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妊娠を機に起こった私のコペルニクス的転回Ⅷ-こんなに辛いなんて聞いてない-

前回までのお話
1 私のこれまでの人生における結婚・出産の意味
2 突然現実化した私の結婚
3 結婚は点ではなく,線である
4 私にとっての「結婚式」
5 そろそろ本題へ…子どもどうする問題
6 突然現実化した私の妊娠
7 どうする産婦人科問題

8  こんなに辛いなんて聞いてない

まさにこの一言に尽きる。そう,つわりがこんなに辛いなんて聞いてない。

潰瘍性大腸炎の主治医を訪ねた翌日,妊娠検査薬で妊娠を確認してから3日後。それまでにつわりと思われる症状はすでにはじまっていたのだが,まだ人間生活が送れるレベルだった。

「つわり」といえば,ドラマなんかで,キレイにお化粧をして,キレイに身なりを整えた女性が,「うっ」と可愛らしく口に手を当ててお手洗いへ走っていくイメージだった。
そして,私の知り合いの妊婦さんもつわりがない人がほとんどで,唯一「食べづわり」があった妊婦さんがいたのだが,その妊婦さんは仕事中もお菓子や軽食をこまめに食べているだけで,それ以外は元気そうだった。
つわりで入院している人がいるなんてことも聞いたことはあったが,病気じゃないしね,なんて今思えば殴りたくなるようなことを思ってしまっていた。入院と言っても,明るいイメージだったのだ。だって,妊婦ってキラキラしてるイメージだったし。

しかし…突然やってきた「私のつわり」は,これまでのつわりのイメージをあっけなく180度変えてくれた。もちろん,悪い意味で。

あの気持ち悪さをうまく表現する言葉が見つからないのだが,とにかく1日中酷い船酔いのような,気持ち悪くてたまらないといった状態で,起き上がるだけでもものすごい吐き気が込み上げてくる。トイレに行くだけで命がけ。テレビはもちろん,スマホすら見れない。見ようものなら,一瞬で吐き気が込み上げる。そして,ただ屍のように横たわっているだけでも定期的に襲ってくる吐き気。

「吐き気」で止まってくれればまだ可愛いものなのだが,もちろん吐き気ではとどまらず,1日に何度も何度も吐く。吐く物がないのに吐くという行為はとても辛く,最後は口から内蔵が出てくるのではないかとさえ思われた。
また,生まれて初めて鮮やかな黄色い液体が自分の体内から出てきたときは恐怖すら感じた。こんな液体が体内に存在していたのか…。どうやら正体は「胆汁」らしく,自分が作り出したとは思えないような鮮やかな黄色というぎょっとする見た目に加え,ものすごく苦い。そして,「胆汁」って口から出せるものなのか…と妙に感心したりもした。30年以上生きてきて,自分の体のことすら何にも分かっていなかったんだな,と。
そういえば,潰瘍性大腸炎になったときも,生まれて初めて,大腸が肛門から見ると反時計回りにつづいていることを知った。知ったというより,考えたことすらなかったのだ。人は不調になって初めてその臓器の存在を感じるんだな,と思った。健康なときは自分の体がどうなっているかなんて考えもしないし,臓器の存在なんて感じないものだ。

さらに,食欲はゼロ,どころかマイナスといった感じで,食べ物を見るのも,匂いを嗅ぐのも,もう食べ物がそこにあるというだけで気持ち悪かった。いや,テレビ越しの食べ物ですら気持ち悪かったし,食べ物の話を聞くだけでも気持ち悪かった。もう食べ物を五感のどこかで感じるだけで気持ち悪かったのだ。その中でも,特に,食べ物の匂いが辛く,ニンニク料理の匂いが漂ってきたときには,「この匂いで殺される」とさえ思ったほどだった。割と本気で。

そんな中でも,日替わり,どころか分刻みで,唯一食べられる物というのが存在した。私の場合は,トマト,きゅうり,グレープフルーツ,いちご,アイスの実など重宝した。インターネットで仕入れた「妊娠初期は母親が食べられなくても胎児に影響はない」という記事を心の支えにして,食べられるときに食べられる物をなんとか口に運んだ。食べられると思って食べたのに,食べた瞬間,猛烈な吐き気に襲われてそのままリバースということも何度もあった。努力が水の泡になったようで悔しいやら,悲しいやら。
飲み物は,牛乳,グレープフルーツジュース,炭酸レモンは飲むことができた。飲んでも吐くこともあったが,とにかく,脱水だけにはならないように,それだけは気を付けた。
あとは,葉酸サプリは欠かさず飲んだ。私がこの時期に赤ちゃんにしてあげられたことはたったこれだけである。

毎日,屍のように横になっていることしかできず,トイレに行く以外,ベッドで寝たきりの生活を送るしかなかった。ただ,生きているだけで,耐えられないほどの気持ち悪さを感じていた。
とにかく,この頃は,意識があるだけで気持ち悪いのだから,1秒でも長く眠っていたかった。というより,つわりが終わるまで眠り続けられたら良いのにとさえ本気で思っていた。
しかし,眠っていても,容赦なく込み上げてくる吐き気とともに目が覚めては,何も入っていない胃から全力で何かを出そうともがき苦しむ。
生きているってこんなに辛かったっけ?

ある日,ベッドに横たわりながら,家の上を飛ぶ飛行機の音を聞いて,「あぁ,この飛行機が落ちてきたらこの気持ち悪さも消えてくれるのになぁ…」とぼんやり思ったことがあった。もちろん,本気で死ぬ気はなかったのだが,いっそ殺してくれ,と思うくらいに辛かった。

ここまでの話はあくまで「身体的辛さ」の話である。これだけでも「こんなに辛いなんて聞いてない」のだが,身体的辛さを超える辛さがあった。そう,「精神的辛さ」である。

つづく

第9話はこちら⇒妊娠を機に起こった私のコペルニクス的転回Ⅸー世間一般的な「妊婦像」との乖離ー

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