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記憶の共有とは ─ "Photo session2022"に寄せて

"Photo session 2022"展覧会開催にあたり制作したフォトブックの寄稿文より
町田藻映子/筆

「記憶の共有」とは他の誰かとできうるものなのか。「記憶」に関わらず、人に何かを伝えることについて最近よく考えている。「伝える」というのはコラボレーションならば必要不可欠な行為だし、ともすればそれは作家の本分のように思われるが、それは果たしてどうであろうか。

岩手県は私にとっては縁のある土地である。盛岡市は祖父母が住んでいた土地であり、親戚もいるので、子供の頃はほぼ毎年夏に遊びに訪れていたし、大人になってからも数年に1回は訪れていた。
子供の時は、夏と言っても8月の終盤に行くことが多かったので、盛岡駅に降り立つと一足早く秋の匂いに包まれるのがいつも印象的だった。季節の変わり目の匂いというのは、何処か懐古的な気持ちにさせるものであるし、それは私にとっての岩手の印象そのものだったと思う。

小岩井まきば園は特に慣れ親しんだ場所である。広大な緑の敷地がずっと先まで続いているのを見渡せるし、古い牛舎や管理棟などの建築物はレトロなデザインで、ちょっと欧州の田舎にきたような気分になる。盛岡の市街地も同じようにどこかハイカラな雰囲気が漂っている。八幡平は大人になってから行くようになった場所であるが、豊かな高山植物や湖畔に広がる縞枯れしたオオシラビソの群落は、やっぱりここではない何処かの場所を思わせる。
私は高校生くらいにすごくヨーロッパに憧れていた時期があって、その気持ちと岩手の風景のイメージとが少しリンクする時期もあったかもしれない。
縁がない人にとっては訪れる機会もなかなか無い場所だとは思う。でも私は「岩手は実はこんなに観光資源がしっかりある良い場所なんだよ〜」などと啓蒙活動をしたいと思ったことは全くない。

とはいえ、私は大人になってから何度か、今のパートナーも含め近しい友人や知人達をこの地に連れてきたことがある。しかし人を連れてくるたびに、「ああ何か伝わらないなぁ」と思うことの方が多かった。
私はここに皆を連れてきて一体何を共有したかったのだろう。
それはきっと、目に見える風景ではなく「記憶」だったのだと思う。それは自分の子供時代や成長過程で見てきた景色で、今その場所に行ったところで、また同じ景色が誰かと見られる訳では決してない。当然共有することは簡単には叶わないものである。

記憶というのは共有できないし、どれだけ伝えることにエネルギーを注いでも、完全には伝わらないものだと思う。(もちろん程度問題であるけども。)これは、伝えることを諦めた、という話では決してなくて、その容赦ない事実をただ享受するようになったと言うことである。

今回土居と共に岩手を訪れるにあたって、何をどのくらい共有したらいいのか、やはり迷った。記憶とは伝わらないものだと言うことに、とうに気づいていたので余計に迷ったのだ。それに気づく前であったなら、ロケの事前にあれやこれやと本を渡したり、写真を送ったりしていたと思う。結果、その場で見えるものに関して少し情報を渡す程度で、ほとんど何も伝えないことで撮影を進めるに至った。
とはいえ私は絵描きなので、自分の中に抱え続ける景色は作品に意識せずとも表象していると思う。東北でよく活動していた友人が、私の作品を東北っぽい雰囲気があると言ってくれたことがあった。東北の風景を知っている人にはやはりそう見えるのだろう。
自分の作品が写っていれば、それが共有したい記憶の全てである。またそれを、岩手に初めて訪れた土居のフィルターを通してどう写るのかは、なかなかに興味深いことである。

岩手での撮影ロケの様子
岩手での撮影ロケの様子
岩手での撮影ロケの様子
岩手での撮影ロケの様子
岩手での撮影ロケの様子

これまでに、岩手に所縁のある多くのアーティストが、ここの自然に魅せられて版画なり絵画なりの作品を作っている。しかし不思議なことに、そのどれにも私は心震えたことはない。私が見ている岩手は、他のアーティストが表現するどれとも全くのだろう。

宮澤賢治が自分の物語中の舞台となっている岩手を「イーハトーブ」と名付け直したのと、同じことを私もやっているのだと思う。つくづく岩手というのは、「名付け得ないもう一つの場所」を産む、そういうことを色々な作家にさせうる土地なのかもしれないと感じる。
そしてこうして出来上がった今回の作品を見ると、土居もまた今回のワークの中で、私とは違う岩手の風景をバインダー越しに見ているように思われた。

実は今回の岩手ロケに使用した作品は、個展を直前に控えていたという理由もあり、そのほとんどが加筆途中の作品だったのである。完成品と比べて画面に少し抜け感があるというか、しかしそれがかえって、このワークの中では土居のフィルターを通して取捨選択していく余地を多く与えたような感がある。

