大庭和佳子

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    大庭和佳子の子育て人生18

    良い子どもと悪い子どもがいるわけではなく 良い習慣を持つ子と悪い習慣を持つ子がいるということ。 ということは、これは 良い習慣をもった親に育てられた子と 悪い習慣をもった親に育てられた子になりはしないか。 たとえ、自分は悪い習慣を持っていても、変えることが出来れば問題ないわけで、また生みの親というより、育てた親の習慣が重要だと言える。 また、親の関わり方によって育まれた幼児期までの 生活習慣 感情の機微 愛着が与える精神的安定 などの効果は一生続く。 乳幼児のサインに親

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      • 大庭和佳子の子育て人生17

        我が子へのインタビュー 長男:小さい頃から、勉強しろと言われたことがない。それが良かったんじゃないかと思う。バイオリンの練習は嫌だった。何も得るものはなかったと今は思う。それ以外は自由であった。真剣に勉強し始めたのは高3か。(中学生までの記憶は薄い模様。高1から単身日本での生活であったため、そこからの記憶か)そこの取材は次回。

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        • 大庭和佳子の子育て人生16

          自分の人生を生きていない事実を封印してきた二十数年… 子育てを頑張ってきた自分に自信をもって、これまでも生きてきたし、今も生きている。28年に及ぶ4人の子育て経験を武器に、公文式教室も2教室400名を超える生徒が通う教室に成長している。 しかし、自分を軸に考えてみると、子育て中は常に他者を優先する日々であった。続けたかった仕事を辞め、夫の仕事の都合で住む場所は変わり、少ない生活費で毎月やりくりし、食事や着るものなど、何でも子どもと夫を優先し、いつしか自分の欲求を抑えるように

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          • 大庭和佳子の子育て人生15

            本の企画に行き詰っています…自分の核は何か。自分の軸、母親としての軸について自問自答する日々。賢い子を育てるとはどういうことか。 では、なぜ子どもを賢く育てたいのか? 幸せな人生を送って欲しい…子どもが?自分が? お金持ちになって欲しい…子どもが?自分が? 有名大学に入って欲しい、大企業に就職してほしい、経済力のある人と結婚してほしい、子どもを産み育てて欲しい… いや、子どもが誕生した時、本当はそんなことを考えていたわけではなかった。無条件に嬉しく、喜び、家族の喜ぶ姿が嬉

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            大庭和佳子の子育て人生14

            14,1リットルのビーカーに2リットルの水は入らない  指導者として多くの子どもの教育に携わり、能力開発を早期に始めることの優位性を感じると共に、適切な時期から親は子離れを進めながら、目をかけて、本人が自立して学ぶように持っていくことが重要であると感じる。

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            大庭和佳子の子育て人生13

            13日本の教育システムはすぐには変わらない。ならば家庭教育から変えていくしかない。 結局私のやりたいことは、日本の教育システムを変えることなのだ。高度経済成長時代には、みんなを中ぐらいにするのに都合のよかった教育システムかもしれないが、成長停滞期となり、出生率低下で人口減の中、成熟した社会にふさわしい教育システムに変化させることが必要になってきているのではないか。

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            大庭和佳子の子育て人生12

            12,「自分軸」で生きるドイツ人と「他人軸」で生きる日本人 ドイツ人は、お金より「自分の時間」が大切であり、仕事より「家族との時間」を優先する。これは日本人と真逆であるように思う。 ドイツ人は、仕事でもプライベートでも常に「自分」の人生を生きていて、常に中心にあるのは「自分軸」である。これに対し、日本人は和を重んじるあまり、仕事や学校行事を優先しがちで、家族は後回し、自分の時間がないことに慣れて、また他人と同調することを優先する。それはともすると「他人軸」でいきていることにな

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            大庭和佳子の子育て人生11

            11,ドイツの教育を知って感じると日本の教育システムの問題点 ドイツの教育は、才能のある人を更に伸ばして英才教育する「才能教育」ではなく、個々が持っている才能を最大限に伸ばすという「才能教育」であると思う。公の教育であるにも関わらず、個人別の色合いが濃く、またその子の特性に寄り添い、幅広い選択肢とチャンスを国が与えている。 また、ドイツ人だけでなく、イミグランデ(移民)に対してドイツ社会になじめるようにドイツ語を学ぶ学校を与えたり、IQ140~160の子だけが受けられる特別授

