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本好き、本屋好きという人たちの存在

第1章 本屋のたのしみ (10)

 本屋について、このように魅力を挙げていくときりがない。本屋という場所そのもの、それ自体がまずとにかく好きで、好きで仕方がない。その思いが高じて、ひとりの客ではいられなくなり、本屋をやっているようなものだ。

 本が好きで、本屋が好きな人が、本屋に行く。当たり前のことのようだけれど、ひとむかし前は違った。インターネット以前は、物語も知識も情報も、娯楽も学問も、必要だと思ったときに一番身近にあるのが本屋だった。電車の時刻も、英単語の意味も、腹痛の原因も、結婚式のスピーチも、すべて本で調べるものだった。だから本屋は、日常的な生活に欠かせない「必要」な場所だった。多くの人が「好きだから」ではなく「必要だから」本屋に来ていた。だから相対的に、わざわざことばに出して「好き」と言う理由も、いまほどはなかったはずだと想像する。

 けれどいまは「本が好き」「本屋が好き」とことばにする人が増えた。それは、多くの人にとって本や本屋が、必ずしも生活に「必要」なものではなくなったことで、逆に「好き」という気持ちが顕在化してきたからではないか。

 しかも、「本が好き」であれば本屋に行くかというと、必ずしもそうではない。本は好きだけれど、本屋にわざわざ行くのは面倒だという人がいて、彼ら彼女らはなるべくネットや電子書籍で買おうとする。だから、いまリアルの本屋に訪れる人の多くは、たとえことばにはしなくとも、ある程度は「本が好き」でかつ「本屋が好き」な人であるはずだ。

 ここ数年、様々なメディアで、本屋についての特集が組まれることが増えた。そのことを「本屋ブーム」などと呼んで、流行として消費されると考える人もいれば、雑誌の本屋特集を「本が本屋を特集するようになったら終わりだ」と自己言及的であることを揶揄し、業界の危機を語ろうとする人もいる。けれど実際は、単に本屋がインターネット以降、「必要だから」ではなく「好きだから」行く場所になり、誰かの「好き」を知りたい人が増えて、雑誌の特集として成立するようになっただけだ。そうした特集がまた、新たに「本が好き」「本屋が好き」と感じる人を増やすのは、ぼくはよいことだと思う。

 本屋が「必要」な場所でなくなったことで、一般論としてはたしかに、本の売上は年々下がり、本屋の経営は年々厳しくなってきている。けれど一方で、長年親しまれている本屋がまだまだ元気であったり、あたらしく小さな本屋が開店したりしている。

 それは、厳しい中でもなお、本や本屋が「好き」でたまらない人たちが、その魅力をどう引き出し、どうやって店として成立させていくかということに、真剣になってきたあらわれだ。そして同時に、「本屋好き」を自認する客たちも、声をあげて彼ら彼女らを応援するようになった。「必要」ではなくなったぶん、本屋の魅力についてあらためて考える人が増え、いろんな本屋が生まれ、いろんな「本好き」「本屋好き」が可視化されてきたのが、いまだ。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P32-34より転載


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ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」(東京・下北沢)と出版社「NUMABOOKS」を経営しつつ、「八戸ブックセンター」「神保町ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事をしています。散歩社取締役、バリューブックス社外取締役も。
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