【小説】 ギフト

 ぼくの学校は、少し変わっている。
 くつ箱の横に小さな引き出しが並んでおり、そこに、大小さまざまなタネが一つずつ入っていて、登校してきた生徒たちはそれぞれに好きな引き出しを選んでタネを一つ食べる、という決まりがあるのだ。
 なぜ、そんな変わった決まりがあるのかと言うと、学校が最先端の研究所の中にあって、タネを食べるということが、研究にとってとても大切なことだからだそうだ。
 そのタネは、ギフトと呼ばれていた。
「おはよー、さとし。もうギフト食った?」
「おはよう、まこっちゃん。今から選ぶとこ」
「オレ、今日こそは飛べるやつがいいなー」
 まこっちゃんは「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」と引き出しを順ぐりに指さして、これ、と一つに決めた。何でもいいや、と、ぼくも手近な引き出しを開ける。互いに互いのタネを見やりながら、ぼくらはタネを口の中に放り込んだ。

 ギフトを食べた僕らには、その日いちにち学校にいるあいだ、何かしらの才能が一つずつそなわる。その才能が何なのか、は、自分で見つけ出すまで誰にも分からない。だからぼくらは、才能を見つけようと努力しながら、学校での一日をすごす。
 もし、透明になれるギフトを食べていたら、「透明になりたい」と思った瞬間に透明になれるし、動物と話す才能があれば、動物に話しかけた瞬間に動物との会話ができるようになる。こう言うと簡単なことのように聞こえるけど、なにせ自分の才能がどんなものなのかが全く分からないので、見つけるのがとても難しい。
 だから、自分の才能を見つけ出せる人は、毎日ほんのひとにぎりだ。才能を見つけることが出来た人たちは、その日いちにち「ギフテッド」と呼ばれるけれど、ぼくはこれまで、ギフテッドになれたことは殆どなかった。なったことがあるのは、たった四回だけ。その四回も、「字がうまい」や「味の違いが分かる」といったような、なんとも派手さに欠けるものだった。

 ギフトを食べ続けて、四年。小学四年生になったぼくはもう、たいしてギフトに期待していなかった。
「へい吉。今日もぼくはギフテッドになれなかったよ」
 放課後、窓ぎわに置かれた水そうに話しかける。中にいるのは、ぼくが家の近くの池で見つけて学校に持ってきた、亀のへい吉だ。いつもどおり、餌をポトッと落として、フタをする。
「ばいばい。またあした」


 家に帰ってすぐ、お母さんに今日の学校の出来事を話した。
「今日ね、まこっちゃんがギフテッドになってたんだ」
「あら。何のギフトだったの?」
「小さくなれるやつ。まこっちゃん、給食のときに『オレが小さかったら、このごはん腹いっぱい食えるのにな』って言ったの。そしたら、ほんとに小さくなっちゃった」
「すごい。言ってみるものね」
「でもそのあと、まちがえて玲奈ちゃんの足元で小さくなっちゃったんだよ。それで玲奈ちゃん、『パンツ見たでしょ』って、すんごく怒ってた」
「玲奈ちゃんって、あの大人しい子?」
「うん。ぼくも、あんなに怒った玲奈ちゃん初めて見た」 
 へーえ、とお母さんが意味ありげに笑う。
「それで? さとしのギフトは何だったんだろうね」
「さあ。どうせ地味なやつでしょ」
「地味でもいいじゃない」
「やだよ。ぼくもまこっちゃんみたいに、小さくなったりしたい。なんでぼくはいっつも、地味なギフトなんだろ」
 お母さんが、ふてくされるぼくの頭に手をのせて、おでこを親指でゴシゴシこすった。
「派手でも地味でも、さとしが好きになれるギフトが見つかればいいね」
 おでこがほんのり温かくなる。お母さんの手は、ときどき不思議に温かい。
「いいよもう。見つからなくても」
 ぼくはお母さんの腕から抜け出して、テーブルの上のおやつに手を伸ばした。
「ちゃんと手を洗いなさい!」
 お母さんの声が飛んで、こんなとき、勝手に手がきれいになるギフトがあれば便利なのに、と思いながらぼくは洗面所に向かった。



