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Post-Pandemicアメリカ大学事情「光」「真実」などモットー再起動なるか,使命を終えるかの瀬戸際(中編)...他の国の大学は言うに及ばず


はじめに

前編)の続きです。以下、(前編)の要約です。

大学のモットー(mottoe)は、各大学の教育理念を掲げそれを実行するという約束、実行しなければ約束違反、世間の不信を買う。魅力ある大学は魅力あるmottoeの下、魅力ある教育、研究に勤しんでいるからである。著名校のmottoesには光(Lux)と真理(Veritas)という2語が謳われている。これらの2語は聖書の影響もあるが、17世紀、18世紀のヨーロッパ啓蒙思想の影響も多分にある。筆者自身もまだアメリカが(英文学の)留学先としては話題にもならなかった1960年代後半に敢えてアメリカ留学を決断したのは各大学が掲げていたmottoesであった。確かに聖書やヨーロッパの啓蒙思想の影響もあるが、聖書やヨーロッパの啓蒙主義の影響を受けつつもアメリカ独自のプラグマティズムが加味される。すなわち、アメリカは17世紀から18世紀にかけてバージニア州やニューイングランドに建てた13植民地時代から実用性を重んずる生活を強いられ、19世紀にプ独自のプラグマティズムを育み、その影響もこれらのmottoesに反映されているものと考えられる。

本稿(中編)ではそのプラグマティズムがいかに反映されたか探ります。執筆は2020年12月で文中の引用はサイトは当時のものです。


最初の植民地の一つJamestownで感じたプラグマティズムの原点

その実用性を重んずる伝統のルーツは、1776年独立戦争以前の入植時に遡ると考えてよいでしょう。筆者は、1990年、翌年スタートする「慶應義塾大学SFC at College of William and Mary夏季研修」を企画した際に、大学のあるWilliamsburg近郊のJamestown入植地(Settlement)の見学を研修プログラムに盛り込んでもらいました。イギリス人入植者、入植者を迎えたNative Americans (アメリカ先住民)、そして、強制的に奴隷として連れてこられたAfrican Americans、置かれた立場は異なるものの、それぞれが生存をかけて厳しい生活を強いられていた様子がよく分かります。(*8)日々の生活に役立つ(useful)物事への関心の高さがひしひしと伝わって来ました。拙稿「アメリカ社会の諸分野に影響を与えたプラグマチズ(pragmatism)について」で述べたようなpragmatismを生み、そして、根付かせた土壌は、独立戦争から約150年前の入植時に遡り培われてきたものと推察します。

留学先の志望動機書でも授業評価でもプラグマティズムの「役立つuseful」がキーワード

このようなpragmatismの伝統は、現代のアメリカ社会のすべての面で強く感じられます。筆者自身もアメリカ留学中の10年間、色々な大学院にapplication formsを出しましたが、志望動機書(statement)には、志望programがいかに社会の為にも自分の将来の為にも役立つか具体的に述べるよう求められました。したがって、入学後の授業評価では、いかに役立ったかに重点を置き評価しました。筆者が担当した日本語の授業の受講者は、日本人との意思疎通に役立つ日本語能力を付けたいとの意識が強く、授業評価では「夏休みに日本に行き、日本語で話ができて役に立った」とのコメントを貰い、安堵したものです。役に立たない授業には受講者が集まらず、閉講されることがあったからです。役に立つ(useful)がキーであったと記憶しています。(*9)

Harvard, Yale, Princeton, Columbia, Pennsylvania が掲げる"veritus"には "useful"が反映か

アメリカの大学が掲げる“veritas”には、「命題は、十分に機能し、実用的であれば、真実である」、「真実とは機能する物事である(The truth is what “works”)」、「真の仮説は実用的である(true hypotheses are useful)」などのpragmatismの命題が、色濃く反映されているように思えます。Harvard、Yale、Princeton、Columbiaと同様に独立戦争以前に創設されたUniversity of Pennsylvania (1746)のmotto “Leges sine Moribus vanae”(Laws without morals are useless)は、裏を返せば“Laws with morals are useful”になり、逆説的に“useful”を強調しています。

1800年以降に設立されたMITほかの大学mottoesはPeirce, James, Deweyのpragmatismに呼応するかのよう


そして、アメリカ独立後の1800年以降に創設された大学のmottoesには、Charles Sanders Peirce(1839-1914)、William James(1842-1910)、John Dewey(1859-1952)らpragmatism始祖(the classical pragmatist triumvirate)の考え方に呼応するかのような文言が並びます。

*MIT(1861):Mens et Manus(Mind and hand)

*University of Chicago :Crescat scientia; Vita excolatur(Let knowledge grow from more to more; and so be human life enriched)

*Howard university(1867):Veritas et Utilitas(Truth and service)

*Ohio State University(1862):Disciplina in civitatem(Education for citizenship)

University of Texas(1883):Disciplina praesidium civitatis (Education, the guardian of society)

