夢詠2:夢の原基

忌み嫌う
兄は鬱病み
A病棟

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海馬萎え
父は醜く
枯れゆけり

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生家をば
癲狂院と
呼び、出でき

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泥の山
田、埋められたり
蛇の死骸

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金網の
フェンスささくれ
葛の餌

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車過ぐ
轢かれし狸の
傍を

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廃校の
隣の梨棚
蟲憑きぬ

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誰もが
苛め苛められて
育つ町

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通学路
ケバき電飾の
城たてり

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側道は
芥と倫理の
捨て場とや

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ホームより
眺むこの町
興もなし

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冬日射す
万年鬱と
自嘲せり

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かの者と
語らば汚物の
夢を見ん

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追われ来し
囚徒、市井を
彷徨えり

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未生期の
凍て海…囚徒に
咎やらん

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山深き
人外の庵に
魂飛べり

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妻と子の
諍う声に
鏡見ゆ

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妻と子が
背けば夢に
街褪せん

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季節詠
所詮氷上の
宴なり

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毒吐きて
御霊いまだに
荒び吹く

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今生をば
ただ物忌みに
捧げたし

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何処へと
向かう列車か
迷い夢

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テレビ消し
今日も終わったか、と
老母言う

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病室で
眠る老母の
なんと小さき

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自閉病む
韻律壊れ
散文化す

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想壊れ
破調、口語、無季
となる

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美しき
純粋統覚なる
観念

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観念より
地に降り立てば
ぬるき雨

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眼は霞み
我ひとり来ぬ
竹叢に

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竹叢の
胎凍つ。新月
停滞す

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闘っても
闘っても
敗残の雨

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踏み出せば
忽ち吹くは
鎌鼬

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葬式も
墓も不要と
遺言す

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この氷河
如何なるカルマに
拠るものぞ

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強迫性の
太陽沈まず。
濡れ鼠

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針とびの
ごとく日輪
反復す

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空澄めど
足に引きずる
鉄鎖なり

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禅僧に
なるべし、などと
十八の頃

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敗残の
雨また雨に
視界閉ず

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傷は膿み
老猫ぶざまに
沼辺行く

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老猫は
病み伏す。蠅も
払わずに

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奇怪な
深海魚の色
生の夢

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悪夢なり
生の身体
生の皮膚

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藪燻られ
夢は蛇の
室屋となりぬ

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悪夢、そは
闘う前の
オロチなり

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タクシーも
ホテルも泥の
沼に浸く

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我が稿を
『囚徒の島』と
名付けたり

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森の宮
皇子世を忌み
書に浸る

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空ろなる
目、皇子見やる
森の雨

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森宮の
家守になりたし
ヤン皇子

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何探し
囚徒の島へと
旅立つや

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罪あらば
近づかぬがよし
隠れ里

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神の手は
我を選ばず
終末夢

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白昼夢。
狼、胸を
抉られたり
(故・鮎川信夫さんに)


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