見出し画像

生きてるだけで85点。



「生きてるだけで丸儲け!」という考えかたは素敵だなあと思いますが、「丸儲け」は言い過ぎかなあとも思ってます。僕はまだ29年とちょっとしか生きていませんが、時期によっては苦しかった時もあるし、ずっと丸儲けだったか?と言われると全てを肯定できるほどまだ人間ができていません。だから「生きているだけで100点!ありのままで素晴らしい!」と手放しで自分を肯定する気になれないかなあという気分です。それでもやっぱり自分の価値は自分で信じたいし、努力しようがしまいが一定の価値はそこにあると思っているので、「生きているだけで85点」という考え方を採用しています。85点というのは基礎点です。どんなことをしていようとしていなかろうと、誰に認められようとみとめられなかろうと、今日も生きているということで85点。だからどんなに自分で納得がいかなかった1日でも、「まあ基礎点の分はあるし、赤点ではないわな」という感じで自分を必要以上に責めすぎないようにしています。自分に厳しくしてしまうときは、他人と比べている時です。基礎点はみんな持っている点数ですから、つい持っていることを忘れて「あいつはすごい、自分よりも6点も多くとっている」という気持ちになってしまいます。実際のところは87点vs93点というどんぐりの背比べ的な競争なのに、自分が持っている85点のことを忘れてしまうと、すごく差をつけられた気分になるのです。僕はライフコーチという仕事をしているので、他人の人生に深く入り込ませてもらう機会が普通に生きている人よりもちょっとだけ多い生活を送っています。クライアントさんたちの話を真剣に聞かせてもらえばもらうほど、「いやいやそれは基礎点の存在を無視しすぎですよね」と感じる場面があります。そこには自分に対する圧倒的な過小評価があります。これは今までの僕のクライアントさんには1人の例外もなく(たまたまかもしれませんが)、「そんなすごいことを平気で成し遂げているのにどうして悩んでいるんですか?そういう趣味ですか?」と思う場面にでくわします。いやいや、あなたはもう93点くらい取れてるんですよ。基礎点の85点は努力点に比べて配分がめちゃめちゃでかいので「なんか自分はまだまだ努力(行動)できてない気がする」って感じているだけで、実際のところは「基礎点85、行動点(4/5)、その他追加点(4/10)」くらい取れてるんですよ。ただ「人生は努力(行動)で決まるんだよ」と小さい頃に言われすぎて、努力でどうにかできる範疇を大幅に見積もってしまっているだけで、実際あなたは十分に頑張ってるしハイスコアを叩き出しているし、もうちょっとスピードを緩めても大丈夫なんですよ。これは基礎点が85点あるゲームですからね。基礎点の存在を見失った時点で残りは15点しかありません。そのうち3分の2はその他(運要素など)です。これで競おうとすると、必ず不幸になります。行動点だけを抜き取って自分を責めるなんて、こんなに勿体無いことはないんです。努力が無駄だとは言いません。例えばこんな状況なら他人と比べることが意味を成すでしょう。生まれた境遇が一卵性双生児よりももっともっと近いレベルで同じ(それってどんなだ?)。経験する出来事も巡り合う運もタイミングも全部同じ。ここまで条件を揃えて初めて「どっちの努力が上か」という戦いをするのは悪くないことだと思いますね。ただ「自分の人生をどこまで楽しめるか」という土俵に立つならば、基礎点85点、調子がいい時は頑張るけどそうじゃない時はそこそこ手を抜くとして、まあ運もめぐってくるときはめぐってくるとして、「100点満点中85~90点を行ったり来たり、良い感じの時は100に近い点数が取れてハッピー」くらいの感覚で生きることが、幸せに生きるコツなんじゃないですかね。これは個人的な話なのですが、今日僕は生後半年の娘を隣の県のおじいちゃんおばあちゃん(娘からしたらひいじいひいばあ)に初めて会わせに行ったんですよ。初めて見たひ孫の姿に3人ともボロボロ泣いてました。その姿を見て僕は「お、これが基礎点か!」と思ったのです。娘はまだハイハイもできないので、「基礎点85、行動点0、その他0」です。これでここまで人を泣かせるのだから、基礎点は侮れないぞと感じましたね。娘を抱きながらばあちゃんが「あなたもその辺を走り回ってたのにねえ~立派にパパの顔してからぁ~」と嬉しそうにするのを見ていると、「人に求められるための努力をしている暇があったら、もっと基礎点に着目したほうが絶対いいな」と胸がキュッとしました。前回の記事でも書きましたが、この世界の99%の人にとって僕は非常にどうでもいい存在です。1%くらいの人は興味を示してくれる可能性があります。いやもっと少ないか。そしてそのうちの0.01%以下かもしれないけど、僕のことを存在するだけで価値があると感じ、話す言葉のひとつひとつを心の深いところで受け止め、替えが効かない存在として認識してくれるかもしれません。だからその人を探して歩きます。必ずいることを信じて、自分の基礎点を握りしめて。基礎点を生かし、運と行動で味付けをし、まあ味付けは味付けなのでキマる時もあればキマらないときもり、それでも「まあ基礎点85あるしな」と自分を認めながら、歩いていこうと思った今日でした。赤子を連れて遠征したので疲れました。最後にひとこと。基礎点、わすれたらあかんで。おわり

いただいたサポートはミックスナッツになって僕のお腹の脂肪として蓄えられます。