今回の写真作品に写るものは、私が思い描く彼の地の景色とはどこか異なっている。私の作品が写っているのにも関わらず、である。本当に自分も同じ場所に行って撮影に立ち合ったのだろうかと思うほどに、不思議な見たこともない情景だ。土居の興味の対象が私の視点とは異なっているから、と言うことももちろんあるが、それにも増してそもそも彼には、私のように蓄積された思い入れがない分、撮影箇所や構図を決める上で余計な躊躇も遠慮もないからなのだろう。おそらくこのPhoto sessionシリーズの制作のためには、その差が必要なのである。その意味では、岩手は濡れた地蔵PROJECTのPhoto sessionシリーズを制作する上で、最も適した土地なのかもしれないと感じている。故に、何年後かは分からないが、ここではまだまだ続編ができるような期待感がある。


また今回発表の新作には、岩手ロケの前に東京で撮影された作品も多少入り混じっている。東京は今私が住んでいる場所である。写っているのは大都会感がある場所ではないし、緑の茂みの中に作品が置かれているにも関わらず、何となく都市の気配が漂っているのも不思議なもので、岩手と東京とどちらで撮影されたものなのか、見比べてみるのもまた一興。それはそれで面白いのではと思う。


町田藻映子
"Photo session 2022"展覧会開催にあたり制作した フォトブックの寄稿文より



この記事について

「濡れた地蔵PROJECT 」は⼟居⼤記と町⽥藻映⼦によって2020年に結成された、コラボレーションによる作品制作を⾏うアートユニットです。

“Photo session ”シリーズは、「濡れた地蔵PROJECT」の発⾜初期から続いている代表的なシリーズ作品です。インスタレーションアーティストの⼟居⼤記が、町⽥藻映⼦の絵画作品を被写体に、さまざまな環境下で撮影し制作されます。

町⽥の絵画である⽇本画は、岩絵具という粒⼦状の絵の具で描かれており、当てる光の強さや種類によって作品の⾒え⽅が⼤きく変化します。本シリーズの制作は、町⽥がこのような作品の⾒え⽅の多様さに興味を持ったことで始まりました。本来⽇本画は野外展⽰に不向きであったり、直射⽇光が当たる場所に常設できない作品ですが、このシリーズにおいては、あらゆる⾃然環境化や野外に置かれた絵画の姿を⾒ることができます。
さらに本シリーズの作中には、空間表現が存在することも⾒どころの⼀つです。それは、現象や空間の中に感覚を作り出すことに重きを置く、インスタレーションアーティストの⼟居がシャッターを切ることで成⽴します。⼟居の空間感覚や⾊彩感覚により、その場の空気をも含んだ、絵画単体とは全く異なる様相の写真作品に仕上がります。

3回⽬となる今回の展覧会は、“Photo session ”シリーズの新作をメインに構成し、2022年11月9〜13日に東京都千代田区の海老原商店にて開催されました。


⼟居⼤記 Hiroki Doi
⾹川在住。2023年からアイルランドへ渡欧予定。
学⽣時代建築を学び卒業設計を機にアーティストになる。“美しいはナマモノである“という考えから制作をしている。⾃然現象を素材としてインスタレーションやパフォーマンスを⾏なっている。常に周りで起こり続けている⼩さな変化を抽出して振り付けることが作品の主軸にある。それらの空間では気づくことが連鎖す
る。即興である。ダンサーとの共同制作も⾏っており、⾃⾝も制作の過程で⾝体表現のメソッドなどを経験している。
2022年 3331アートフェア(東京)、個展 marking work(Tentline/神奈川)、2021年 濡れた地蔵PROJECT “Photo session 2021“(kumagusuku SAS/京都)、2019年 葉⼭芸術祭 2019 Riverside (Tentline/神奈川)、2018年 Gold Reflection Town( Free Art Space,台湾)、2017-2018年 ⻩⾦町AIR(神奈川)、2013・2015年 BankART1929 NYK AIR(神奈川)

WEB https://www.hirokidoi.com
Instagram https://www.instagram.com/doibook/


町⽥藻映⼦ Moeko Machida
京都市⽴芸術⼤学⼤学院修了。東京在住。
2023年からは拠点をアメリカ・カリフォルニア州へ移⾏予定。
岩⽯に⾒られる⽣命性を⼿がかりに、「⽣命とは何か、⼈間とは何か」を主題に絵画制作を⾏う。かねてより、⾝体を通した主題へのアプローチを重視し、コンテンポラリーダンスと舞踏を学ぶ。
2022年 アートフェア D-art, ART(⼤丸神⼾/兵庫)、個展 何時からそこに居たのか 何時までそこに居るのか(GALLERY TOMO/京都)、SICF23(スパイラルガーデン/東京)、2021年 京都府新鋭選抜展2021(京都⽂化博物館/京都)、個展 寡黙なシグナル(GALLERY b. TOKYO/東京)、2020年 アートフェア ART OSAKA WALL by APCA(⼤阪)、2018年 シェル美術賞展2018(国⽴新美術館/東京) 、2017年 個展 MoekoMachida Solo Show」(Marsiglione Art Gallery/イタリア・コモ)

WEB https://www.moekomachida.com
Instagram  https://www.instagram.com/moeko_machida/


◉ 文化庁「ARTS for the future!2」補助対象事業

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©︎ 土居大記・町田藻映子

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