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            大庭和佳子の子育て人生10

            ドイツの教育システム 考察 ドイツの教育は、当初「才能教育」だと考えていたが、ドイツに暮らす友人にインタビューをするうちに、見方が変わってきた。才能教育というと、才能のある子を取り出して、さらに伸ばすと捉えられそうだが、そうではなく「個を重んじる教育」「社会性を育てる教育」「適性を見つける教育」と言えそうだ。 また、学校は勉強するところであり、学校にすべてを任せるものではない。 ここはまずしっかり押さえる必要がある。子どものしつけや教育は元来、親の仕事であるということを日本人

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            大庭和佳子の子育て人生9

            9,ドイツの教育システム 学校の仕組み では、ドイツの学校教育はどんな感じなのだろう?これが、日本とかなり違っていて、実に興味深い。 まず、日本の小学校にあたる 1~4年生 Grundschule そして、5年生で道が分かれる。日本に比べてかなり早く進路の選択を迫られるわけだ。小4で大学へ進学可能な学校へ入学できるか否かが決まるって厳しくない?ただ、各学校間の行き来は、成績や意欲によっては可能だそう。入学したら安泰というわけではなく、成績が悪ければ学校を変わることになるし

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            大庭和佳子の子育て人生8

            8,ドイツで4人の子育て 日本人学校と校則 2006年、夫の駐在を機に家族5人でドイツへ。長男12歳、長女9歳、次女7歳小6、小3、小1の子ども達はデュッセルドルフ日本人学校へ転入しました。 2007年、第4子となる次男をドイツで出産。4人の子育てが始まりました。 住居は、日本人学校に近いオーバーカッセル地区のプリンゼンアーレにあるマンション。当時日本人が多く住んでいる住居でした。オーバーカッセル地区はドイツ人ならある程度の富裕層が住む、住み心地の良い安全な地区でした。子ども

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            大庭和佳子の子育て人生7

            7,排せつトレーニングのエピソード  4人の我が子を布おむつで育てた私ですが、(厳密にいうと、4人目はドイツで出産したため、途中から紙おむつを使いました)排せつトレーニングの結果を出しているNちゃんの事例をご紹介します。

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            大庭和佳子の子育て人生6

            6,0歳からの排泄トレーニング 布おしめのすすめ 頭の良い子、賢い子に育てたいと思うと、学習面に気が向きがちだが、その前に大切なことは、正しい生活習慣を身につけることであるし、もっと重要なのが排せつのトレーニングである。

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            大庭和佳子の子育て人生5

            5,第2子出産から専業主婦へ 1997年第2子を出産と同時に、夫が東京本社へ転勤になり、社宅のある横浜へ引越ししました。2度目の育休中、私は復職を模索していましたが、祖父母もいない横浜で、2人の子どもを保育園に預けて、東京まで通うことは物理的にかなり無理がありました。会社は横浜支店への転勤も考えてくれましたが、保育園に入れるかどうかも保証がない…。名古屋での生活より、東京勤務のほうが通勤に時間がかかり、夫は全くあてに出来なくなりました。 私が仕事を断念せざるを得ない…暗黙の了

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            大庭和佳子の子育て人生4

            4,結婚と仕事と出産と子育て 1992年、名古屋で新婚生活を始め、中部支店で営業に配属。1994年第一子を出産、育休を1年間取得して、復帰後が本当に大変であった。当時時短勤務はなく、定時が17:45で、19時までに保育園にお迎えに行くわけだが、仕事は中途半端になっても定時で切り上げるしかなく、お迎えに行けば、我が子はいつも一番最後でせつなく、本当に涙が出てきた。集団生活で息子は高熱をよく出すし、休んでばかりもいられないので、遠方から母が駆けつけてくれたこともあった。基本私が送

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            大庭和佳子の子育て人生3

            3,就職 1989年4月、日立系の情報システム会社に就職し、私は念願の東京進出を果たした。とにかく東京で就職し自立したかったので、願いが叶った。しかしこの就職もとことん父親と揉めた。 父は、そもそも大学進学時、山口から出ていくことに反対であった。理由は私が長女であり、家を継ぐ跡取りであるからだ。父は養子であったが(当時は長男以外は養子に行くのも一般的であった)男の子がいないため、私に家を継げという…到底聞き入れることは出来ず、両者平行線で、歩み寄りはなかったため、半年以上父と

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