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今日の詩

道 未知 満ち

5月13日土曜日。
和歌山高野山での1人生活が始まった。

12日は大阪にいて(真夏)南海電車で高野山へ。
着いた瞬間寒すぎてガタガタした。(真冬)雨も降っており、大阪と高山で気温差が激しすぎて私の身体は「夏?もう来た?えー?!もう冬?!」と大忙しだった。
高野山は標高867m、現地の方に話を聞くと高野山駅と下の駅では10℃も差がでるらしい。冬は底冷えで、寒すぎてしんどいと言っていた。雪もかなり積もるらしい。お山だもんね...。5月にやってきたのにも関わらず、冬のように寒い。朝や夜はストーブが無いと寒すぎる。いざ、本格的に冬がきたら...と思うと身体がゾワゾワしてしまった。(ひぃ!!恐怖の声)

まず、高野山とはなんだ?

私が学生の時、社会の授業で空海を知ったが高野山とどんな繋がりなのかが当時イメージがあまりなかった。テスト勉強期間だけ暗記して終わったらまっさら記憶に無くなる。テスト終わった!はい、白紙。そんな感じ。
数年経った今、高野山に来るご縁ができて幸せだ。
百聞は一見にしかずだと思う。何事も。
昔の自分が分からなかったことや、知らなかったことを知るいい機会をもらったことに感謝している。

空海どんな魅力が?私なりにかいてみた。

816年に弘法大師(空海)が開いた高野山は二大聖地と呼ばれる奥之院(おくのいん)と壇上伽藍(だんじょうがらん)、高野山真言宗の総本山である金剛峯寺(こんごうぶじ)をはじめとする117もの寺院が建ち並ぶ日本仏教を代表する聖地。民族や宗教の違いに関わらず全てを受け入れる寛容さは、高野山が1,200年以上継承してきた精神であり、とても魅力なのだ。
松尾芭蕉 伊達政宗 織田信長 明智光秀 武田信玄 上杉謙信など歴史がそこまで詳しくない人でも(私)知っている、日本を代表する戦国武将のお墓がたくさんある場所でもある。しかしお墓には遺骨が納められていない。
魂だけが祀られている供養塔(くようとう)が多い。
高野山にたくさんの戦国武将の魂が今も生きてることは間違いないのかもしれない。
とても神聖な場所だ。

何故空海は和歌山高野山の地に決めたのか?
空海が唐(中国)から投げた法具(三鈷杵 さんこしょ)が和歌山高野山の松の枝に引っかかっていたから。そこに決めた!とのこと。(!?!?)

空海って心の広い方だったのかな...とか、今選挙活動したら凄そうだなとか想像が膨らむ。(宗教や民族なんて関係ない 私は困っているあなたを助けたい!やります!やります!わたしは!清き一票を!!!!!という演説がイメージできる テレビ中継してくれ(?))心優しい人柄なんだと思う。

高野山に決めた件については、まるで笑ってコラえてダーツの旅のような決め方。なかなかワイルドな方だなと思った。どの場所でも、自分は悟りをひらける自信があるからどこでも大丈夫ですが!
そんな自信に満ちていた空海が想像できたりする...

26日までの2週間高野山に住み
の魅力をたくさん見つけて、心も清められたらいいなと思っている私です。

高野山は熊が出没するらしく、私はご飯にされぬよう気をつけて生活していきます。(昨日熊が出たと町内放送が流れたらしい)自然豊かなとこで暮らすことは、こういうことか...と考えさせられた気もします。

高野山での2週間すごくたのしみです。
詩をたくさんつくります。
お寺巡りや、撮影も楽しみです。

高野山には空海の残した言葉がたくさん
生かせいのち はとても響いた
初めてのケーブルカー
標高867mでの生活がスタート


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