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自己紹介【その2】

みなさん、こんにちは。

今回は、自己紹介【その1】に続いて、自己紹介【その2】です。

主に、私の生い立ちや趣味などについてざっくりですが書こうと思います。

↓自己紹介【その1】です。読んでいただけると嬉しいです。

先に申し上げますと、今回は長いです…。お時間のある時に最後まで読んでいただけると嬉しいです。


約10年間続けたスポーツ

私のこれまでの人生の約半分ほどは、ある特定のスポーツをして生きてきました。それは、野球です。
私は小学校に入る前から外遊びが大好きで、幼稚園の体育はいつも全力で楽しんでいました。かけっこも、絶対一番がいい!という気持ちが強く、体育の時間や運動会では一番だった記憶があります。外で遊ぶのが大好きだった私は、小学校に入ってすぐに学童野球を始めました。「え、野球ってなに」という感じで特に興味もなく、兄が入っているからという理由で両親に勧められた記憶があります(勧められたというかほぼ強制的に入れられたと表す方がしっくりくる)。
しかし、全学年のチームメイトやコーチは全員男性…。性別など特に気にしていなかったのですが、キャチボール相手がなかなか見つからなかったり、「女子だから」という理由で他のチームメイトと区別されたりと、なかなか馴染めませんでした。毎朝、玄関で「行きたくない」と泣いて、仮病を使ったりして練習を休むことが多かったです。そして、入部してから1年ほどでチームを辞めてしまいました。色々ありましたが、小学4年生の頃にまた学童野球に戻り、結局卒団(6年生)まで野球を続けました。

ソフト部or美術部

中学校入学後は、クラブの女子軟式野球チームで野球を続けました(これについては次の項目で詳しく話します)。中学校では、なるべく(ほぼ強制?)何かしらの部活動に所属しなければなりませんでした。当初、中学では野球を続けるか悩んでいたのですが、中学のソフト部に入るか…と考えていました。結局はクラブチームで野球をすることになったので、ソフト部という案は消え、文化系の部活に入ることにしました。子供の頃から絵を描くのが好きだったため、友達と一緒に美術部に入りました。美術部の活動は、結局遊んでばかりで立派な作品制作とはかけ離れた日々を過ごしました…(情けない)。

地獄と天国

ということで、中学校3年間はクラブチームで野球をすることとなりました。この3年間は、きっとこれからも忘れないような強烈な思い出となりました。というのも、私が所属したこのチームは、女子野球の中でも強いチームの一つで、中学生から社会人が所属しているチームでした。
毎週土日は、朝早くから夕方まで1日中しっかり練習で、当時はかなりハードな週末を過ごしていました。クラブチームに関わったことがある人たちの間だと定番ネタかもしれませんが、私たちにゴールデンウィークなどの長期休みは存在していませんでした。毎週、ユニフォームは泥で真っ黒になり、母は洗濯面でかなり苦労していました(ありがたい…)。練習は、本当に厳しくて、毎週大人のチームメイトの方から喝をもらい、中学生のチームメイトは必死に食らいつくという感じでした。最近はないですが、高校を卒業した後でも、大人のチームメイトに怒られる夢を見ることがあり、ある意味トラウマです(笑)。
特にしんどかったのは、夏です。毎年、春と夏に大きな大会があるのですが、私たちのチームは夏の全国大会優勝(しかも連覇を目指して)が大きな目標でした。そのため、真夏のめちゃくちゃ暑い中、日陰のないグラウンドでユニフォームを汗と泥で汚しながらプレーしてた時は、本当に頭がくらくらしました。
そんな精神的にも肉体的にも厳しかったクラブチームでしたが、夏の全国大会は優勝することができたし、連覇も達成することができました。やはり、チームスポーツはみんなで一丸となって勝つから楽しい。そして、勝った時は辛かった練習のことなど一気に忘れてしまうのです。辛い練習があっての勝利なので、頑張る甲斐がありました。

まあまあ青春した

そんな中学時代を過ごした私ですが、かなり青春はしていました。高校は、硬式野球をやるために女子硬式野球部のある高校に入りました。中学時代ほど、勝ちを経験することはあまりありませんでしたが、それなりに青春はしました。例えば、英語の授業中にイギリス人の先生と恋バナをしたり、好きなアーティストの話を聞いてもらったり…。英語が好きだった私にとって、イギリス人の先生と話した時間は楽しかったです。また、クラスには音楽の趣味が合う子がいたので、その子とひたすら語ったことも思い出です。他にも色々ありましたが、割愛します。