 次の日、ぼくもまこっちゃんも自分のギフトが分からないまま、昼休みをむかえていた。ギフテッドになった隣のクラスの青木くんが、廊下で何度も透明になって大さわぎしている。
「かっけー。透明になれるなんてマジかっけーな」
「いいなあ。ぼくもあんなギフトに当たりたいなあ」
 ぼくとまこっちゃんがカードゲームをしながらそんな話をしていると、外遊びから帰ってきた玲奈ちゃんが、ものすごい勢いで教室に入ってきた。
「まことくん!」
 言うが早いか、ぴたり、玲奈ちゃんはまこっちゃんの頭に人差し指を突きつけた。ピストルのポーズだ。
「わっ。なに、なに?」
 やめて、というようにまこっちゃんが両手をあげる。
「わたし、打てるようになったから」
「打てるってなにを」
「空気銃。ギフト、見つけたから。だから、昨日のお返し」
「お返しって?」
「パンツ見たのの、お返し」
「…見てないし」
「見た! まことくん、絶対見た! うそつき!」
 ちょっとちょっと、とぼくが間に入る。
「ねえ玲奈ちゃん、危ないよ。ギフトで人を傷つけちゃいけないんだよ」
「織田くんは向こう行ってて! 今、まことくんと話してるから!」
「ほんとに見てないって! 神崎のパンツなんか、オレ興味な…」
 まこっちゃんが言い終わるのを待たず、

 バン!

 クラス中に大きな音が響いた。玲奈ちゃんの指先から発射した空気砲が、まこっちゃんの頭に命中し、椅子に座っていたまこっちゃんが頭からふき飛んで、床にたおれ込んだ。
 キャア、と女子の悲鳴がする。どうしたどうしたと、クラスのみんなが集まってくる。ぼくは目の前で起きたことが信じられずに、床に倒れているまこっちゃんを見つめていた。

「やばいじゃん」
「先生呼ばないと」
「でもいま職員会議の時間でしょ?」
「いいからはやく」
「えっなに、杉浦死んだの?」
「しっ! そういうこと言うなよ!」

 誰かの言葉に、息が止まる。まこっちゃん、死んじゃうの? どうしよう、まこっちゃんが死んじゃったらどうしよう。
 恐怖がぼくを襲った。いやだ。助けたい。ぼくに、まこっちゃんを助ける力があれば…傷を治すギフトがあれば、まこっちゃんを死なせずに済むのに。どうして、今日もぼくはギフテッドじゃないんだろう。
 泣きながら、まこっちゃんにかけ寄り名前をさけぶ。
「まこっちゃん! 起きてよ! だいじょうぶ? ねえ、起きて!」
 無意識に右手が動いた。昨日、お母さんがしてくれたみたいに、まこっちゃんの頭に優しく触れる。
「ねえ、どこが痛いの? ここ?」
 親指が温かい。
「だいじょうぶでしょ? ね? だいじょうぶだよ、すぐに治るよ、だいじょうぶ、きっとだいじょうぶだから、ね? さっきのゲーム、まだ途中だよ」
 怖い気持ちをぬぐうように、ぼくはだいじょうぶと唱え続けた。かみさま、お願い。お願いお願いお願い。


 しばらくして先生が到着し、たくさんの大人を呼んで、まこっちゃんは救急車で病院に運ばれていった。玲奈ちゃんが「ごめんなさい」とわんわん泣いて、学年主任の先生に連れて行かれた。
 ぼくは午後の授業中、ずっと心ここにあらずだった。いつだったか、ぼくとまこっちゃんが定規でつけた、机のはしの傷を見続けていた。


