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How to define Life?〜生命をどう定義するか〜

 1ヶ月ほど前のことですが、私が一番最初に投稿した記事「What is Life?〜生きるとは何か?〜」にコメントを下さった方がいらっしゃいました。コメントと言っても感想ではなく質問だったため、その方とはコメントのやり取りを行いました。何度かコメントのやり取りをする中で、ふと思ったことがありました。それは、生命をどう定義付けるかということです。今までの記事で生命の特徴を幾つか挙げてきましたが、それらは単なる性質であり定義付けとしてはまとまりに欠けていました。しかし、思考を巡らしながらコメントを返信していると、不意に性質を定義付けに変えるアイディアが思い浮かびました。と言うのも、今までバラバラに述べてきた生命の性質は、本質的に2つの事柄に収斂させられるのではないかと考えたからです。2つの事柄とは「徒然なる 想い〜レプリカで見る世界〜」で軽く述べた通り、核酸という物質(注 1 )を用いた情報伝達と Baiopotential (生物ポテンシャル)による秩序付けられた生命活動の2つです。勘の良い方ならここで気が付かれると思いますが、この2つはそれぞれ生物の物質的側面と生物のエネルギー的側面に対応しています。ここで、二元論的に言えば生物と非生物は対立する概念になるため、非生物を理解する概念(物質・エネルギー)で生命を定義付けられるのかと訝しがられる方もいらっしゃるかと思います。しかし、幾ら生物が非生物と異なる挙動を示すとは言え、生物の体も所詮は分子の塊ですし、分子に内在する全エネルギーを解放すれば恐らく一つの街を灰にする程度の莫大なエネルギーが得られます。よって、生物も究極的には物質及びエネルギーという自然科学に於ける普遍的言語で語られ、生物の特徴は物質やエネルギーを物理的環境に対して半独立(注 2 )に利用しているところにあります。以上のことを踏まえ、今回の記事では遺伝現象及び生命特有のエネルギー流が生命現象の本質として妥当なのかを考察し、そこから生命の定義付けを行います。この構想は随分前から紹介しており、やるやる詐欺のようになっていましたが、漸く公開できるところまで来ました。心待ちにして下さっていた方は、是非最後までお付き合い下さい。

 では、早速核酸を用いた情報伝達から見ていきます。情報伝達と言うと抽象的な表現に聞こえるかもしれませんが、端的に言えば自分の遺伝物質を子孫に伝達する生殖行動のことを指します。身の回りのものを見渡してみれば分かることですが、非生物のものは人間や自然の力が加えられない限り勝手に増殖することがありません。もし家の周りに転がっている1個の石が2個の石になっていれば、それは何らかの外力によって石が割れたと考えるのが普通でしょう。ナマコのように石が自ら分裂したと考える人はまずいないでしょう。仮に石が勝手に分裂したとすれば、世の中の物理法則が崩れているか、石のように見える新たな生物種の発見ですので、直ぐに研究することをお勧めします。閑話休題、このように生殖行動は生物特有の現象であり、生物にとって非常に意味のある行動になっています。生殖行動が生物にとってどれだけ重要な意味を持つのかは、Life History(生活史)からも明らかです。Life History とは生物学でそれなりに使われる概念(注 3 )で、個体の一生を表現したものです。多くの有性生殖動物では図 1 のような Life Cycle になっており、一生の半分を生殖活動に費やすと言っても過言ではありません。もっと言えば、前半の摂餌・防衛も生き残り子孫を残すために必要な過程であることから、誕生したその瞬間から生殖に向かって歩んでいるとも解釈できます(注 4 )。例えば、サケは孵化し或る程度の大きさにまで成長したら、再び川に帰ってきて産卵した後直ぐに死んでしまいます。また、生殖期間に移行する前は防衛という観点から周囲の環境に敏感ですが、産卵中は無防備になり人間が近づいてきた程度ではお構いなしです。このことから、生殖活動を通じて子孫を残すことは生物にとって非常に重要であることが分かります。では、なぜそこまで生殖活動に労力を使っているのかと言うと、単に自己複製という本能に基づくと考えられます。体の構造が複雑化すればするほど体を再生することが難しくなり、時間とともに体は秩序を失って行きます(ヒトではこれを老化と呼んでいます)。体の構造が比較的単純であれば再生という手法により個体が長らえる道もあります(注 5 )が、我々のように複雑化してしまうと古いものは捨て去るという発想が必要になります。そのため、古いものは捨て去り、新しいものを複製するという道が誕生するわけです。この新しいものの複製が生殖であり、根底には生殖によって自己を存続させようという発想があります。ここで、自己を存続させると言うと無性生殖でもあるまいしと思われるかもしれませんが、有性生殖に於いてもランダムに自分の染色体の半分を子孫に与えるわけですから、これも自己の存続の派生形と言えます。勿論、残り半分は他の個体由来の染色体ですが、子孫の生存率を高めるためには無性生殖という方式が必ずしも適当ではないことから、適応と自己複製の折衷案として有性生殖が派生したと考えられます。このように、生物が生殖活動に重点をおく理由は自己複製にあると考えられ、この自己複製を抽象的に表現すれば個体の情報伝達と表現できます。従って、核酸分子を用いた情報伝達は生物特有の現象であり、生命の定義の一つと結論付けられます。なお、この定義から導かれる生命の性質としては、生殖行動及び自己複製が挙げられ、自己複製は細胞の特権であることから、細胞構造の有無も生命の性質として導かれます。

