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お気に入りの記事まとめ

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好きだな、とか、また読みたいな、と思った記事たちをブックマーク代わりにまとめています。どの記事もとっても素敵なので、良かったら見てください。
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2020年8月の記事一覧

病気のない国

 わたしは狂人である。職業は、もう無い。無職だ。わたしの狂気が認定されると同時に、わたしはそれを奪われたのだ。奪われる前のわたしの職業は医者であった。別に名医でもなんでもない。どこにでもいるような医者だ。結果として、わたしがその職業に就いていたからこそ、わたしは狂人と見なされるに至った。わたしの下した診断がその引き金であった。誤診?まさか。それは難しい症例でもなんでもない、ただの風邪だ。わたしの下した診断とは風邪の診断だ。 「ちょっと扁桃腺が腫れてますね。お薬出しときますから

noteの賞金で妻の夢が少しだけ叶った話をしますね

友人のビストロに皆で集まったのは、仲間内で2番目に若く1番目にだまされやすいマリオ君が万馬券を当てた日だった。 配当金を出し渋るマリオ君に対峙するはビストロのオーナーにして頭キレキレの料理人、悪党エドガワ。悪党エドガワはマリオ君を口車にのせる。それはそれは乗り心地よく。 悪党は、店で一番利益率が高いシャンパンをセラーから出しながらマリオ君に語りかけた。 「あのね、あぶく銭は泡に代えちまうくらいが一番いいんだよ」 その夜、悪党の店では結構な数のシャンパンが空いた。 ◇

日常を3日間タイムループさせたら、74歳に娘ができた

先日、私は神楽坂でタイムループした。 タイムループっていうのは、「物語の中で、登場人物が同じ期間を何度も繰り返す」というもの。これに憧れていた私は、自分の手でちょっとだけ、ループさせてみた。妄想でもSF小説でもない。至って日常的な一日を、3回繰り返した。 そうしたら、とある74歳の女性に娘ができた。 ひとりじゃない。ふたりもできた。 何を言っているのかわからないと思うので、その3日間にしたこと、起きたことを、順を追って書いてみます。 ・ ・ ・ 8月のある日。 大切

夜空の下には僕達しかいなかった

部活はテニス部。都内の男子高に通い、部活をして帰る。 それだけで腹がへる。1日4食から5食。金がない。 おまけにテニスラケットのガットがすぐ切れる。僕の何も考えないプレイスタイル。ひたすらハードヒット&ハードスピン。ガットがすぐ切れる。今のような耐久性のあるポリエステルがなかったので頻繁に3,000円前後の張替費用が飛ぶ。金がない。 バイトをしたいが、テニスもやりたい。腹が減るがテニスもやりたい。 時間がない。 とりあえず夏休みの間だけバイトをやることにする。 テニス部の練

私は〝愛〟を書きたかったのだ、という話①

この記事は先日完結を迎えた「渡り鳥の書簡シリーズ」を書き始めるに至った話や、それに伴って色々あったことをあーでもないこーでもない、とアレコレ書いている記事です。 これまでのように書くことに対する技術(?)的な話は一切していないし、身になるような話ではないのでご了承下さい。 無駄に長いよ。 * 2018年の12月の中旬。 その年は仕事のスケジュールの関係で、12月の半ばから松の内までガッツリ休み、という驚異の年末年始休暇を頂いていた。 その仕事に就いてから数年間、定時

エッセイは3割増しで書かれている、という説。

誰かのエッセイを読んだ後、 気分が上がるどころか、 逆に沈んだことはないだろうか。 ああこの人は自分が持っていないものを沢山持っているなあ、こんなすごいの自分には到底書けない、ネタにできるような人生経験がない、面白くおかしく感動的に語れるようなセンスや文章力もない、誰かの悩みや社会課題を解決するような知識もアイデアもない、軸となる思想もない、自分には何もない・・・・・・そんなふうに思ったこと、ないだろうか。 隣のエッセイは青く見えるんだよね。 でも、そのエッセイ、めちゃ

【小説】 ギフト

 ぼくの学校は、少し変わっている。  くつ箱の横に小さな引き出しが並んでおり、そこに、大小さまざまなタネが一つずつ入っていて、登校してきた生徒たちはそれぞれに好きな引き出しを選んでタネを一つ食べる、という決まりがあるのだ。  なぜ、そんな変わった決まりがあるのかと言うと、学校が最先端の研究所の中にあって、タネを食べるということが、研究にとってとても大切なことだからだそうだ。  そのタネは、ギフトと呼ばれていた。 「おはよー、さとし。もうギフト食った?」 「おはよう、まこっちゃ

「きれいごと」を諦めない大人でいたい。

「そのことがずっと不安で、怖かったんですよね?」 返事をしようと思ったのに、うまく声が出なかった。そのぶん、何度も何度も頷いた。 マスクのなかに流れ込む滴を止めることができなかった。そんな私に、白衣を着たその人はそっとティッシュを差し出しながら、私が一番聞きたかった言葉をくれた。 「大丈夫ですよ。だってあなたは、こんなにもお子さんを大切に想われているじゃないですか」 * お日様がぎらぎらと照りつける熱い日、私は、およそ10年ぶりに精神科外来に足を運んだ。 初診の受付