University of Oklahoma(1890):Civi et reipublicae(For the citizens and for the state)

Miami University(1809):Prodesse quam conspici(To accomplish rather than to be conspicuous)

*University of Maryland, College Park(1856):Fatti maschii, parole femine(Strong deeds, gentle words)

ラテン語で書かれた文言の英訳中に並ぶ“hand”、“human life enriched”、“service”、“society”、“citizens”、“for citizenship”、“to accomplish”、“strong deeds”などの語句は、pragmatismの提唱する“The truth is what works”、 “True hypotheses are “useful”と重なります。これらの大学は、MITとUniversity of Chicago以外は州立で、州に“useful”な機関であることを強調する“for citizens/society”といった州の公益を意味する語句も見られます。

そして殆どが南北戦争(1861-1865)後に承認された南西部、中西部、北西部などの西部諸州の州立大学であることも興味を引きます。(*10)同時並行で起き始めたpragmatismの思想を受け入れ易い環境が整っていたものと推察できます。

MITが掲げる"Mind and Hand"は神経科学、認知科学、AI、物作りを象徴し先端的

M.I.T.の“Mind and Hand”は非常に21世紀的です。というのは、AI(人工知能)の巨匠でMIT AI研究所の創始者Mervin Minsky著The Society of Mind(1986)(*11)が示唆する通り、“mind”は神経科学(neurology)、認知科学(cognitive science)、AIなどの先端的分野を象徴し、そして“hand”はそれを実際に教育、工業、医療、サービスなどの諸分野での応用、物作りを象徴するmetonymy(換喩)であるからです。(*12)

U. of Marylandの"Deed and Gentle Words"は社会ニーズに

州立ではUniversity of Maryland, College Park(1856)の“Strong deeds and gentle words”は非常に現実的かつ具体的で分かりやすいmottoです。別稿「アメリカのキャンパスに活気をもたらす“Older and Returning Students”」で紹介しますが、older studentsを積極的に迎えるなど、今でも社会のニーズに即したmotto通りの実質的な試みを次々に行い、近年人気が高い大学の一つです。

これらの大学も含めてアメリカの大学にとっての“lux”と“veritas”には、プラグマティズムに洗われた痕跡が多分に残っています。(2020年12月記)


後記


(後編)ではプラグマティズムとの関わりをもう少し掘り下げます。引き続きお読みください。


(*8)一方、The Story of Jamestown through the Eye of a Native AmericaPocahontas and Powhatansに描かれているようなNative Americansから見た現実もありました。また、 First enslaved African arrive in James Town, setting the stage for slavery in North Americaのような現実も忘れてはいけません。本夏季研修では、Native Americansの末裔とAfrican Americansと意見交換をしました。
(*9)特に外国語の授業はそうでした。1年学習して母語話者と会話もできないということは看過されないという雰囲気が漂っていました。また、抽象的な理論(theory)を応用(apply)するapplied scienceなどの分野も見られました。筆者が在籍したGeorgetown Universityのlinguistics programは、applied linguisticsの先駆者と言って良いでしょう。現在applied linguisticsは外国語教授法という意味合いで使われていますが、当時Georgetownのapplied linguisticsではそれは一部で、社会学への応用という意味でのsociolinguisticsの研究が盛んでした。現在の Twitter, Facebookなどはアメリカから出るべくして出て来たアプリ(application)であると感じます。基礎理論があってその応用というのが一般的な考え方ですが、MIT Media Labなどの研究を見ると、最初から応用理論の構築を目論んでいるのではないかと思うのです。ここにもpragmatismの影響を感じます。
(*10)Wikipedia U.S. States by date of Admissionを参照。
(*11)アメリカ留学を目指す読者は、文系、理系に関わらず、是非とも読んでおきたい本です。比較的平易な英文で、是非とも原書で読みましょう。AI,やコンピューター・サイエンスの専門用語はそのままカタカナ表記で日本語に借入されており、英語のスペルと発音を覚えればそのまま使えます。それだけで3,000語以上の語彙が増えます。拙著『カタカナ英語でカジュアルバイリンガル』を参照してください。
(*12)長年M.I.Tに籍を置いた変型生成文法(transformational-generative grammar)の提唱者Noam Chomskyは、デカルト主義者 (Cartesian)で、pragmatismと相反する立場をとります。しかし、最初の著書Syntactic Structure (1957) は、コンピュータの言語解析を目論んだもので、AI(言語解析)、認知科学、脳科学、特に、言語障害(aphasia)に応用されるなど、実用性(usefulness)が非常に高い優れた研究です。筆者は、1970年代半ばに催されたGeorgetownでのpolitical symposiumでのpolitical scientistとしてのChomskyの歯に衣着せぬ具体的で現実的な発言を聞いた事があります。アメリカではデカルト主義者といえどもどこかで実用性を意識しているのではないかと思わせる一コマでした。

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