noteの賞金で妻の夢が少しだけ叶った話をしますね
友人のビストロに皆で集まったのは、仲間内で2番目に若く1番目にだまされやすいマリオ君が万馬券を当てた日だった。
配当金を出し渋るマリオ君に対峙するはビストロのオーナーにして頭キレキレの料理人、悪党エドガワ。悪党エドガワはマリオ君を口車にのせる。それはそれは乗り心地よく。
悪党は、店で一番利益率が高いシャンパンをセラーから出しながらマリオ君に語りかけた。
「あのね、あぶく銭は泡に代えちまうくらいが一番いいんだよ」
その夜、悪党の店では結構な数のシャンパンが空いた。
◇◇◇
先日、noteのコンテストで賞をいただいた。ありがたいことに賞金も出た。
3万円でたんだよ。
おくさん3万円だよ。
この3万円ってのは絶妙だ。
3万円なら自慢された側も「おぉ!いいねえ!おごってよ!」って感じで応じてくれるし、僕も「ハハッ!かわいいやつめ!」と鷹揚にふるまったりしてね、場の空気が楽しくなるよね。おごんねえけど。
賞金は、受賞作の主人公である女の子に渡すつもりだったんですよ。
主人公の親御さんに、その旨お伝えしたのですが、僕の方で納めてくださいという御返答でした。私信なので詳細は省きますが、そのやりとりの中で嬉しい言葉もかけて頂き、改めてカメラマンしてきてよかったな、と思えたのでした。もう、お金なんかいらねえや。
「もう、お金なんかいらねえや。賞金好きにしていいよ」
親御さんとのやりとりを終えた僕は、リビングでアサガオの種を数えている妻のところに行き、そう宣言した。そのくらい僕は清々しかった。言った直後には若干後悔もしていた。
妻は「そういうわけにはいかないよ」と言った。
あなたが書いてあなたが頂いた賞金だ。わたしが自分の楽しみのために使うわけにはいかない。彼女はそう言うのだ。
僕は軽く食い下がるフリをした。
いいじゃん。友達とぜいたくなランチとか、エステとか、GODIVAとか基礎化粧品とか、旅館の豪華な食事とか色々あるだろよ。好きに使いなよ。
時事ネタ交えつつ提案したのだが、彼女は首を縦にふらない。のどぼとけのあたりをつまみながら、自分のために使ってはいけない。そればっかり繰りかえす。
僕の妻はそういうひとだ。彼女の性格なら、そう答えるのは最初から分かっていた。分かってるからワザと聞いたんだ。普段から、物欲と手を取り合いワルツを踊っている僕の方が一枚上手だ。
事は計算通りに進んだ。妻の許可を得て、なんの罪悪感も無く浪費できる支度が整ったよ。
さあアマゾンだ。楽天だ。いや物がモノだけに eBay の方がいいかもしれん。
以前から気になっていたニット帽をいくつか画面に出す。
こういうのね。
おそらく冬になってもマスク必須な状態が続くだろう。この冬はフルフェイスニットマスクで攻めたいと企んではいたのだが、手編みだけに結構値が張るので躊躇していた。サンキュー賞金。
ローマ兵マスクとヴァイキングマスクが最終候補に残った。しかし実はもう一つ気になっていることがあった。
妻のことだ。
賞金の話をしてる間中、彼女はのどぼとけを触っていた。なにか隠しているときのジェスチャー。
リビングに行くと相変わらず彼女はアサガオの種を数えていた。今年はたくさん咲いたんだな。
賞金の話をすると、また、のどぼとけを触った。そもそも僕の妻は女性なので、のどぼとけは無いのだけれど、首の真ん中あたり、そこいらへんをつまむって意味です。
何か隠しているのは明らかだ。
これ以上、たずねるとヤブヘビになりかねない。黙っとく方が賢いのは分かってる。
だけど、なにしろ僕は、物欲と「良いダンナさんですね」と呼ばれたい欲とが手と手を取り合って草原をスキップしてくるような男だ。これが最後のつもりでたずねてみた。
妻は答えた。
「じつは夢があるんよ」
完全にヤブヘビだった。
◇◇◇
あの日、マリオ君は黙っておくべきだった。
店に入るなり「万シュウっす。8万っす」とか言わなきゃタカられることも無かった。ヤブヘビもいいところだ。
仲間たちに持ちあげられてまんざらでも無さげなマリオ君。そんな彼に同情する僕に悪党エドガワがつぶやいた。
「心底、隠したいなら始めから言いませんって」
エドガワは腰に手をあてて次の料理を考えている。それまでも、そしてこれからも、今夜の注文は漏れなくマリオ君の伝票に上乗せされていく。
エドガワは続ける。
「言えばタカられるって分かってんのに言うんですから。御大尽様になりたいんですよ。若い時分から御大尽あそび覚えちゃダメなんですけど」
悪党は15歳から飲食ひと筋だ。僕より大分年下だが、彼の言葉には不思議な含蓄がある。
悪党がさらに悪い顔になった。
「マスダさん、白子たべます?」
サンキュー悪党。
サンキューマリオ。
◇◇◇
ユニセフに寄付したいと彼女は言った。
ユニセフってどんなんだっけ?