図 1 有性生殖を行う動物の Life History

 次に、Biopotential を利用した秩序付けられた生命活動を見て行きます。Biopotential などと言うと耳慣れない言葉に感じられますが、この言葉は私が考え出したものです。私のような浅薄な知識で新しい概念を提唱するというのも非常に勇気が要るものの、Baiopotential の概念を用いることで生物のエネルギー利用を考えやすくなるなと考えたため、思い切って今回の記事で独自の概念を出してみることにしました。Biopotential を用いることでどのような点で便利になるのかと言えば、生物の二通りのエネルギー利用を端的に表現できるところが挙げられます。一般的に生物はエネルギーを使って外界に対して能動的に仕事を行う一方、エネルギーを使って体の秩序を安定化させています。前者に関しては非常に想像しやすいと思いますが、例えば今私が文章を書く際にも多くのエネルギーを消費しています。文章を脳で考える際にはエネルギーを使用し、また筋肉を動かしてパソコンのキーボードを打つのにもエネルギーを使用しています。我々はグルコースや脂質から得た化学エネルギーを用いて、外界に仕事をしています。つまり、生物はエネルギーがなければ何の思考も行動もできません。勿論、非生物のものであってもエネルギーが外から加われば仕事をします。しかし、非生物のものは能動的に仕事をすることはなく、よりエネルギー状態の低い状態になろうとする結果最適な状態に落ち着くというだけです。よって、我々であれば食べ物から得たエネルギーを、植物であれば光合成で得たエネルギーを利用して、そのエネルギーを外界に対する仕事に変換していることが分かります。一方、後者の体の安定性という部分は一寸想像しにくいかもしれません。これは所謂 homeostasis(恒常性)の維持に関わるもので、例えば我々では自律神経系を指令系統にして homeostasis を維持しています。自律神経系は不随意神経とも呼ばれ、我々の思考によって調節され得ない領域のことを指します。そのため、私たちは普段 homeostasis がどのように維持されているのかを考えることもないわけですが、非常に重要な役割を果たしています。例えば、心臓の拍動は自律神経系により調節されています。自律神経系の内交感神経系が刺激されると心臓の拍動周期は短くなり、単位時間当たりの心拍数が多くなります。一方、副交感神経系が刺激されると心臓の拍動周期は長くなり、今度は心拍数が小さくなります。homeostasis が関与するものは他にも多くありますが、究極的に言えば我々がこの姿を保っていられるのも homeostasis のお陰と言えます。仮に homeostasis を維持する機構がなければ、体が急にバラバラになるなんてことも起こり得ます。このように homeostasis の維持を普段は意識することもないものの、その働きは生物にとって不可欠なものになっています。この homeostasis の維持にもエネルギーが使われるのは言わずもながらで、例えば恒温動物では体温の維持という homeostasis にエネルギーを多く使うため、変温動物に比べて成長という部分にエネルギーを多く割けないということが知られています。これらのことを踏まえれば、生物はエネルギーを外界に対する仕事と homeostasis の維持の2つの用途に利用していることが分かります。また、エネルギーの利用法は或る状態に於ける個体が判断することであり、熱として放射される量を除いて自由に使えるエネルギーであると言えます。よって、このエネルギーは生物が自律的(意識的か、無意識的かは別として)に消費するものであり、生物特有のポテンシャルエネルギー(注 6 )と考えることができます。このポテンシャルエネルギーを Baiopotential $${U_B}$$ と定義すれば、外界に対しての仕事 $${W_{out}}$$ と 生体内部で使われる仕事 $${W_{in}}$$ の和として表現されます。つまり、$${U_B=W_{out}+W_{in}}$$ と表されるということであり、更に熱エネルギーとして利用できないエネルギー $${Q}$$ を定義することで、生物が食物から、或いは光から得たエネルギー $${E}$$ を $${E=U_{B}+Q}$$と表わせます。従って、Baiopotential $${U_{B}=W_{in}+W_{out}}$$ を導入することで、生物は自律的に環境に対して働きかけられるとともに、homeostasis を維持することで体の秩序を保っていることが分かります。また、この自律的なエネルギー利用は生物特有のものであり、生命の定義の一つとして挙げられると結論付けられます。なお、この Baiopotential は元を辿れば独立栄養生物が光エネルギー、或いは化学エネルギーから生産した化学エネルギーに行き着くため、Baiopotential は生物の代謝という性質に由来するものであることが分かります。このことから、この生命の定義からは homeostasis の維持及び代謝、環境応答といった生物の性質が導くことができます。

