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夢詠

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夢の体系

夢の体系

〈嵐の日に〉

夢の中、車を運転していた。台風がすぐそこまできていて、凄まじい風が吹いていた。わがスバルのスペックは情けないばかりで、ターボもついてないし、馬力もトルクもやわなもので、台風の風に押し戻されんばかりだった。フォグランプを点け、マニュアルモードに切り替えた。後の座席に二人、家族が乗っていた。子どもたちだろうか…やがて風をつかまえた帆船のように車はスイスイと前進するようになった。帰りはた

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夢の記号

夢の記号

〈少年の夢〉

その晩の
あまりに寒きに
少年は思ひを奪はれたり
時凍つままに
時虚しく流れ去ぬ
夢の街に槌音の絶え
木々の枝の垂れ沈む
雪凍つ晩に
思ひの灯は
灰燼に消え入りぬ

〈終末〉

戦争らしい
避難所に大勢の人たちが集まり
あわてた様子で行き交っている
野戦病院なのか
わたしが廊下を出口に向かって走っていると
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした女の子に出くわした
どこの誰かもわからず

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夢の知覚

夢の知覚

〈神隠し〉

神隠しに
あひたしと思へど
隠し神の何処へか
隠れ給ひき
されば邪教の夢見者となりて
裏路地の灯火の下
賑わふ人らのあひだを縫ひ
どこまでも彷徨ひ歩けば
マヨヒガの窓の灯り
とほく近く明滅し
暗き橋は崩れしも
街隔てたる
河渡るべし

〈ゆふべの歌〉

芭蕉の〈秋の暮れ〉も
柳田国男の〈ゆふぐれ〉も
ヴェルレエヌの〈池のほとり〉も
クジラやトビウオの群れたちとともに
マイクロプラステ

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夢詠6

夢詠6

〈近接類同相〉

野良なれど我が物顔の「ウチの猫」

蒸し風呂を背広で泳ぐ夕立後

終電を待ち蒸されたり三番線

湿気忌む妻は窓閉めエアコン派

ほろ酔ひの一人祭りの夏夜かな

息子には息子の思ひありと知れども

子のレポートに口出し過ぎと妻怒る

メルカリで妻に古書を買つてもらふ

姪が児を宿しけりとや百日紅

休日にあちこち修繕書も読めず

老ひ兆す視界に糸くづ稲妻も

健診も終へぬ久しき冷や

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夢の虫

夢の虫

〈夢の虫〉

我夢詠ずれば
日々是虚し
我夢詠ずれば
日々是哀し
されど秋の虫のごと
ただただ
夢を詠ずれば
時に愉しき
こともありなむ

〈デパート〉

明るい照明
ピカピカの床にガラス扉
わたしは人の流れの中をあるく
二階では新入社員の若者たちが
整列して研修を受けている
そんなデパートの光景が夢に現れたら
わたしの時間は何も選択せず
思考が拡散していく日々を
送っているということだ
すると時

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夢詠5

夢詠5

〈写生論〉

屋上に冬の山なみ撮る人ら

初磨き踵減りたる老兵や

快晴も気の晴れぬまま初仕事

終電を待ち凍えたり3番線

夜更けまでキーボード打つ娘なり

冬嵐寝覚めに聞けば夢芒

寒風や老義父乗せて神経科

合否如何発表今日日ネットにて

菜の花や入学式の子のスーツ

講義ほぼリモートばかりと息子言ふ

「うちの猫」と子らが呼ぶやつ庭にをり

蛙鳴く常熟の夜の酒一合

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夢詠4

夢詠4

〈四季のなかの時〉

透明なシートの向かうの売り子かな(2020.9)



アクリルの板が隔つ客と客
(2020.9)



店員のおばけかぼちゃの髪飾り



けたたましき百舌鳥も何処か午後の陽や



からころと落ち葉転がる風の路地



黄落に踊るやうなり竹箒



冬陽射す野焼きのけむりたなびけり



タイヤ替へ鉛の雲や師走入り



店員のサンタ帽子の華やぎや


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夢詠3

〈敬〉

何処からか種来たり庭のカモミール

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紫陽花の褪せて小雨の生ぬるし

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花霊継ぐ紫陽花褪せてサルスベリ

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廃屋の篠竹屋根を覆ひけり

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古さびた苔は湿りて空き屋敷

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空き屋敷隅の祠も空き家なり

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むせるほど葦叢灼けて雲眩し

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義母来たり籠に盛らるる茄子胡瓜

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塩焼酎供へ浄めて杉伐りぬ

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U字溝猫に追はれしハクビシン

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夢詠2:夢の継起

濡れ縁も
崩れし空き家
杉の蝉

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笹撫でて
ぬるき風過ぐ
陽の陰り

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雉鳴けば
夢は還りぬ
古き原

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夢統べる
傀儡師見たり
闇のむかう

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かの人の庭に
白き陽
降れよかし

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竹鳴れば
珠は零れて
慈雨のごと

✴︎

竹林を
異界のものらと
風が過ぐ

✴︎

椿落つ
いのちの神から
ものの神へ

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リラ萎れ
ものの神へと
委ねらる

✴︎

種こぼ

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夢詠2:夢の倫理

書かぬなら
カフカ忽ち
砂に散らん

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夢なるは
冥府下りの
英雄の闘い

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土間は凍つ
夢の語りに
暖とりぬ

✴︎

わずかなる
一行、時に
人救う

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落ち武者や
藪払い、ただ
落ち延びよ

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曾祖父の
ごとき棕櫚伐る
風通る

✴︎

目覚むれば
何処も濁世と
覚えたり

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敗残の
雨でもペダル
漕ぐ寒夜

✴︎

タイヤ替え
ワイパー替えつ
泥悪路

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夢詠2:夢の原基

忌み嫌う
兄は鬱病み
A病棟

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海馬萎え
父は醜く
枯れゆけり

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生家をば
癲狂院と
呼び、出でき

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泥の山
田、埋められたり
蛇の死骸

✴︎

金網の
フェンスささくれ
葛の餌

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車過ぐ
轢かれし狸の
傍を

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廃校の
隣の梨棚
蟲憑きぬ

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誰もが
苛め苛められて
育つ町

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通学路
ケバき電飾の
城たてり

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側道は
芥と倫理の
捨て

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夢詠2:定型の供物

何処とて穢土なれどこの桜草

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子らは消え花は残れり廃校や

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枯葦を波に変へたり春疾風

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ひうひうとざわざわと春の嵐鳴る

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春嵐止めば子どもら薄衣

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春雪にあやかし土中へ樹の内へ

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世は翳り椿の紅は映え極む
(2020.4)

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裏路地の灯も絶え卯月の疫病禍
(2020.4)

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菜の花の黄をまなうらに服薬す

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紫の灯りや夕べの金魚

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夢詠

〈季節詠〉

冬ざれの沼地にひとり佇みぬ

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枯れ野原古き祈りや草木塔

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冬寒や子らの寝息ぞ夜に満つる

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枯れ草に雪は降り積む音なき夜

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寒き夕雲鋼色雀騒がし

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妖の宴や夜更の花の下

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五月雨の鉄路に照るはビル灯り

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こもれ陽や午睡の春に羽虫鳴る

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こもれ陽の揺れてラジヲのほの聞こゆ

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蝉喧

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