〜雨の日の出逢い〜喫茶琥珀での出来事2
田舎から都会に出てきて、3ヶ月。
わたし箕田詩織は地方の大学を卒業したあと、
京都のとある会社に就職した。
わたしの住んでた町は、バスが1時間に1本くらいしか通らへん片田舎で
京都の中心街のように電車もバスも、通るわけじゃない。
だから初めて市内に出たときは、とてもびっくりしたのを覚えている。
京都の街並みはわたしの住んでたところとは全然違ったけれど、歴史があってええよと周りの人たちからも言われていたし、憧れてるひとも多かった。
現にわたしも京都の昔ながらの街並みが好きやったから、その想いを胸にこの会社に臨んだ。
面接はすごく緊張したけれど、
会社からなんとか無事内定をもらって、
安心したのも束の間こんどは前代未聞のコロナウィルスが流行ってしまった。
幸い会社で借り上げてくれていた社員寮に入っていたから、家賃の負担とかはあまりなかったけれど約2ヶ月間ずっと自宅で待機してるのは正直辛かった。
だから6月からようやくオフィスで仕事が出来るようになって嬉しかった。
「箕田さんー」
そんなことを考えていると、課の先輩から声が掛かった。
「はいっ、なんでしょうか?!」
慌てて先輩のところに駆け寄ると
「この会社さんに、次回の課長のアポイント確認しといてくれる?あと、建て替え経費も社員別に振り分けといてー。来週あたまには経理部に回すから!」
と指示を受けた。
「わかりました!!」
手のひらサイズのポケットメモに指示を書き留める。
片田舎ではお弁当屋さんで受付配達くらいしかした事なかったわたしは、都会のいわゆる電話アポイントや、確認電話が大の苦手だった。
でも営業アシスタントになった以上、電話を掛けないわけにはいかない。
緊張した面持ちで、受話器を取りプッシュボタンを押すと
プルルルーと相手先の会社にコールが鳴った。
「はい、こちら○○総合商社です。」
電話が繋がった瞬間、ドキッとしてしまうけれど先輩に教わった通りに話していく。
「い…いつも大変お世話になっております。○○会社の箕田と申します。明日は営業課の大貫というものがお、御社にお伺いする予定になっておりますが、お間違えないでしょうか…はい、はい、ありがとうございます。それでは明日は14時半にお伺い致しますので、何卒よろしくお願い申し上げます」
電話は向こうが切るまで切っちゃダメというメモの指示通り、相手が電話を切るのを待ってどうにか電話を終えることができた。
終わった瞬間、ハァァと息を吐いてしまう。
「箕田さんお疲れ!」
緊張のあまり、思わずうなだれていると営業課の大貫課長が声を掛けてくれた。
大貫課長は社歴12年のベテラン社員だ。
ことし34になる大貫課長は、異例の速さで課長まで昇進したと周りから聴いていた。
少し筋肉質なシュッとした容貌に軽くワックスをつけて髪を纏めているいでたちは、いかにもできる営業マンそのものだった。
「狙った獲物は逃がさない。」ことで有名な大貫課長に憧れているひとは多いように感じていたけれど、ピシッとした容貌から近寄りがたいのか積極的にアピールする女子は少ないように思えた。
「大貫課長…ありがとうございます」
手渡されたカフェオレを受け取りお礼をいった。
「電話確認、緊張するでしょ?僕もむかしは随分と緊張したもんだよ」と大貫課長は笑っていった。
「え、大貫課長でもですか?」
びっくりして思わず大きな声をあげてしまった。
「そんなびっくりすることないでしょ」と、笑った大貫課長が不謹慎にも可愛く思えた。
「僕なんか理系でずっと研究ばっかしてて、塾の講師以外ほとんど人と喋ってなかったから、最初の電話はそりゃぁ緊張したよ」
「へぇー、そうだったんですね!」
「最初は電話だけじゃなくて、名刺の渡し方さえも分からなかったからね。初めなんて机越しに名刺渡しちゃってさー、あとで渡瀬次長から大目玉食らったよ。今じゃ懐かしい思い出だね」
「名刺の渡し方、わたしも知らなかったです!気をつけなきゃ!だけど第一線で活躍されてる大貫課長でもそんな時代があったって聞いて、何だかホッとしました!」
「はは、だったら良かった!まぁ無理しすぎず頑張ってね!」
そう言って大貫課長は行ってしまった。
やっぱりカッコいいなぁ〜、わたしもいつかあんな風に営業周りを任されたりするのかな
そんな淡い期待を抱きながら、次の仕事に取り掛かった。
ふぁぁ…
仕事がようやく終わり、会社を出たのが午後17時半
わたしは久しぶりにどこか寄り道をしてから、寮に戻りたい気分だった。
朝は降っていた雨が今はあがっていた。
西陽が道路のアスファルトに照り返していて、キラキラ輝いていた。
堀川通りに差し掛かったとき、
レトロな看板に味のある文字で、
純喫茶・琥珀(こはく)と書いてある喫茶店を見つけた。
