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ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

 ドキュメンタリー作品はあまり多く観れていないので分かった口を聞けないのですが、その中で、もし自分がドキュメンタリーを撮るとして理想的な作品を挙げるとするならば『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』になるでしょう。

 本作の監督はフレデリック・ワイズマン

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 1930年、ボストン生まれの世界を代表するドキュメンタリー映画作家。今年91歳で、同じく現役の映画監督、クリント・イーストウッドやジャン=リュック・ゴダールと同じ年齢です。


 フレデリック・ワイズマンの存在を知ったのは日本のドキュメンタリー作家、想田 和弘監督がTwitterで『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』という本を紹介していた事がきっかけです。

 想田 和弘監督は友人が自民党公認で出馬した事をきっかけに彼の選挙活動に密着し、その結果日本の選挙制度の滑稽さを炙り出した『選挙』という作品が有名です。 

 また最新作の『精神0』も素晴らしい傑作でした。

 彼は自身の作品を「観察映画」と称しており、所謂テレビ的な分かりやすいドキュメンタリーの作りとは一線を画している。それはフレデリック・ワイズマンに強く影響を受けているからです。


 ワイズマン作品にはナレーション、テロップ、音楽、インタビューが加えられない「四無い主義」が貫かれている。この「四無い主義」について『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』の本人インタビューの中で語っている事をそのまま引用する。

FW わたしの映画がうまく機能したとき、どんなに一時的であるにせよ、観客は、まるでその場に居合わせ、物事を見聞きしているかのような幻想を体験する。

FW ナレーションや音楽の付加は、シーンと観客のあいだに距離を生んでしまう。

 

 『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を観ると一見、散文的に見える。しかしワイズマンは同じインタビューでこう答えている。

FW 全てのショットが根拠をもって存在し、わたしの考える主題を表象するために、順序づけられている。

 本作は世界最大級のニューヨーク公共図書館のさまざまな側面、それは一見、個々では見えにくいが、それぞれが全体に有機的に機能している事を示すように映し出される。そこから公共とは、もっと言えば民主主義とは何かまで思考を促せられる。

FW 「撮影するにつれてわかったことだが、この図書館は、トランプ大統領が反対するすべての価値観を体現している。オープンさや民主主義、理解、学び、教育、あらゆる人種や民族、ジェンダーへの寛容を表している。この映画は暗示的に、トランプが異議を唱えるすべてを表すこととなった」

 上記リンクのインタビューでワイズマン監督はそう語る。2015年の撮影時トランプは大統領候補だった。本作完成後まもなくトランプの大統領就任が決まる。

 

 『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』の中でドキュメンタリー映画作家のエロール・モリスがワイズマンの映画はベケットサルトルなどの、絶望的アイロニーを孕む不条理演劇の系統に属すると語っています。エロール・モリスが言う辛辣さは『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』では成りを潜めています。しかし不条理が図書館の外側に存在する事は各シーン毎に提示されています。

 例えば冒頭、進化生物学者のリチャード・ドーキンス博士が講演で「若い地球説」論者について語るところ。「若い地球説」とは、神が天と地と人間を含む全ての生命を短い期間で一気に創造したという考え方。これは聖書の教えに基づいた考え方で、進化論に対する否定であり、主にキリスト教原理主義者の立場から支持されている。

 キリスト教原理主義は政治思想的には右寄りである共和党の支持母体で反同性愛、反中絶を掲げています。

 また彼らを取り込む事によって支持を得たブッシュ政権の下、イラク戦争が勃発する。イラクは戦争の引金となった911テロとは一切関係がないにも関わらず。また存在するとされていた大量破壊兵器も見つからず戦争は泥沼化。その結果、過激派勢力「イスラム国」(IS)が台頭する。後にキリスト教原理主義者はトランプを熱狂的に支持した。

 

 ワイズマン監督はインタビューで、ニューヨーク公共図書館の撮影をしながら、とても感銘を受けたと語っている。

FW 「彼らは今ある知識を、誰もが利用できるようにしている。本を貸すだけでなく、コミュニティーの主要な教育機関となっていて、教育や、民主主義の考え方を推し進める存在となっている。今何が起きているか人々に理解してもらい、知的な選択ができるようにしている」

 エロール・モリスに「人間嫌い映画の真の王様」と言わしめる程の、辛辣なアイロニーの様な物を本作に感じないのは、ニューヨーク公共図書館に対するワイズマンの敬意からくるものだろう。

FW 「ニューヨーク公共図書館は、ただ自分たちができることをしているのだと思う。映画でも描いたように、この図書館の役割は、教育とアーカイブだ。ここで働く人たちは献身と使命感を持っている。他者を助けるために自分たちはいるのだと自覚し、実践している」



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