英語ってかっこいい

・世界のスーパースター
ここからは、やっと本題という感じです。私が英語や外国に興味を持ったきっかけは、母の影響です。まずは、一番記憶にあるのはマイケル・ジャクソンです。彼が亡くなったというニュースがとても印象的でした。当時の私は小学校低学年でしたが、たくさんの人が全身黒い服を着て、下を向いている映像をテレビで見ました。そこから、母に「この人だれ?」と聞き、母が家にあるCDやDVDを見せてくれて、これまでかというくらい彼の映像を見まくる日々が始まりました。薄暗い場所で軽やかに動く細くて長い足、ピカピカのシューズのカツカツという音、スパンコールギラギラの手袋、くるくるの髪の毛、綺麗な目と爽やかな笑顔…。言葉にならないくらいかっこよかった。日本語じゃないけど、言語よりも明らかに惹かれる魅力があった。そして、彼の死後に『THIS IS IT』が公開され、母が彼の写真が両面に載った下敷きを買ってくれました。私は嬉しくて仕方がなく、漢字ノートや算数ノートの下敷きにして使い倒しました。

・繰り返し観たドラマ
ちょうど同じ頃、私は母とよく海外ドラマを観ていました。あまりはっきりと覚えていないのですが、当時は確かBSとかでよく海外ドラマが流れていました(FOXとかだった気がする)。その中でもよく覚えているのが『Kyle XY』と『Glee』です。元々は、Kyle XYを観ていたのですが、そのドラマが終わるタイミングで、次回からはGleeというドラマが始まりますよという広告を見た。しかも、そのGleeにはKyle XYに出ていた俳優さんが出演するという。もう観るしかないですよね。なので観ました。もちろん最高でした。Gleeは、高校生がグリークラブという学校の中でもあまりイケていない歌のクラブに入って、みんなで歌を歌うというストーリーです(かなりざっくりな説明)。ドラマの中の登場人物とか文化とか風景が、日本とは全く異なるものだったので、これがアメリカかぁと一気に憧れてしまいました。これを機に、アメリカ、英語、海外というものを意識し始めたと思います。

美顔を拝む日々

・カナダのイケメンシンガーソングライター
中学生の頃、一人のカナダ出身のイケメンアーティストを見つけました。彼の名前は、Shawn Mendesです。「シャウン?なんて読むの?」と思いながらも、YouTubeで彼の曲を聴き始めました。その歌の名前は『Something Big』です。なんかわからないけど、リズミカルな曲調とニコニコしている青年にとても興味が湧いたのです。帰国子女の友達にShawnのことを聞いても、知らないと言われ、私の周りには彼のことを知っている人はいませんでした。歌を聴くにつれて、どハマりしてしまいました。中学から高校卒業までは、「好きな歌手だれ?」と聞かれたら真っ先に、そして少し食い気味に「Shawn Mendes!」と答えていました。「え、誰」と言われても全然気になりませんでした。私の永遠の推し。周りの人は別に知らなくても良い。それくらいShawnが大好きでした(今もまだ好きです)。ライブに何回か行き、将来は絶対カナダに住む!という勢いで当時の私の人生はShawnで埋め尽くされていました。

・イギリスのバンド
Shawnの存在を知ってすぐに、The Vampsというイギリス出身の4人組バンドも好きになりました。ボーカルのブラッドリーは、One Directionのハリーに似ていて、可愛い!!と思い歌を聴き始めました。なんと、彼は顔が可愛いだけでなく声も可愛かったのです…。もちろんたくさん歌を聴いてYouTubeも見まくりました。ライブに行った時は、近くで顔が見れたので、いつも画面越しで見ている4人が目の前にいることの幸せを感じました。

・Boys
カナダ、イギリスときたら次はアメリカです。Why Don't Weという5人組グループです。なぜ彼らを見つけたのかはあまりはっきり覚えていません。きっとYouTubeです。彼らは若くて、面白くてやんちゃで、でも歌が上手で。アメリカへの憧れが強かったJKだった私には最高のグループでした。もちろん、ライブにも行きました。メンバーの一人であるJonahが私に手を振返してくれて(勘違いかもだけど私は信じてる)、ベリーショートヘアでメイクなど全く興味のない男っぽいと言われ続けてきた私が、キャー!と叫んだのをはっきり覚えています。とにかく、魅力的で最高のグループでした。現在は、色々あって5人での活動はしていません。早くまた5人の姿が見たいなぁ。

そんなこんなで、私の中・高校時代は色んな洋楽アーティストをひたすら漁りました。他にもまだまだ好きなアーティストはいるのですが、別の記事で語りたいと思います(洋楽愛が強いので、かなり長くなると思います(笑))。

新たな趣味

これまで、野球と洋楽について語ってきましたが、高校卒業後は新たな趣味ができました。それは、フィルムカメラです。専門学校の友達が教えてくれたことをきっかけに、興味を持ち始めました。幸いなことに、母がフィルムカメラを持っていたのと、亡き祖父が持っていたフィルムカメラをお借りして、何回か35mmフィルムを撮りました。これも、今後いくつか紹介していきたいです。

今回もかなり長くなってしまいましたが、ここで締めくくります。

今後は、以下のようなテーマで投稿していこうと考えています。
・音楽
・映画
・ロサンゼルスでの語学留学
・フィルムカメラ
・イギリス留学に向けて
・人生
・最近思うこと

気になるテーマがあったら、ぜひ楽しみにしていてください。

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