カバ

ニューヨーク千夜一夜 18

このニューヨーク恋愛物語を書き始めて、ふと、

中学の頃、朝日新聞の夕刊に毎日掲載されていた。凄く短い物語の事を思い出した。

中学生の私は、朝日新聞にしてはセメている太田蛍一さんのおどろおどろしい挿絵が気になり、その連載を読み始めた。想像以上に、大人っぽい内容の物語だったので、天声人語(朝日新聞の記事)を読む振りをして、親に隠れて読んでいた。

調べてみると、それは森瑶子さんの『東京千夜一夜』で、全物語を、この年齢になって読んでみたくなったので、上下巻をネットで買って日本の実家に送った。(はやく読みたい)

記憶がさだかでは無いけれど、その数ある短い物語の一つに、妻が飛行機事故で遭難し、森で出会った相手との人生を選んだので、あなたの元には返りませんという便りが届く、そしてその夫は、妻が自分との生活を捨てて選んだ人生と、その相手がどうしても気になり、森に妻を捜しに行く、そしてそこで見た、妻の相手の正体は、なんとオスゴリラだった。という話しがあった気がする。。。まだ、男性と付き合った事すらなかった私にとっては、いろいろな想像を膨らまさせられる内容の物語だった。

古い考え方の父の元で育った私は、ずっと男性として生きたかったと思っていたけれど、女性は、違う男性と付き合えば、付き合うほど、違う世界を味わえて、男性という新しい本を読む事が出来る。そう考えると、女として生きる事は楽しい。若い頃に結婚したかった反面、今の自分も悪くないと思える。

その男性に合わせ、ファッションを変え生活も変える、その度にリセットも出来る、行った事も無い場所やレストランに連れて行ってもらったり、新しい映画や音楽、本を知る事も出来る。この間まで他人だった人の心や部屋に侵入する事も可能になる。

私は、毎回、新しい男性と出会うたびに、この人と一緒に過ごしたらどうなるかという夢の空想をする。

サオルと出会ったのは、バワリーホテル(Bowery Hotel)の1階のバー。

バワリーホテルのバーは1階にあり、玄関口を抜けるとバーガンディと茶色のウッドでまとめられたソファーや絨毯が置かれ、品の良い少し光沢のあるベロアのアンティーク黄緑の椅子がアクセントに置かれている。その部屋を奥に進み左に曲がると、ピンクがかった紫のベルベットのカーテンが見えて、それをくぐると薄いブルーグレーの壁のバーが出てくる。ここは、ウェス アンダーソン監督の映画の『ザ グランド ブタペスト ホテル』のインスピレーションのうちの一つのホテルともされている。

サオルはベネズエラ人で、サッカーのラモスに似ている。とにかくずっと、陽気に、ガッハッハと枯れた声で笑う。

私は、友人のキナコの誕生日の為にデリで買った、納得がいっていない安めの包装紙に包まれたコーラルピンク色の薔薇の花束を抱えていた、花束が大きくて、あまり身動きがとれないでいると。

サオルは2〜3人とバーに一緒に入って来て、近くにいた、キナコに話しかけた、キナコは、モデルの様な男性が好きなので、彼は興味が無かったらしく、その後、あまり身動きの取れない私に話しかけて来た。

彼は、49歳で、フロリダに住んでいる、離婚した妻と子供がニュージャージーに住んでいるので。年に数回ニューヨークを訪れるらしい。ニューヨークに来る前の週には、スキーをする為にスイスのモンブランにいたという。その前の週はスカイダイヴィングの為にカリフォルニア、その前の週はもう一人の高校生の息子に会いにコロラド。

自分で飛行機を操縦して移動するらしく、フロリダにある家には、飛行機を停めるパーキングがあると言っていた。そして、自宅から、自分の小型飛行機でカリブの島に行って、ダイヴィングもするらしい。

