していました。

自転車で日本横断をしてみたり

色んな海外の国を、それなりの回数、それなりの密度で旅をして楽しんでいました。

僕の信条として

一人旅には一人旅の

二人旅には二人旅の良さがあって

人生においては

それぞれの段階があるから

その時が来るまでは

その時出来る旅を楽しめば良い

と言う考えがあったので、当時は彼女がいてもその子と旅をするのではなく、一人旅を楽しむときだと決め込んで満喫していました。(そのせいでフラれたことも…ことしかない)

誰にも縛られない、予定も何もない

とにかく自由な旅が楽しかったのです。

自分の心に変化が訪れたのが2018年秋。

ネパールのエベレスト街道を歩いたとき。

その年は、「冒険の共有」をコンセプトに活動されていた故 栗城史多氏が、エベレスト登頂の道半ばで亡くなった年でした。

氏の著作「一歩を超える勇気」を学生時代に拝読し、少なからず勇気を貰い影響を受けていた僕は、氏が生前目指していた山に興味を持ちました。

「栗城さんはエベレストに何を見ただろう」

氏の目指した山と、そこに至る道を

自分の足で歩き、目で見て、耳で聴いて、感じてこようと思い、大いなる好奇心とある種追悼の意も込めてネパールへと向かったのです。

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ただ、エベレスト街道と言う道は

最高5500mの標高まで登る高所順応を必要とするトレッキングで、登山経験の無い妻には負担が大きく連れていくことは叶いませんでした。

そのため、関係各所(親族)に許可を得て、妻を日本に残しネパールへと旅立ちました。

旅は想像を遥かに越えた

素晴らしいものでした。

登山を趣味として始めた頃から憧れた山

故 栗城氏への思いを馳せ、ヒマラヤの山々を見つめながら歩く日々に大変感動しました。

が、何か物足りない

そう。折角大切に思える人と結婚したのに

感動を共有したい妻が隣にいないのです。

確かに旅自体は最高に充実し、

人生の目標を1つ達成したことに間違いはないのに

「共有をしたい」

そう思える人がいるにも関わらず、それが叶わなかった。と言うことが

僕の心にほんの僅かですが小さな後悔として残りました。

そして、夕日に照らされて真っ赤に燃えるエベレストを眺めながら

「今度は妻と二人で人生の思い出を共有できる旅をしよう」

と決意しました。

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僕の信条であった旅の形はこのとき、

一人旅に没頭する時代を終えて、

大切な人と旅を共有する事に価値を見出だす時代を迎えたのだと思います。

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よくお客様から聞かれる

「なぜ夫婦で旅をしたの?」と言う質問。

その理由と経緯です。

自分語りになってしまう部分が多々あり

お目汚し失礼します。

そんなわけで、ネパールから帰国した僕は早速次なる旅を目指し、準備を始めたのです…

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東京で小さな日本酒のお店を営む旅好き夫婦です。 2018年4月から5月にかけて800kmのスペイン巡礼の道を歩きました。夫婦で旅することの面白さを、当時の事を振り返りながら書き綴れたらと思います。
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