 長くなってきましたので、そろそろまとめに取り掛かりましょう。生命を定義付ける際は核酸を用いた情報伝達とBaiopotential による秩序付けられた生命活動の 2つが妥当ではないかと考えられます。なぜなら、何れも生物特有の現象、すなわち生殖活動と特異なエネルギー利用から導かれるものだからです。また、この定義を採用することで、細胞構造の有無や代謝、自己複製、環境応答、遺伝といった生物の性質を導くことができます。この5つの性質は生物特有の性質であるとよく言われるもの(参考文献 1 )であり、今回導いた生命の定義からこの5つの性質を導けることからも、定義としては取り敢えず妥当なのではないかと考えられます。従って、暫定的に生命を子孫に対して情報を伝達する能力があり、且つ特異なエネルギー利用をするなにものかと定義付けます。今後の記事でも新たな定義付けを行わない限り、この定義付けを採用したいと思います。ちなみに、今更ながらの話ですが、岩波の生物学辞典で”生命”の項目を見てみると、こちらでも今回挙げた2つの性質が生命の性質であると述べられていました。こう考えると、何となく自分の定義付けに自信が持てそうですね。

 今回も長い記事になってしまいましたが、最後までお読み頂き有り難うございます。今回の生命の定義付けは如何だったでしょうか。生命の定義付けは非常に難しいものですが、今回暫定的とは言え定義付けることができ嬉しい限りです。しかし、今回のアイディアは決して私一人で思い浮かべられたものではなく、議論して下さった方がいたからこそです。インターネット上ではありますが、コメントという形で議論をして下さった方には本当に感謝しかありません。また、インターネットでこのような場を作れたのは note のお陰だと思います。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。一寸したことでも構いませんから、今回の記事でも皆様からコメントを頂けると幸いです。最後に、次回の記事の予告をします。そろそろ今年も終わりですので、誰が得をするのか分かりませんが、次回の記事では雑感として今年の振り返りと来年のことなどを綴りたいと考えています。また、今年中に最近飼育しているクダウミヒドラの観察記録も上げられたらなと考えていますので、楽しみにして頂けると幸いです。それでは、また次回の記事で皆さんとお会いできることを楽しみにしています。