いつもなら、あまり立ち寄らないお店だけど、
その日はそのお店に惹かれ、扉に手をかけた。
カランコロン…ベルが鳴り
中からは珈琲のいい香りが漂ってきた。
「いらっしゃい」
濃紺のベストをきて、短い顎髭を生やした
オールバックのマスターがわたしを迎え入れてくれた。
「あのー、お店ってまだやってますか?」
「一応いまは18時半までしてるから、それでも良ければどうぞどうぞ」と招き入れてくれた。
なかは木目調の店内になっていて、入ってすぐ右側にレジがありその奥がカウンターになっている。
一段階段を下がると、ボックス席が立ち並び、年季の入った濃紅のベルベット生地の柔らかそうなソファが目に引いた。
思わず「わぁぁ、素敵!」と言うと
マスターはおかしそうに笑って、
「お嬢さんくらいの年齢のかたは、あまり馴染みがないかもしれないね。気に入ってくれたかい?」と席に案内してくれた。
「はいっ!とても!!ところで…わたし珈琲のストレートは飲めないんですけど大丈夫ですか?」と恐る恐る聞くと
「あぁ、大丈夫ですよ!ミルクを使って珈琲のアレンジも出来るし、なんなら紅茶やジュースもありますよ」と言ってくれた。
「そうなんですね!じゃぁこのミルク珈琲をホットでください」と伝えた。
そしてそういえば…大貫課長もカフェオレをくれたなぁ。わたしブラック珈琲を飲めないこと伝えてたっけ?と思った。
暫く経って
「お待たせしましたー」と熱いミルク珈琲をマスターが運んでくれた。
「きっと仕事終わりなんでしょ、お疲れ様」
とクッキーも2枚添えてくれていた。
「ありがとうございます…!」
マスターは他に誰もいないことを確かめてから、廊下を挟んだ向かいのボックス席に座って
「ことしはコロナがあったから、お仕事大変だったでしょう」と話してくれた。
「はい…じつはわたし新入社員で、ことし田舎を出てきたばかりで、でも実家には帰れないし自宅待機になってからも、ずっとどうしたら良いか分からなくて困ってました」
「そうかい…そら大変やったなぁ。わたしももう長年この辺りには住んでるけど、こんな閑散とした京都は初めてみたよ。」と言った。
「そうだったんですね。
わたし、京都に憧れて地方から出てきたんで
4月5月のひとの少なさにびっくりしてました。」
すると「お嬢さんは京都の祇園祭って知ってるかい?」と尋ねられた。
「はい、祖母が京都の人で祖母から祇園祭についてよう聴いてました。大きな山鉾が街を練り歩くんですよね?」
すると店主さんの顔がパアァと明るくなって
「そうなんですよー、7月から約1カ月間
京都のまち全体をあげてやる日本の三大祭りなんです!やけど…今年はコロナの影響でのうなってしまいました…」
と話し終える頃には店主さんは肩を落としてしまった。
「そうだったんですね。コロナって本当に怖いですよね。」
「ほんまに。京都は観光産業で成り立ってるところが大きかったから、余計にこのソーシャルディスタンスちゅうのは困りもんですわ。
外国のお客さんもトンと来んようになってしもた。わたしの友人はお土産ややら、伝統工芸してる人たちも多いけど、こらどうしたもんかって頭を抱えてました」
それを聴いて、京都の街の人たちも皆んな困ってるのやなと思った。
「いやお嬢さんとは初対面やのに、ペラペラと…。お嬢さんは聞き上手やから、つい色々と喋ってしまいました」
と店主さんは照れくさそうに頭をかいた。
「そうやそんな心根の優しいお嬢さんに、ひとつ助言をしてさしあげましょう。
お嬢さんは、きっとこれから仕事で楽しいことだけじゃなく大変なことも多く味わうことになると思います。やけど、その素直さを忘れずに努力を続けていけばきっと、素敵な営業マンになれますよ。
それから貴女の会社の課長さんは貴女のことをよく見てくれていますから、なにか困ったことがあれば何でも相談してあげてくださいね」
と言った。
わたしが営業課にいることも、
営業マンを目指していることもなにも言っていないのに…
「あなたは一体…」
すると店主さんは
「少しばかり未来が見えるんですよ」と笑って答えてくれた。
それから、わたしが大貫課長とタッグを組んで営業周りをするのはもう少し先のこと…
…マスター!!マスター!!
「はいはい、なんやそんな大声で」
「また、マスターに人生相談乗ってほしいってお客さん来てますよ!」
「いま珈琲いれとるから、待ってもらって」
「マスターは本当の正体言わないんですか?」
「いうわけないやろ!奇跡は偶然の産物なんやから…」
さて今日はどんなお客さんと出逢えるのかな…
そう思いながらわたしは、出来立ての熱い珈琲を気持ちを込めてカップに注いだ
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