見出し画像

ルアンパバーンでカフェを探して

 全部が全部、しわあせだったらものは書けない。

 気がする。


 きょうは夏日だった。夫は、連休前最後の仕事に出かけ、私は午前中から実家の畑いじりに参加した。朝から身体を動かすと気持ちがいい。昨夜からさんざん「俺も明日休みでいいなあ」と零していた夫だが、もう最近は理由がない限り会社を休むことはなくなった。そんな夫を、事情を知る私の母は「毎日仕事に行けるほど健康って、いちばん良いことよ」と言う。


 会社に行けなくなった夫を、お義母さんに「かわいそうだから、別れなさい」と言われても支え続けた、つもりだった。できるだけ夫の要望に応えようと努力した。仕事を抜け出して会いに行ったこともあった。努力というより、何より私がちょっとでも傍に居たかった。傍に居たくて、かえってわがままを言ったときもあった。それでも夫は私につき合い続け、私も夫とつき合い続けた。

 だけど、先が見えなくて、何度も死にたいと思った。


 病んだ当初、グーグルを駆使して同じ状況の人はどうしているのか検索できる限り検索した。登録できるメールマガジンに片っ端から登録し、玉石混淆の情報を手にしていた。でも、「妻」ならともかく、「カノジョ」にできることなどほんの僅かしかない。お互い実家暮らしで、家の外でしか会えなかった。泊まることも滅多にできなくて、結局私が掴んでいる彼の状態も、どこまで正確なのか怪しかった。発言小町や知恵袋の似たようなスレッドなんかにも、「そんな彼とは別れなさい」という言葉が並ぶ。そうだよなあ、と頭では理解しながら、そんなことできるはずがない、と泣いていた。


 どうしてそこまでおもい続けられたのか、自分でもわからない。

 結婚する前のも、結婚してからも、こんなにひどい男はいないと思う。

 けれど同時に、こんなに私を傷つけられる男性(ひと)は、夫以外にいない。西炯子の『姉の結婚』(小学館)の受け売りだけれど。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?