「みなさんに、お話があります」
 終わりの会に、真剣な顔で先生が話しはじめた。ギフトは人を傷つけるものではないこと。どんなにすぐれたギフトでも、使い方次第では、今日みたいなことが起こってしまうこと。正しくギフトを使える人になってほしいこと。
「…そして、杉浦真くんの容態ですが、さっき、病院から連絡がありました」
 教室が、しんと静まりかえる。だれも、身動きひとつしない。
「軽い脳しんとうを起こしてはいるものの、意識も回復し、元気にご飯を食べているようです」
 よっしゃあ! と誰かの声が上がり、教室の空気がゆるむ。ぼくはゆっくり、机から顔をあげた。
「状況から見て、かなりの力が頭に加わったはずなのに、こんなに軽症で済むなんて考えられない、とお医者さまが言っていたそうです」
 それを聞いたクラスの何人かが、ぼくを振り返った。
「…もしかして…織田くんのおかげ?」
「なんか、おまじない掛けてただろ」
「さとし、ギフテッドになったんじゃねえの」
 クラス中にざわめきが広がる。いっせいに注目を浴びて、ぼくは恥ずかしくて首をブンブンと振った。知らない。わからない。
「いいなあ! 俺もそんなギフトに当たりたい」
 クラスの誰かがそう言うのが聞こえた。
 静かに! と先生が声を上げる。
「明日、みんなでお見舞いのメッセージを書きましょう。では、今日はこれまで。さようなら」
 さようなら、と言って皆が教室を出ていく。ぼくはまだ、顔のほてりが取れなかった。どっどっどっ、という心臓の音が、耳の内からひびく。
 ぼくが? ギフテッド? 
 いいなあ、と誰かの言った声が、頭の中でこだまする。お母さんの嬉しそうな顔と、まこっちゃんの笑い顔が頭をよぎる。ぼくのギフトで、まこっちゃんを助けることができた。じっとり汗ばんだ手で、机の傷をなでた。


 教室にはもう、誰もいなかった。窓ぎわへ行き、水そうをのぞき込む。
「へい吉。ぼく、今日、ギフテッドになれたよ。信じられない」
 へい吉がくいっと頭を上げる。
『見てたよ。さとしすごいね』
 頭の中に言葉がひびいた。おどろいて、ぼくは辺りを見わたす。
「だれ?」
『ボクだよ。ボク。へい吉。さとし、ここに連れてきてくれてありがとう。みんな優しくて、ボク、ここ大好き』
 へい吉が、じっとぼくの顔を見つめた。ほんのわずか、口元が笑っているようにも見える。
「えっ…どうして? ぼく、どうしてへい吉の言葉が分かるの」
『さあ。ギフトじゃない?』
「そんなわけないよ。だって、ぼくの今日のギフトはさっきの…まこっちゃんを治したやつだもん」
『ふーん。なんでだろ。ボク、わかんない』
 そう言ったっきりへい吉は、よいしょと向きを変えて岩陰に戻ってしまって、それからぼくが何度話しかけても、答えてはくれなかった。


 家に帰ってすぐに今日の出来事を話すと、お母さんは、すごいね、良かったねと何度もくり返した。
「だけど、二つもギフトがあったなんて、ありえないよね」
 ぼくが言うと、お母さんは目を細めて笑った。
「もしかしたら、朝、さとしがタネを二つ飲み込んじゃったのかも。じゃなかったら、もしかして、どっちかはさとしの本当の才能だったりして」
 ぼくは自分の手を見つめた。
 覚えている。今日の朝、ぼくは絶対に一つしかタネを食べていない。ということは、もし明日学校に行ってへい吉と話せなくなっていたら、今日へい吉と話せたのはギフトのおかげで、まこっちゃんを治した力はギフトじゃなかったってことになる。
 ぼく自身の、力。そんなことってあるんだろうか。顔がまた、カッカとほてるのがわかった。
「さとし、お見舞い行こっか。今からならまだ間にあうよ」
 ぼくはうんと頷いて、ランドセルごと車に乗り込んだ。


 面会時間ぎりぎりの病院にいたのは、頭に包帯をぐるぐるに巻いたまこっちゃんの姿だった。
「よっ。さとしがオレを助けてくれたんだって? ありがとな」
 ぼくは頭を振って、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。泣くなよ、とまこっちゃんが笑う。
「そうだ。お礼に、神崎のパンツの色、教えてあげようか」
 こみ上がっていたはずの涙が引っ込んで、いらないよ! と反射的に大きな声が出た。お母さんの視線が気になる。まこっちゃんがニヤニヤしていた。
「なんだ、やっぱり見てたんじゃん」
「そりゃあね。だけどやっぱ教えない。ひみつ。カード交換してくれたら、教えてやらなくもないぞ」
 いいよべつに、と言うぼくの後ろで、やれやれ、とお母さんが言った。
「まったく。男の子ってほんと鈍感なんだから」



 次の日、ぼくは学校に着いてすぐへい吉に話しかけてみたけれど、へい吉の言葉がぼくに届くことは、もうなかった。


いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!