注釈

1:ここで、DNAという言葉を使わず核酸と広義の言葉を用いたのは、RNAウイルスのようにRNAを遺伝物質として用いるものも存在するからです。ウイルスを生物と見做さなければ遺伝物質はDNAのみになりますが、ウイルスを生物の境界に位置付ける視点に立てばRNAも遺伝物質に含まれます。従って、ここでは広義に核酸を遺伝物質とします。

2:生物は環境から独立して振る舞うこともできますが、環境から影響を受けて振る舞うこともあります。よって、生物は環境に対して独立でもあり、且つ従属でもあります。これを半独立と表現しています。

3:Life History と似たものに Life Cycle(生活環)という概念もあり、個人的にはこちらの方がよく目にします。Life Cycle は配偶子形成などの生殖に関係する部分のみを抽出したもので、或る生物種がどのような生殖様式を持つのかを考える際によく使います。例えば、ミズクラゲはプラヌラ幼生から無性生殖世代のポリプ、有性生殖世代のメデューサになり、メデューサの卵が受精・胚発生することでまたプラヌラ幼生へと戻ります。これを LIfe Cycle で表現すると非常にすっきりし、生殖や発生(受精の部分)を考える際には非常に役立ちます。

4:生殖活動と言うと性的成熟が終わってからのことというイメージがありますが、生殖活動のための土台は胚の発生時に既に行われています。例えば、脊椎動物の雌では始原生殖細胞から卵原細胞への分化が幼児、或いは胎児期に完了しており、一次卵母細胞が第一減数分裂前期で停止した形で生まれてきます。生まれてからこの一次卵母細胞が増えることはなく、既に作られていた一次卵母細胞が性的成熟をトリガーとして再び減数分裂を再開するのみです。つまり、胚発生時点で生殖活動のための土台が既に準備されていると言えます。従って、胚発生の時点から生殖のための準備を既にしているのです。

5:再生と言うと、最近有名な再生医療を思い浮かべる方もいらっしゃると思います。そのため、組織の再生と言うと非常に特殊なものと思われるかもしれませんが、再生という行為は何ら特別なものでもありません。ヒトであっても上皮の再生や赤血球の再生などは日々行われています。勿論、ヒトはトカゲのように切れた尻尾を再生する能力などはないため、再生能力は低い生物に位置付けられます。例えば、ヒドラという刺胞動物は体をハサミで切っても、切った分だけ個体が増えます。また、すり潰しても再生します。細胞レベルでバラバラにするとどうなるのかは実験していないため何とも言えませんが、何れにせよ再生能力が高いことはお分かり頂けると思います。他にも、プラナリアという扁形動物も再生能力が高いことが有名で、プラナリアを切り刻んで全て再生させるなんていう実験もあります。このように、下等と言われる動物の方が再生能力が高い傾向にあります。なぜ、下等と見做される生物の方が再生能力が高いのかと言うと、体がヒトに比べて複雑化していないという理由があると考えられます。体が複雑化すると細胞分化も多様となり、各組織によって発現する遺伝子が非常に異なるようになります。このような状況下で再生能力のみを高めると、例えば錐体細胞があるべき場所に神経細胞が生じるといった混乱を招く可能性が高まります。そのため、再生能力の低い個体の方が却ってこのような混乱を招く必要がなくなり、より適応度が高かったと考えられます。従って、再生能力と体の複雑化はトレードオフの関係にあり、ヒトでは最低限の再生能力以外は捨てたのではないかと予想されます。

6:物理学では、保存力に対応する形でしかポテンシャルエネルギーを定義できません。そのため、今回の Baiopotential のような文脈でポテンシャルエネルギーという言葉を使うのは厳密な意味で適当ではありませんが、潜在的なエネルギー(potential energy)という意味でこの言葉を使っています。物理学的な意味でのポテンシャルエネルギーとは意図が異なりますので、ご容赦下さい。


参考文献

1:東京大学生命科学教科書編集委員会 編 「理系総合のための生命科学 第4版」 p.20 羊土社(2018/3/15)

2:巌佐 庸、倉谷 滋、斎藤成也、塚谷 裕一 編 「岩波 生物学辞典 第5版」 ”生命” 岩波書店(2013/2/27)

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