普段スペイン語を話す彼の英語はたどたどしいが、家には、6匹の大きい亀を飼っていると言っていた。

そして、彼は、スカイダイヴィングが大好きで、人生で180回ぐらい飛んだと言いながら。ピンクパンサーの着ぐるみを着て、大空を飛んでいる写真を見せてくれた。 私は、その、あまりにもバカバカしく人生を謳歌している彼の写真が気に入り、この写真を私に送って欲しいと言った。

不思議と、彼の話しはまったく自慢に聞こえなかった。(スケールが違うからかな?)そして、とにかく大声で、ガッハッハ、と笑い、ディーヴィーナー、ディーヴィーナー(スペイン語で、素晴らしい、神々しいの意味)と何度も言っていた。

サオルは3日後に立つので、2日後、千夏も一緒にみんなでご飯に行こうと誘ってくれた。


約束したその日は、夕方から、すこし雪が降りはじめ、グリニッジヴィレッジのレストランThe Lion(2015年の末に閉業)に、サオル、背の高いドイツ人のおじさん、イタリアにワイナリーを持つ千夏を狙っている濃い顔のスペイン人、千夏と私で8時に集まった。

The Lionは、モダンアメリカン のレストランで、

店内は、ウッドと黒、ブラウン、ベージュの4色でシックで。壁は大小の四角いフレームにアンティーク写真が入っている額とアンティークの鏡で覆われている。天井からはシルバーの円に数個の電球がついたシンプルなリングシャンデリアが吊るされていて、センスがいい。

前菜に出てきた白くて丸い水風船の様なブラータチーズは、フォークを入れると、中からフレッシュなミルクが溢れ出てきて、添えられているブラックミッション産いちじく、プロシュート(生ハム)、Farro(スペルと小麦)と一緒に食べるとイチジクの甘みとチーズのほのかな塩味、ファッロのツブツブ食感が口の中で混ざって、最後には一つの味にになって溶けていって美味。

サオルはあまり英語が得意でないので、ちゃんとした会話はあまりできない。楽しさを顔で表現する為にずっと笑顔をキープしていた私は頬が痙攣しそうになった。

食事を終え、外に出ると、そこは大雪で。既に膝あたりの高さまで降り積もってた。まだ雪は少し降り続けていて、いつもはカクカクしている建物や車が白く丸みを帯びた物体になり、真っ白の町中は、ところどころ外灯と信号に照らされうすいピンクやグリーンに変わり、粉砂糖をたっぷりかけたパステルカラーのマシュマロの世界になっていた。ワオ。

サオルは、歩道に積もった雪に、ディーヴィーナと描いて喜んでいて、私も楽しくなってきて、サオルと千夏に雪を丸めてぶつけた。

大雪で、タクシーも捕まらないので、近くのバーに入った。

シナモンとクローブが効いた温かいワインを飲みながら、このディーヴィーナーおじさんサオルと付き合ったら、どうなるんだろう?と想像してみた。

飛行機が、庭に停めてあるフロリダの家で、6匹の大きい亀と、私の1匹の猫、ディーヴィーナーを連発して笑ってばかりいて、真剣な話しや相談は全くできなそうなサオル。近くのコンビニも飛行機で行くのだろうか?
私もモンブランでスキーをし、彼の操縦する飛行機に乗って、カリブの島で魚と戯れるのだろうか、あのピンクパンサーの着ぐるみで一緒に空を飛ぶのだろうか。。。。

次の日、陽気なラモス、サオルは旅立って行った。


彼はその後、2度ほど、ニューヨークに来る際に連絡してきた。

彼とは、特にどうにもなってないけど、彼の様に、国をまたいで遊ぶ人間からすると、私は、ニューヨークという森のゴリラ友達なのかもしれないなと、、、、そして、私は、他の森のメスゴリラ達の事も想像を始めた。


*物語中に掲載されたお店

The Bowery Hotel 335 Bowery, New York, NY 10003 アメリカ合衆国




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