「黒柳の徹子さんだよ」
のどぼとけから手を離した彼女は、堰を切ったように話し始めた。書体も太字に変わった。
「わたしさ、寄付とかそういうのはセレブしか出来んと思っとったんよ。庶民は出来んと思っとったんよ」
まあな。言わんとすることは分かるよ。我々庶民は自分のことで精いっぱいだ。
「だからいつかセレブになったら募金しようと思ってさ、今まではマクドナルドの募金付ハッピーセットとかちびちび買って10円募金してきたんよね」
あぁ、だからウチのハッピーセットは410円だったんだな。クーポン価格400円のはずだからおかしいと思ってたんだ。
「10円はドナルド・マクドナルド・ハウス財団に寄付されるんよ」
そうですか。
「でも気づいたんよ。こういうありがたいお金から少しでも寄付にまわせばセレブじゃなくても出来ることがあるんやなあって!夢が叶うなって!」
妻の目がキラキラしだした。僕は内心ぷるぷる震えだした。一番断りにくいやつ出してきやがった。
「ただ、今回の賞金はあなたのものだからね、だからもしOKしてくれるなら半分を寄付に回したいんやけど…だめかねえ?」
半分ってことは1万5千円か。
彼女はそのお金を自分には使わず、黒柳徹子に振りこもうとしている。
僕はそのお金でヴァイキングに変身出来るニットマスク(ひげ付き)を買おうとしている。
半分とは言わず、全額黒柳さんに振りこみなさい。妻に向きなおり、そう伝えた。彼女の顔がパッとあかるくなった。
「いいの!!??」
「いいよ」
ちっともよくないよ。
でも僕は、物欲と「良いダンナさんですね」と呼ばれたい欲と、その他もろもろ周囲から素敵と呼ばれそうなラインは総て押さえつつ石畳を駆け下りてくるような男だ。
「いいよいいよ」
僕にそれ以外の何が言えただろうか。
◇◇◇
今、別の投稿コンテストに参加している。
コンビーフとヨーグルトの話でエントリーしている。この説明、我ながら入賞できそうな気配が全く無いのが悲しいが、狙うのは自由だ。
賞金も出る。もちろん受賞しなきゃ賞金はもらえない。狭き門ではあるけれど、よしんば、仮に、万にひとつ、受賞できたとして、果たして僕の手元に賞金は残るのだろうか?
妻の中で
「すこし違う方向にお金を回そう!そうすればいつか違う形で戻ってくる!Yo!ぷちゃへんざっ!」
みたいな流れが出来てしまった気がするのだ。恐ろしい話だよ。
でも、賞金であれ、それ以外の臨時収入であれ、黙って独り占めするのはもっと恐ろしい。バチがあたる。
僕は、信心や俗説と、腕を絡ませ身をひそめ、夜行列車で明日をも知れぬ逃避行を繰りひろげてしまうような男だ。見えないものを信じるタチなのだ。
それでも、もし独り占めしたくなったら、その時は、あの悪党料理人エドガワの言葉を頭に浮かべよう。少し形を変えて浮かべよう。
「あのね、賞金は徹子に振りこんじまうくらいが一番いいんだよ」
白子を肴に妻と乾杯できる日が来れば、それで満足だ。
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文とトップ画像:マスダヒロシ
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